12:ドレイクテイル
第二区の外れにある、納屋として使われていた廃屋に、ドレイクテイルの一人がいる。
ノルンのもたらした情報は、つまりそういうものだった。
二つの月が、空の真ん中に陣取っている。大きな月は半月に、小さな月は望月に。
真っ黒な湖に光る石を投げ込んだような夜空の下を、走翔板が疾走する。
「夜を走るのも気持ちいいね、主さま」
「確かに、そうかもな」
夜露に濡れた空は凍りつくように冷たく、肌を刺すような風が吹き付ける。
冷たさに湿った外套が、風を受けて重たく体に巻きついた。
フェルミがいなかったら、夜の寒さはこんなものでは済まなかっただろう。
結局ノルンは家に残して、俺とフェルミだけでドレイクテイルを捕まえることになった。無理にノルンが出るよりも、走翔板に慣れているぶん俺たちのほうが足が速い。
細波の上空を駆け抜けるような景色は黒く艶めいて、美しかった。
細波のすべては森の木々で、駆け抜ける道は単軌鉄道の高架線路だ。夜には運行していないので、道だけタダ乗りさせてもらっている。
「見えてきたよ!」
「よしきた!」
高架線路の先に夜の街が見えてきた。
月明かりに天井付近だけが照らされて、幻惑的な景色に見える。
街の中心に用はない。
走翔板のテールを踏んでヘッドを持ち上げる。急ブレーキが掛かったように、速度が高度に変換される。ヘッドに足を添えて重心で板を操るように、傾きを整えて滑空する。
ジャンプした走翔板は、鉄道の防音護壁を飛び越えて、森の上に飛び出した。
その瞬間、全身を煽るように、冷たい風にかき回される。
さえぎるものがない空の只中に飛び出したから、風は全方向から吹き付けてくるのだ。
「いやっほー!」
フェルミが快哉をあげる。
冷たさで青く濡れる夜空を駆け抜けて、河原に向かっていく。
河原の近くに一軒あった古い家に、そのドレイクテイルは潜んでいるらしかった。
実際、暗闇に沈む中で、河原の辺からやや離れた場所に、火の明かりが灯っている。
今もいると見て間違いないようだ。
「行くぞ!」
「うん!」
俺の声にフェルミは嬉しそうに答えた。
ぐっと体重をかけて走翔板のヘッドを踏み込む。旋回しながら一気に高度を下げていき、火が灯されている広い空間に直接乗り込んだ。
固められた土の硬い感触が靴の裏を突き、砂がこすれて小気味よい音を立てる。
廃屋の裏にある広い庭の真ん中で、火が焚かれていた。
暗中にも明るい火の光は、闇に慣れた目に眩しい。その赤い光に照らされる影は長く伸びて、外縁を囲む墨を垂らしたような闇につながっていく。
焚き火のそばに、大柄な男が背中を丸めて丸太に腰を下ろしていた。
「あん? なんだお前」
その男が俺を見やって、露骨に顔をしかめる。
腕にバンダナはないが、あの大柄な体格と、顔の傷は見間違えようもない。
昨日河原で会った、傷の男だ。
辺りを見渡しても他に人影は見当たらない。ここに集っているわけではないらしい。
「おい。ドレイクテイルのアジトはどこだ?」
はん、とつまらなそうに鼻を鳴らして、男はカップに口をつけた。ちびりと舐めてから、面倒くさそうに口を開く。
「なんで俺がてめぇに教えなきゃなんねぇ? だいたい、俺たちと会わなかったことにするっつったのは、てめぇじゃねぇか」
「破ったのはお前らだろう! ノルンに手を出した連中は、どこにいる?」
さっと男の表情が変わった。
目の色が真剣なものになって、思慮深げに眉をひそめる。握っていたカップを置いて、俺に体ごと向き直って、前傾姿勢になった。
「待て、話が見えねぇ。ノルンってのは、昨日の金髪だよな。ああ、先に言っておくが、俺たちは魔石を紛失したせいで、昨日のうちに追放されてる。関係ねぇはずだ」
「……追放?」
話がなおさら見えなくなってきた。
待てと手を挙げて、傷の男にゆっくりと尋ねる。
「まず一つ、ハッキリさせておく。あんたは、ノルンに手を出していない。そうだな?」
「ああ。もう関わるつもりもなかった」
淡々と告げる。
虚飾も誇張も知らないような真っ直ぐな口ぶりに、実直さがにじみ出ている。
よし、と決めた。この男を信用する。
まずは一つひとつ、明らかにしていかなければならない。
「あんた、名前は?」
「オルギードだ。お前は」
「俺はセイジ。オルギード、あんたはドレイクテイルで、いいんだよな。他のどこかにも入っていたわけじゃなく」
「ああ? そりゃあ、ドレイクテイルだけだ。頭領の集めた、はぐれものの集まりだぞ。クズどもが吹き溜まって適当に楽しくやるためだけのな」
オルギードは吐き捨てるように言う。
懐かしむような、悔恨がこもるような、怒りをこらえるような、そんな表情に見えた。追及は躊躇われて、別の話をする。
「魔石はどこから?」
「いきなりアジトに来たガキに渡された。ああ、なんだ、ちょっと長くなるぞ」
そう前置きして、酒が入っているとは思えない明晰な口調で、早口に語った。
いわく、設立から長じて規模の大きくなったドレイクテイルに、ある日突然見知らぬ少年が来て、全員を相手に精霊戦を始めたらしい。
尋常ではない強さで圧倒し、軽々とドレイクテイルの全員を薙ぎ倒した。
彼は精霊の強さの秘訣として、自身の精霊にも宿らせた魔石を示し、ドレイクテイルに渡したのだ。まだ不安定だから実験に協力して欲しい、と言って。
その凄まじい力に目がくらんだ一部が手を出し、あっという間に内部に渡っていった。そのとき頭領は、最後の最後まで反対していたらしい。
しかし実際、魔石の力は凄まじかった。
過激な連中が、魔石の力をさらに高めるために、第二区で精霊誘拐を起こすほどに。
どこで嗅ぎつけたのか、すぐに魔石を提供した少年が飛んできて、露見してしまっては困るから犯罪行為をやめろと言った。
過激派は増長してその少年に襲い掛かったものの、一瞬で返り討ちにし、命令を実力で徹底させてみせる。そして暴挙を止められなかった頭領を、統率力がないと言って追放し、直々にドレイクテイルの指揮を取るようになったという。
「って、リーダーが変わったのか?」
「ああ。体よく乗っ取られた」
つまり、今のドレイクテイルは内実ともに、完全に別物になっているのだ。行動の豹変も、当然だろう。しかし、接触の機会が増えても、少年は正体を明かさなかった。
いつもフードを被って、真っ白な仮面までつけて、人相を隠していたらしい。
「ただ、俺たちはあのガキの下についたわけじゃない。一杯食わしてやるために、過激派が中心になって裏で魔石の力を高めてたんだ」
俺を追放したのも、ドレイクテイル内部の処理だ、と彼は語った。
古株で頭領に立場の近いオルギードは、過激派の目には邪魔に映ったらしい。
「じゃあ、ノルンを襲ったのは」
「連中、今は魔石が一つでも多く欲しいんだろうよ。あのガキをぶっ潰すために」
単なる内輪もめに、巻き込まれただけ。
そんなことで、ノルンが傷つけられ、カタールさえ奪われた。
納得できる話ではない。とても許せる話ではない。
「昨日のバンダナのやつは、ノルンを襲撃した一団にいた。心当たりはあるか?」
「あいつが?」
オルギードは目を丸くして、次いで苦渋に歪めた。
「飯買ってくるっつって、昼からいねぇんだ。くそっ。あいつ、売りやがったな」
よし、とうなずく。話はだいたいつながった。
魔石に精通し、ドレイクテイルをそそのかすことのできる人物は、俺の知る限りでプロポーサ以外にいない。そしてそいつは、ドレイクテイルを指揮している。
するべきことは定まった。
「えっと、どうするの?」
フェルミがコトンと首をかしげる。思わず笑ってしまった。
俺はフェルミにうなずいて見せて、オルギードに顔を向ける。
「ドレイクテイルのアジトに、案内してくれ」




