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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
第二章
13/25

11:誓約精霊

 喫茶店を辞した後、約束通り図書館を訪れた。図書館と言っても、ちょっとした館のホールに、本を満載した本棚が分類ごとに大量に並べられているだけだ。

「主さま、本がいっぱい!」

「十冊まで好きなの選んで持っておいで。大切に扱えよ」

「はぁい!」

 嬉しそうに児童書コーナーに突撃していくフェルミの姿は、本当に子どものようだ。なにかこう、父親にでもなったような気持ちになる。

 街の図書館の蔵書は、半数近くが寄進で成り立っている。

 紙資源そのものが豊富とは言えない世の中で、この街は紙を贅沢に使っている。そう多くないとはいえ、児童書を出版し、なおかつ図書館というものを運営して貸本を行っているのだから。金持ちの善意で運営されている図書館の貸本価格は、貸し本屋の十分の一ほどで済む。たいへん懐に優しい。

 林立する本棚の、高い段には児童向けの教養本、低い段には読み物が並べられていた。フェルミは本棚の前にしゃがみこみ、背表紙を指でなぞりながら一つひとつ選んでいく。

 その姿を見て、息をついた。

 精霊と人がともに在るとき、そこには二つの場合が存在する。契約と、誓約だ。

 契約は、力を貸してもらい、その見返りに何かを差し出す、というものだ。お互いを縛り制約をつけることで、損害の回避と利益とを保障する。

 契約の証として精霊は魔導石に核を預け、その魔導石を介して契約に基づく範囲でのみ、精霊術を行使することができる。

 街灯に使われるような弱い火精霊には、人間が行き交う様を好きなだけ眺められ、かつ雨風を凌げる場所を提供する、という程度の条件で明かりを貰う。

 逆に強い精霊には、毎年最も肥えた牛を差し出し、常日頃から崇め奉ると約束する。その見返りに多雨や旱魃のときには、適した雨にして貰うのだ。

 対する誓約は、お互いを縛るものは何一つない。

 俺からフェルミに何かを求めても、応じる義務はどこにもない。たとえ気まぐれに俺のもとを去ってしまっても、それを咎める道理は存在しないのだ。

 誓約は精霊と心を結び合わせ、助け合うことを心に約束すること。

 ただ、傍に寄り添うことを決めて、核を魔導石ではなく俺に預けて、フェルミは俺の隣でのんきに笑う。それだけだ。

 頼みに応じたいときは応じ、助けたいときは助け、俺はその感謝に返せるものを返す。

 誓約は、精霊との間に絆を渡すこと、と言い換えてもいいだろう。

 俺はフェルミを無二と感じているし、フェルミもそう思っている、と、信じたい。

「主さま! 選んだよ!」

 フェルミは両手一杯に本を抱えて、飛び跳ねるように駆け寄ってくる。

「よし、じゃあ借りるか」

「うん! ねぇ主さま、寝る前に一緒に読もうよ!」

「しっ、図書館ではお静かに」

「あ、はぁい」

 しゅんとうつむく素直なフェルミから本を受け取って、頭を撫でてやる。長い髪は指通りも滑らかで、手の下で髪の束が転がる。指の腹がくすぐったい。

 マタタビを抱いた猫のように相好を緩めるフェルミに、微笑む。

 フェルミも、俺と同じ気持ちでいてくれているだろうか。


 本を抱えて家に帰ったときには、すっかり日が暮れていた。

 フェルミの灯す明かりだけを頼りに、部屋の中を動く。

 抱えた十冊の本を片付けるために部屋を片付けて、空いたところにようやく本を置く。

 脱ぎ散らかした服や布団を敷くために押し退けたあれこれで、やけに散らかって見える。端的に言って荒れ果てた寝室に、ため息をついた。

「今度の休みに部屋を掃除しなきゃならないな」

「掃除、やったぁ! おっ掃除ぃ」

 小躍りするフェルミは、もうなんでもいいんじゃないかと思う。

 夜だから静かに、と手振りで合図した。秘密の暗号会話ごっこ、みたいな顔に輝かせて、フェルミは嬉しそうにうなずく。

 寝る前に一杯熱いミルクでも飲もうと、フェルミを促して肩を押しながら部屋を出る。

 だんっ!

 フェルミがビックリして俺の顎に頭突きをかました。がぎり、と噛み合った歯が不協和音を頭蓋に響かせる。舌を噛まなくてよかった、と心底思う。

 歯も顎も頭も、ビリビリと衝撃に揺れている。

 ばんばんばんばんばん、と扉が叩かれた。こんな夜更けに誰だ。

 のろのろと玄関に向かい、扉を開ける。立てかけられていた重い塊が倒れこんできた。

 とっさに支えて、掴まれて、それが人間だと悟る。

「セイ、ジ」

「なんだ、誰だ? どうした、大丈夫か?」

 俺の背中に回した手を、服ごときつく握りしめる誰かは、嗚咽のような声で呻く。

「カタールが、奪われた……っ!」

 フェルミの明かりに照らされたその人は、豪奢な金髪をその体に被せている。

 ノルンだった。

 あちこち怪我をしていたノルンの手当てを最優先する。

 彼女は学校帰りだったのかローブ姿のままで、それも留め金が引きちぎられていた。ブラウスは血と泥がにじんで、ひどいことになっている。

 幸い出血の割りに深い傷ではなく、深刻な怪我はないようだった。

「最悪だよ、やつらに謀られた」

 一番深い、腕の切り傷に圧迫止血をしながら、吐き捨てるノルンの声を聞く。

「やつらって?」

「ドレイクテイルだ。あいつら、あの魔石をつけた精霊を何体も連れて襲ってきた」

「なんだって?」

 驚いて手の力が緩みかけた。しっかりと圧迫し直して、包帯を縛る。

 痛い、と文句を言うノルンの脇に、木の球を挟ませた。

 フェルミもノルンを挟んで向こう側で、打撲に氷水を当てている。まだまだ傷は多い。

「間違いなく、ドレイクテイルだったのか?」

「ああ。全員あの幼稚なバンダナを巻いてたし、昨日のバンダナ野郎もいた。確実だろう」

「そうか……」

 手の甲にある擦り傷に、消毒液を染み込ませた布を押し当てる。

 沁みるのか、ノルンは顔をゆがめて目尻に涙を浮かべた。ガーゼを当てて包帯で留める。

 それにしても、と思う。

 ドレイクテイルがノルンを襲うというのは、おかしな話だ。

 魔石は確実にチンピラ集団の手に余るもののはずだし、傷の男の態度もつじつまが合わない。そんな魔石持ちの精霊を、大量に揃えるなど、不合理極まりなかった。そんな連中が軽々と手に入れていいほど、魔石は気安い代物ではない。

 それに、プロポーサの話もある。

 例の魔石を扱う組織は、精霊誘拐を敢行し、魔石を大量に揃えようとしている。

 犯罪を避けて目立たないようくすぶっている集団が、そんな極端に危険で計画的な行動を取るとは、どうしても思えなかった。動機が行動のリスクに釣り合わない。

 ふん、とノルンは不快そうに鼻を鳴らした。

「やつらの事情なんて知ったことではない。あいつらは、私のカタールを奪ったんだ! 精霊戦をする後ろから私を殴って、魔導石を奪って!」

 苛立たしげに腕を振り上げて、右腕の傷に障ったのか、顔をゆがめてうずくまる。

 ノルンの魔力を整える。不調で乱れた魔力の循環を整えてやると、わずかばかり痛みが和らいで治りやすくなる。

 そう。

 事実として、やつらはノルンを襲い、分を超えた。やってはならないことをした。

 必要がなければ、わざわざ事を構えたくはなかった。敵を増やす理由はないからだ。

 しかし、敵の側から仕掛けてくるなら話は別だ。

 俺の友達を傷つけた。

 戦う理由は充分すぎる。

「それはそれとして、なあノルン」

「なんだ?」

「何でわざわざウチまで来たんだ? 遠いだろ、どう考えても」

 ノルンは口を引き結んだ。

 遠出でもない限りノルンは走翔板に乗らない。衛島まで上がるには索道を利用しなければならないだろう。衛島に上がってからも、この家まではさんざ歩かなければならない。

 親戚に昔の失敗をほじくり返されるような嫌な顔をして、ノルンは口を尖らせる。

「……忘れてたんだ、こんなに遠いってこと」

「はあ?」

 苦渋を顔中に表して、ぼそぼそと言葉を継いだ。

「とにかくお前に伝えないと、って思ってゴンドラに乗って、降りてみればめちゃくちゃ遠くて、だからって途中で引き返すわけにも行かないしな。怪我は痛いし、出血が思ったより多くて、だんだん死ぬほど疲れが出てくるし……お前なんで本島に住まないんだ!」

「俺に言うな、んな金ねーよ!」

 理不尽に怒るノルンに言い返す。本島住まいには分かるまい。衛島団地の賃貸一室は、家賃が本島の四分の一なのだ。

 ノルンは突然声を上げて、獲物を見つけた野獣のように歯をむき出して笑った。

「来た、報告だ。見つけたぞ」

「なにがだ?」

 答える代わりに、ノルンは腰に巻かれた魔導石を取り出して見せる。藍色の石は、ちらちらと一定のリズムで光を発していた。

 契約精霊が宿る魔導石には、精霊の核が宿っている。ノルンいわく「契約条項のちょっとした工夫」で、その核を用いて擬似的に通信するような使い方ができるのだそうだ。ノルンは点滅を読みながら、その遠隔連絡法を使って別の精霊に指示を取り始める。

「私の全軍を駆使して、やつらを探させていたんだ。やっと網に掛かった」

「全軍で? そりゃ、ぞっとしないな……」

「ふふ、誰に喧嘩を売ったのか、分からせてやる。行くぞ、おおあ、っつうぅ」

 立ち上がろうとしたノルンは傷が痛むのか、またうずくまってしまう。見える範囲の処置はしたが、それで痛みが消えるはずもない。

 フェルミがぺたぺたと手で撫で繰り回して、ノルンの乱れた魔力を整える。

「無理するな、ノルンは養生してろ。場所だけ教えてくれ」

「なに?」

 痛みが残るのか眉をしかめたまま、ノルンは俺を見上げた。

 その顔に笑みを返して、フェルミを見る。

 フェルミもやる気に満ちた表情で、こくんとうなずいた。

「あとは、俺たちがやる」


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