13:オルギード
「ドレイクテイルのアジトに、案内してくれ」
「ま、こうなっちまえば、しかたねぇか」
ようやくオルギードは重い腰を上げた。
馬頭の男が、身長ほどもある巨大な笹の葉型の走翔板を、彼に手渡す。それを慣れた手つきで地面に浮かせ、オルギードは不敵に笑った。
「アジトに案内してやるよ。飛べるか?」
「ああ」
「よし。すぐだ、行くぞ」
オルギードは走翔板に乗って、一気に飛び上がった。大型なだけに速度がある。
俺もフェルミと目を合わせ、オルギードに続く。
オルギードは大柄とはいえ、夜の闇は深く、すぐに埋もれてしまう。
姿は見えないが、火の玉を灯して場所を示してくれていた。
上空でゆっくり飛ぶ彼の隣につける。
「この辺は、大昔は農耕地帯でな。その名残に、放棄された廃屋が森の中にあるんだ。で、そのうちのでかいやつを補修して、ドレイクテイルが使ってる」
オルギードは風切音に負けない大声で教えた。
河が露出しているのだから、農業用水として便利使いされていたのだろう。それが、魔力の流れを利用する魔術師たちに取って代わられ、やがて高級街に移り変わっていった。
彼の走翔板が向く先の森に、ぽつり、と小さな明かりが見える。
あれが例のアジトだろう。完全に森林の中に埋もれていて、空からでは見えない。
少しずつ見えるようになった建物の影を見て、息を呑む。
木造の大屋敷だった。
俺の住む団地の一棟くらい広い敷地がある。補修も芸が細かく、古い板材の裏に隠すように、金属を含めた補強を施していたらしい。外見では分からなかったことだろう。
倒壊していた。
空箱を内側からパカリと展開するかのように、建物一つがバラバラに壊されていたのだ。
「あいつら!」
オルギードは血相を変え、走翔板を傾けて急降下していく。
「あ、おい待て!」
「行っちゃうよ、追いかけないと!」
「分かってる」
フェルミに背中を押されるように、オルギードの後を追う。
まだ敵が残っていたら、何か罠が張られていたら、どうするつもりだ。
吹き上げるような風が服に絡みつき、裾から滑り込む冷風が震えるほど寒い。
木々が迫り、枝葉が見えるようになり、地面が近づいてくる。
ぶちまけられたように散らばる板材の間に、人が倒れていた。
冷気以外のものに背中が冷える。
「オイ、オイ大丈夫か! クッソ、誰だ。誰にやられた!?」
走翔板を放り捨てて、オルギードが倒れている人に次々と声を掛けて回る。
降り立って、見かけよりもはるかに人が多かったことに気付かされた。
二十人近い若者が倒れていて、揃えたように同じ黒のバンダナを身につけている。意識がないものも多く、人形のように手足が投げ出されている。
瓦礫の合間に、砂利らしきものが散らばっている。わずかな光にチラチラと輝いていた。
困惑した表情を浮かべるフェルミが、怯えたように俺の後ろに寄り添ってくる。
「兄貴ぃ……」
呻き声。
オルギードがそいつに飛びついて、木の板を跳ね除けて助け起こす。
昨日の、そしてノルンを襲った、バンダナの男だ。
服も格好も擦り傷だらけで、まるでノルンを映したかのような怪我を負わされていた。
「ベイブ! お前、無事か!?」
「やられたっす、兄貴」
息も絶え絶えに、バンダナの男はオルギードを見上げている。
「あいつ、初めから俺たちに魔石の力を集めさせて、奪っていくつもりだったんすよ……全部、一つ残らず奪っていきやした……。ひでぇっすよ、ひどすぎやす。魔石を奪われた精霊は、みんな、暴走しちまって……」
「暴走? くそっ! あのフード野郎!」
だん、とオルギードは床に拳を叩きつける。乾いた響きが、拓けた夜空に虚しく消える。
バンダナの男は涙を流していた。血と泥で濁った涙が、懺悔するように伝っていく。
「兄貴ぃ、おいら、間違ってたんすか? みんなが好きで、ドレイクテイルが好きで、他に居場所なんて……なのに、全部、ぶち壊れちまって……こんなのって、ないっすよ」
「ああ、お前は間違ってた。好きなら、頭領の顔に泥を塗る真似は、すべきじゃなかった。ここはもう、俺たちの好きなドレイクテイルじゃなかったんだよ」
「そんな、そんなの」
「だから、取り戻す。俺の手で取り戻してきてやる。そこで寝てろ、間抜け野郎」
呻き声はゆっくりと消えて、バンダナの男は目を閉じた。気を失ったらしい。
オルギードは彼を横たえて立ち上がった。
放り投げた走翔板を拾い上げ、俺を見る。
「行くぞ」
「え?」
「ベイブは小器用でな、あのガキの工房に潜入したことがある。魔石を一つパクったんだ。もっとも、それを隠したつもりで、どっかになくしちまうザマだがな」
ちら、と俺を見て、皮肉っぽく笑った。笑って見せた。
この状況で。
「いいのか? こいつら、放っておいて」
「出る前に一発明るい火を灯してやりゃ、森林警備隊が飛んでくるさ。そいつに任せる」
「警備隊って。大丈夫なのか?」
「そのために、俺たちは躾けられた犬みてぇにお行儀よくしてたんだぜ?」
む、なるほど、と思わされた。
あくまでドレイクテイルは、行き場をなくした者たちが「吹き溜まって適当に楽しくやるためだけ」に集まっていた。
その目的のために、あえて敵を増やす必要は、どこにもないのだ。
オルギードが尊敬の意を含めて呼んだ「頭領」は、それだけ仲間思いの人間らしい。
とん、と軽く走翔板に乗って、オルギードは飛び上がっていく。
「フェルミ、俺たちも急ごう」
「うん」
答えたフェルミは、しかし、じっと倒れていた連中を見つめていた。
その横顔は、今まで見たこともないほど大人びている。
遠くを見ているような眼差しは、彼らに重ねた、別のものを見ているかのようだった。
「フェルミ?」
「なんで、この人たちは喧嘩しちゃったの?」
「え?」
フェルミは俺を見た。
真っ直ぐに俺を見て、悲しそうな、さびしそうな顔をして、問いを投げかけてくる。
「みんな、おそろいのバンダナつけてるよ。仲良しだったんでしょ? なのに、なんで、喧嘩になっちゃったの?」
「それは」
プロポーサが魔石を持ち込んだせいだ、と言おうとして、迷った。
魔石は要因にはなったが、分裂を起こす直接の原因ではない。
彼らに目を投じる。
確かに全員、腕に頭に、どこか幼稚なデザインのバンダナを巻いている。
彼らは仲間で、しかし不和のあまり、外部の一突きでここまで崩壊してしまった。
「仲良しでも、望んだ形が違った……んじゃないか。目指すところが違ったんだ。きっと」
「喧嘩しなくてもいいやり方は、なかったのかな?」
「あったら、きっとこうならずに済んだ、んだろうな」
フェルミは、そっとうなずいた。
もう一度、アジトの跡地を見渡す。
散らばった木材の残骸は、月明かりに照らされて、骨のように白んで見える。
「なにしてんだ!? 早く来い!」
「ああ、今行く! フェルミ」
「うん、主さま! 急ごう!」
フェルミは俺の背中に抱きつくようにして、一緒に走翔板に乗る。
二人乗りのコツは、もう完全に掴んでいた。
二人揃ったまま、走翔板は上空まで飛んでいく。
オルギードは俺たちを一瞥して、何かゴミでも放り落とすように投げ落とした。
それは途中で黒く弾み、そこに夕日を作り出す。カアッと視界が藍色に焼けた。
とっさに腕で目をかばっても、まだ眩しい。
数秒の間をおいて、茜色は黒に溶けていく。
「これだけやりゃあ、誰か気付くだろ。行くぞ」
「あ、ああ」
目を開けて、もう光が消えていることを確かめる。まだ眩しいように感じる。
炎ではなく、完全に単純な光だった。
火精霊の力をあれだけ光に傾注させるには、それなり以上に技量がいる。侮れない男だ。
振り返ると、彼は走翔板を真っ直ぐ空に走らせていた。慌てて後を追いかける。
「どこに行くんだ?」
「第三区だ。汚ぇ喫茶店の地下なんだとさ」
また第三区か。行ったり来たりと激しいな。
それに汚い喫茶店というと、まさか、あれか。
島の円周に沿って埋もれる第三区は、夜に沈黙していた。その上空に浮かぶ衛島が、大きい半月の末端を隠している。
オルギードは一度だけ振り返った。
「俺が、頭領みてぇにやれたなら、こんなことにはならなかったのかもな」
呟きは風に揉まれて耳に届いてしまう。オルギードはすでに何事もなかったかのように、決然と前だけを見て、走翔板を飛ばしている。
二度目はなかった。




