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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
第二章
15/25

13:オルギード

「ドレイクテイルのアジトに、案内してくれ」

「ま、こうなっちまえば、しかたねぇか」

 ようやくオルギードは重い腰を上げた。

 馬頭の男が、身長ほどもある巨大な笹の葉型の走翔板を、彼に手渡す。それを慣れた手つきで地面に浮かせ、オルギードは不敵に笑った。

「アジトに案内してやるよ。飛べるか?」

「ああ」

「よし。すぐだ、行くぞ」

 オルギードは走翔板に乗って、一気に飛び上がった。大型なだけに速度がある。

 俺もフェルミと目を合わせ、オルギードに続く。

 オルギードは大柄とはいえ、夜の闇は深く、すぐに埋もれてしまう。

 姿は見えないが、火の玉を灯して場所を示してくれていた。

 上空でゆっくり飛ぶ彼の隣につける。

「この辺は、大昔は農耕地帯でな。その名残に、放棄された廃屋が森の中にあるんだ。で、そのうちのでかいやつを補修して、ドレイクテイルが使ってる」

 オルギードは風切音に負けない大声で教えた。

 河が露出しているのだから、農業用水として便利使いされていたのだろう。それが、魔力の流れを利用する魔術師たちに取って代わられ、やがて高級街に移り変わっていった。

 彼の走翔板が向く先の森に、ぽつり、と小さな明かりが見える。

 あれが例のアジトだろう。完全に森林の中に埋もれていて、空からでは見えない。

 少しずつ見えるようになった建物の影を見て、息を呑む。

 木造の大屋敷だった。

 俺の住む団地の一棟くらい広い敷地がある。補修も芸が細かく、古い板材の裏に隠すように、金属を含めた補強を施していたらしい。外見では分からなかったことだろう。

 倒壊していた。

 空箱を内側からパカリと展開するかのように、建物一つがバラバラに壊されていたのだ。

「あいつら!」

 オルギードは血相を変え、走翔板を傾けて急降下していく。

「あ、おい待て!」

「行っちゃうよ、追いかけないと!」

「分かってる」

 フェルミに背中を押されるように、オルギードの後を追う。

 まだ敵が残っていたら、何か罠が張られていたら、どうするつもりだ。

 吹き上げるような風が服に絡みつき、裾から滑り込む冷風が震えるほど寒い。

 木々が迫り、枝葉が見えるようになり、地面が近づいてくる。

 ぶちまけられたように散らばる板材の間に、人が倒れていた。

 冷気以外のものに背中が冷える。

「オイ、オイ大丈夫か! クッソ、誰だ。誰にやられた!?」

 走翔板を放り捨てて、オルギードが倒れている人に次々と声を掛けて回る。

 降り立って、見かけよりもはるかに人が多かったことに気付かされた。

 二十人近い若者が倒れていて、揃えたように同じ黒のバンダナを身につけている。意識がないものも多く、人形のように手足が投げ出されている。

 瓦礫の合間に、砂利らしきものが散らばっている。わずかな光にチラチラと輝いていた。

 困惑した表情を浮かべるフェルミが、怯えたように俺の後ろに寄り添ってくる。

「兄貴ぃ……」

 呻き声。

 オルギードがそいつに飛びついて、木の板を跳ね除けて助け起こす。

 昨日の、そしてノルンを襲った、バンダナの男だ。

 服も格好も擦り傷だらけで、まるでノルンを映したかのような怪我を負わされていた。

「ベイブ! お前、無事か!?」

「やられたっす、兄貴」

 息も絶え絶えに、バンダナの男はオルギードを見上げている。

「あいつ、初めから俺たちに魔石の力を集めさせて、奪っていくつもりだったんすよ……全部、一つ残らず奪っていきやした……。ひでぇっすよ、ひどすぎやす。魔石を奪われた精霊は、みんな、暴走しちまって……」

「暴走? くそっ! あのフード野郎!」

 だん、とオルギードは床に拳を叩きつける。乾いた響きが、拓けた夜空に虚しく消える。

 バンダナの男は涙を流していた。血と泥で濁った涙が、懺悔するように伝っていく。

「兄貴ぃ、おいら、間違ってたんすか? みんなが好きで、ドレイクテイルが好きで、他に居場所なんて……なのに、全部、ぶち壊れちまって……こんなのって、ないっすよ」

「ああ、お前は間違ってた。好きなら、頭領の顔に泥を塗る真似は、すべきじゃなかった。ここはもう、俺たちの好きなドレイクテイルじゃなかったんだよ」

「そんな、そんなの」

「だから、取り戻す。俺の手で取り戻してきてやる。そこで寝てろ、間抜け野郎」

 呻き声はゆっくりと消えて、バンダナの男は目を閉じた。気を失ったらしい。

 オルギードは彼を横たえて立ち上がった。

 放り投げた走翔板を拾い上げ、俺を見る。

「行くぞ」

「え?」

「ベイブは小器用でな、あのガキの工房に潜入したことがある。魔石を一つパクったんだ。もっとも、それを隠したつもりで、どっかになくしちまうザマだがな」

 ちら、と俺を見て、皮肉っぽく笑った。笑って見せた。

 この状況で。

「いいのか? こいつら、放っておいて」

「出る前に一発明るい火を灯してやりゃ、森林警備隊が飛んでくるさ。そいつに任せる」

「警備隊って。大丈夫なのか?」

「そのために、俺たちは躾けられた犬みてぇにお行儀よくしてたんだぜ?」

 む、なるほど、と思わされた。

 あくまでドレイクテイルは、行き場をなくした者たちが「吹き溜まって適当に楽しくやるためだけ」に集まっていた。

 その目的のために、あえて敵を増やす必要は、どこにもないのだ。

 オルギードが尊敬の意を含めて呼んだ「頭領」は、それだけ仲間思いの人間らしい。

 とん、と軽く走翔板に乗って、オルギードは飛び上がっていく。

「フェルミ、俺たちも急ごう」

「うん」

 答えたフェルミは、しかし、じっと倒れていた連中を見つめていた。

 その横顔は、今まで見たこともないほど大人びている。

 遠くを見ているような眼差しは、彼らに重ねた、別のものを見ているかのようだった。

「フェルミ?」

「なんで、この人たちは喧嘩しちゃったの?」

「え?」

 フェルミは俺を見た。

 真っ直ぐに俺を見て、悲しそうな、さびしそうな顔をして、問いを投げかけてくる。

「みんな、おそろいのバンダナつけてるよ。仲良しだったんでしょ? なのに、なんで、喧嘩になっちゃったの?」

「それは」

 プロポーサが魔石を持ち込んだせいだ、と言おうとして、迷った。

 魔石は要因にはなったが、分裂を起こす直接の原因ではない。

 彼らに目を投じる。

 確かに全員、腕に頭に、どこか幼稚なデザインのバンダナを巻いている。

 彼らは仲間で、しかし不和のあまり、外部の一突きでここまで崩壊してしまった。

「仲良しでも、望んだ形が違った……んじゃないか。目指すところが違ったんだ。きっと」

「喧嘩しなくてもいいやり方は、なかったのかな?」

「あったら、きっとこうならずに済んだ、んだろうな」

 フェルミは、そっとうなずいた。

 もう一度、アジトの跡地を見渡す。

 散らばった木材の残骸は、月明かりに照らされて、骨のように白んで見える。

「なにしてんだ!? 早く来い!」

「ああ、今行く! フェルミ」

「うん、主さま! 急ごう!」

 フェルミは俺の背中に抱きつくようにして、一緒に走翔板に乗る。

 二人乗りのコツは、もう完全に掴んでいた。

 二人揃ったまま、走翔板は上空まで飛んでいく。

 オルギードは俺たちを一瞥して、何かゴミでも放り落とすように投げ落とした。

 それは途中で黒く弾み、そこに夕日を作り出す。カアッと視界が藍色に焼けた。

 とっさに腕で目をかばっても、まだ眩しい。

 数秒の間をおいて、茜色は黒に溶けていく。

「これだけやりゃあ、誰か気付くだろ。行くぞ」

「あ、ああ」

 目を開けて、もう光が消えていることを確かめる。まだ眩しいように感じる。

 炎ではなく、完全に単純な光だった。

 火精霊の力をあれだけ光に傾注させるには、それなり以上に技量がいる。侮れない男だ。

 振り返ると、彼は走翔板を真っ直ぐ空に走らせていた。慌てて後を追いかける。

「どこに行くんだ?」

「第三区だ。汚ぇ喫茶店の地下なんだとさ」

 また第三区か。行ったり来たりと激しいな。

 それに汚い喫茶店というと、まさか、あれか。

 島の円周に沿って埋もれる第三区は、夜に沈黙していた。その上空に浮かぶ衛島が、大きい半月の末端を隠している。

 オルギードは一度だけ振り返った。

「俺が、頭領みてぇにやれたなら、こんなことにはならなかったのかもな」

 呟きは風に揉まれて耳に届いてしまう。オルギードはすでに何事もなかったかのように、決然と前だけを見て、走翔板を飛ばしている。

 二度目はなかった。



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