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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
第二章
14/25

12:ドレイクテイル

 第二区の外れにある、納屋として使われていた廃屋に、ドレイクテイルの一人がいる。

 ノルンのもたらした情報は、つまりそういうものだった。

 二つの月が、空の真ん中に陣取っている。大きな月は半月に、小さな月は望月に。

 真っ黒な湖に光る石を投げ込んだような夜空の下を、走翔板が疾走する。

「夜を走るのも気持ちいいね、主さま」

「確かに、そうかもな」

 夜露に濡れた空は凍りつくように冷たく、肌を刺すような風が吹き付ける。

 冷たさに湿った外套が、風を受けて重たく体に巻きついた。

 フェルミがいなかったら、夜の寒さはこんなものでは済まなかっただろう。

 結局ノルンは家に残して、俺とフェルミだけでドレイクテイルを捕まえることになった。無理にノルンが出るよりも、走翔板に慣れているぶん俺たちのほうが足が速い。

 細波の上空を駆け抜けるような景色は黒く艶めいて、美しかった。

 細波のすべては森の木々で、駆け抜ける道は単軌鉄道の高架線路だ。夜には運行していないので、道だけタダ乗りさせてもらっている。

「見えてきたよ!」

「よしきた!」

 高架線路の先に夜の街が見えてきた。

 月明かりに天井付近だけが照らされて、幻惑的な景色に見える。

 街の中心に用はない。

 走翔板のテールを踏んでヘッドを持ち上げる。急ブレーキが掛かったように、速度が高度に変換される。ヘッドに足を添えて重心で板を操るように、傾きを整えて滑空する。

 ジャンプした走翔板は、鉄道の防音護壁を飛び越えて、森の上に飛び出した。

 その瞬間、全身を煽るように、冷たい風にかき回される。

 さえぎるものがない空の只中に飛び出したから、風は全方向から吹き付けてくるのだ。

「いやっほー!」

 フェルミが快哉をあげる。

 冷たさで青く濡れる夜空を駆け抜けて、河原に向かっていく。

 河原の近くに一軒あった古い家に、そのドレイクテイルは潜んでいるらしかった。

 実際、暗闇に沈む中で、河原の辺からやや離れた場所に、火の明かりが灯っている。

 今もいると見て間違いないようだ。

「行くぞ!」

「うん!」

 俺の声にフェルミは嬉しそうに答えた。

 ぐっと体重をかけて走翔板のヘッドを踏み込む。旋回しながら一気に高度を下げていき、火が灯されている広い空間に直接乗り込んだ。

 固められた土の硬い感触が靴の裏を突き、砂がこすれて小気味よい音を立てる。

 廃屋の裏にある広い庭の真ん中で、火が焚かれていた。

 暗中にも明るい火の光は、闇に慣れた目に眩しい。その赤い光に照らされる影は長く伸びて、外縁を囲む墨を垂らしたような闇につながっていく。

 焚き火のそばに、大柄な男が背中を丸めて丸太に腰を下ろしていた。

「あん? なんだお前」

 その男が俺を見やって、露骨に顔をしかめる。

 腕にバンダナはないが、あの大柄な体格と、顔の傷は見間違えようもない。

 昨日河原で会った、傷の男だ。

 辺りを見渡しても他に人影は見当たらない。ここに集っているわけではないらしい。

「おい。ドレイクテイルのアジトはどこだ?」

 はん、とつまらなそうに鼻を鳴らして、男はカップに口をつけた。ちびりと舐めてから、面倒くさそうに口を開く。

「なんで俺がてめぇに教えなきゃなんねぇ? だいたい、俺たちと会わなかったことにするっつったのは、てめぇじゃねぇか」

「破ったのはお前らだろう! ノルンに手を出した連中は、どこにいる?」

 さっと男の表情が変わった。

 目の色が真剣なものになって、思慮深げに眉をひそめる。握っていたカップを置いて、俺に体ごと向き直って、前傾姿勢になった。

「待て、話が見えねぇ。ノルンってのは、昨日の金髪だよな。ああ、先に言っておくが、俺たちは魔石を紛失したせいで、昨日のうちに追放されてる。関係ねぇはずだ」

「……追放?」

 話がなおさら見えなくなってきた。

 待てと手を挙げて、傷の男にゆっくりと尋ねる。

「まず一つ、ハッキリさせておく。あんたは、ノルンに手を出していない。そうだな?」

「ああ。もう関わるつもりもなかった」

 淡々と告げる。

 虚飾も誇張も知らないような真っ直ぐな口ぶりに、実直さがにじみ出ている。

 よし、と決めた。この男を信用する。

 まずは一つひとつ、明らかにしていかなければならない。

「あんた、名前は?」

「オルギードだ。お前は」

「俺はセイジ。オルギード、あんたはドレイクテイルで、いいんだよな。他のどこかにも入っていたわけじゃなく」

「ああ? そりゃあ、ドレイクテイルだけだ。頭領の集めた、はぐれものの集まりだぞ。クズどもが吹き溜まって適当に楽しくやるためだけのな」

 オルギードは吐き捨てるように言う。

 懐かしむような、悔恨がこもるような、怒りをこらえるような、そんな表情に見えた。追及は躊躇われて、別の話をする。

「魔石はどこから?」

「いきなりアジトに来たガキに渡された。ああ、なんだ、ちょっと長くなるぞ」

 そう前置きして、酒が入っているとは思えない明晰な口調で、早口に語った。

 いわく、設立から長じて規模の大きくなったドレイクテイルに、ある日突然見知らぬ少年が来て、全員を相手に精霊戦を始めたらしい。

 尋常ではない強さで圧倒し、軽々とドレイクテイルの全員を薙ぎ倒した。

 彼は精霊の強さの秘訣として、自身の精霊にも宿らせた魔石を示し、ドレイクテイルに渡したのだ。まだ不安定だから実験に協力して欲しい、と言って。

 その凄まじい力に目がくらんだ一部が手を出し、あっという間に内部に渡っていった。そのとき頭領は、最後の最後まで反対していたらしい。

 しかし実際、魔石の力は凄まじかった。

 過激な連中が、魔石の力をさらに高めるために、第二区で精霊誘拐を起こすほどに。

 どこで嗅ぎつけたのか、すぐに魔石を提供した少年が飛んできて、露見してしまっては困るから犯罪行為をやめろと言った。

 過激派は増長してその少年に襲い掛かったものの、一瞬で返り討ちにし、命令を実力で徹底させてみせる。そして暴挙を止められなかった頭領を、統率力がないと言って追放し、直々にドレイクテイルの指揮を取るようになったという。

「って、リーダーが変わったのか?」

「ああ。体よく乗っ取られた」

 つまり、今のドレイクテイルは内実ともに、完全に別物になっているのだ。行動の豹変も、当然だろう。しかし、接触の機会が増えても、少年は正体を明かさなかった。

 いつもフードを被って、真っ白な仮面までつけて、人相を隠していたらしい。

「ただ、俺たちはあのガキの下についたわけじゃない。一杯食わしてやるために、過激派が中心になって裏で魔石の力を高めてたんだ」

 俺を追放したのも、ドレイクテイル内部の処理だ、と彼は語った。

 古株で頭領に立場の近いオルギードは、過激派の目には邪魔に映ったらしい。

「じゃあ、ノルンを襲ったのは」

「連中、今は魔石が一つでも多く欲しいんだろうよ。あのガキをぶっ潰すために」

 単なる内輪もめに、巻き込まれただけ。

 そんなことで、ノルンが傷つけられ、カタールさえ奪われた。

 納得できる話ではない。とても許せる話ではない。

「昨日のバンダナのやつは、ノルンを襲撃した一団にいた。心当たりはあるか?」

「あいつが?」

 オルギードは目を丸くして、次いで苦渋に歪めた。

「飯買ってくるっつって、昼からいねぇんだ。くそっ。あいつ、売りやがったな」

 よし、とうなずく。話はだいたいつながった。

 魔石に精通し、ドレイクテイルをそそのかすことのできる人物は、俺の知る限りでプロポーサ以外にいない。そしてそいつは、ドレイクテイルを指揮している。

 するべきことは定まった。

「えっと、どうするの?」

 フェルミがコトンと首をかしげる。思わず笑ってしまった。

 俺はフェルミにうなずいて見せて、オルギードに顔を向ける。

「ドレイクテイルのアジトに、案内してくれ」


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