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焔鎧のフェルミ  作者: ルト
序章
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序章:炎の鎧(上)

序章


 戦いは佳境に入りつつあった。

 鮮やかな紅に染まる細身の板金鎧は、そのすらりと長大な両手剣を手足のように振るい、眼前の獅子に立ち向かう。

 対する獅子は、背中に小さく生えた羽をいっぱいに突っ張って、どっしりと大きな体で爪を振るう。空を切ったその前肢は土を叩き、均された土砂利を深々と抉った。その体重が乗った爪に捕まってしまえば、鎧以前に叩き伏せられ、押しつぶされてしまうだろう。

 獅子の後方に立ち、ローブを翻す少女が、にやりと歯をむき出して笑った。金糸のような輝きを持つウェーブがかった長髪が、結界内に滞留する濃密な魔力に煽られている。俺を指差して、声も高く勝ち誇る。

「セイジ! お前のカードはあと二枚、だが私はあと四枚を残している! この勝負、私の勝ちだ!」

 俺は鎧騎士の戦いぶりから目を離さないまま、手に握る透き通った青のカードを確かめる。魔力を成型して作られたカードは、確かに俺の手には二枚しかない。

 笑う。

「二枚もあれば充分だ。フェルミ!」

 鎧騎士は、声に応じて剣を正眼に構える。鎧の隙間から、ゆらりと景色が霞むほどの炎が吹き荒れた。

 赤く影を落とす景色に、相手の精霊術士ノルンはひるまない。

「ふん、カードもなしに、なにが出来る! カタール、一気に押しつぶせ!」

 声と同時に、四枚のカード全てを突き出した。カードが砕け散り、こめられていた魔力が広がる。

 指揮者のように手を滑らせるノルンの導きに従って、魔力は空間を縫うように進み、獅子型の精霊カタールに宿っていく。精霊に働きかける、強化の魔術だろう。力感も速度も大幅に底上げされた魔獣が、笑うように牙を剥く。

「フェルミ、行けるな」

 兜の顎を引いて、フェルミは炎の衣をまとって歩を進める。

 カタールは獅子の巨体を震わせて、一気に踊りかかった。挙動も重々しく俊敏な、押し潰すための飛び掛かり。

 受け止めることも、受け流すことも出来ない、まさに圧倒を体現するような一撃だ。

 俺はカードを構え、しかし手を止めた。

 ここで防御の魔術を使うことは簡単だ。

 だが、魔力で形成する防壁は限界があり、かつ効果が短い。二撃目に同じ状況が繰り返されるだろう。ショートレギュレーションに、時間稼ぎの価値はない。

 鎧騎士の腕が引き締められる。剣を盾に、受ける構えのように見える。

「馬鹿め、そのまま潰されろ!」

 勝利を確信したノルンの表情が、喜悦を刻む。獅子の巨体が鎧騎士に襲い掛かった。

 瞬間に、フェルミは剣を捨てた。

 炎を尾に引いて、鎧騎士は獅子の腕をかいくぐる。その足運びは軽く弾み、まるで踊るようだ。

 剣ごと潰す気だった獅子の爪は、主のいない剣を吹き飛ばした。くるくると回りながら飛んでいく剣は燃え上がり、空間に呑まれるように消え去る。

 獅子は行き場のない力を溜め込んだまま、地面に落ちていく。巨体が着地する衝撃を、たくましい四肢が受け止める。

 鎧騎士は拳を握って、そのがら空きになった胴を狙っていた。

「そこか!」

 カードに魔力を注ぎ、あっけなく割れたカードの魔力を導く。

 線を描き、特徴を取り出し、特性を与え、現象を浮かび上がらせる。それらは歯車のかみ合うように、相互に働きかけ、干渉しあい、精巧な機械のように影響力を強めていく。

 魔術は、鎧騎士の右拳に渦を巻き、破壊力の刃を発現させた。

 フェルミは俺の与えた魔術を確認もせずに、引き絞った弦を放つように、拳を叩き込む。魔術強化された一撃は、杭打ちのように獅子の巨体に突き刺さった。ずん、と空気を打つ衝撃音も重々しい。

 一撃限りの強化は、カード四枚分の魔力を注いで与えられた獅子の強化を食い破って、決着に足るだけの衝撃を与えた。

 どう、と地響きさえ立てて、獅子は倒れ伏す。

 鎧騎士は紅の鎧を煌かせて、炎を収めた。

「ば、馬鹿、な……っ」

 ノルンは目を剥いて、震える両手を自分の顔に当て、よろめいて後退った。その革靴が結界の縁を踏み、役目を終えた結界はそれだけであっけなく崩れ去る。

 勝負はついた。

 集中が切れて、校庭の向こうに立つ学園の喧騒が耳につく。もう日が暮れて、空が夕焼けに染まっていた。無数に散らばる浮遊島が真っ黒に潰れて、影を落としている。

 高いネットを隔てて併設される運動場では、運動服の男子が球技の部活に勤しんでいる。

 校庭の向こうを歩いている生徒は、皆一様にノルンや俺と同じローブをまとっていた。

 ロマニエール総合教導学園。

 それがこの場所の名前だ。

 俺は笑って、手元の残る青いカードをノルンに示した。

「一枚、余ったな」

「ぐぬううううっ! こんなの、何かの間違いだ!」

「間違いじゃない、当然だ。術士のほうが柔軟な対応が出来るのに、そのカードを敵より先に使い切ったら、意味がないだろ。自分から優位性をドブに捨てるようなもんだ」

「嘘だ! あの一撃が当たっていれば、確実に私が勝っていた!」

 ノルンは血が上った顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らす。

 戦闘が終わり、結界の消失に伴って青いカードが指先から抜けて空中に溶けていく。

 肩をすくめて指を離した。しゅわりとカードは溶け崩れて消える。

「確かに、あの攻撃を受けてたら一溜まりもなかった。だけどな、フェルミが機転を利かせて凌いだあとの一撃……あんなもの、カード一枚でも残してれば簡単に防げて、こっちはそれで手詰まりだったぞ? 剣を捨てちまったんだから」

 開戦前に魔力を注いで生成している剣だから、捨ててしまえばカードを使わない限り取り戻せない。そんな状況で、一撃と耐えられない攻撃を続けられたら、勝ち目はなかった。

「完全に、ノルン、お前の戦術ミスだ」

 ノルンはギリギリと歯軋りして、地団太を踏む。

「くそう! ワンオンワンでさえなければ、この私が負けるはずないのに! セイジ、卑怯だぞ!」

「仕方ないだろ、俺にはフェルミしかいないんだから。だいたいお前が、それでもいい、って言うから勝負受けてるのに」

 変にサラサラ揺れる長い金髪に苦笑する。

 精霊戦は開始前にレギュレーションの同意をして、そのうえで始めている。いまさら文句を言われる筋合いはない。

 とはいえ確かに、俺の得意な土俵で戦わせて貰ってばかりというのは、引け目がある。はっきり言って、カタールはフェルミと相性が悪い。

 誰かに対し俺から勝負を持ちかけることは、学園生活を重ねるに連れて少なくなってきていた。ノルンはしつこく俺に勝負を持ち込む、貴重な一人だ。

「まあ、ワンオンワンに関しては、俺の二百と三十の連勝だな」

「次は勝つ。覚悟しておくんだな!」

 ノルンは色づく石英のような手のひら大の石塊を、寝そべる獅子に突きつける。ぼん、とほどけるように紫色の煙に変じた獅子は、ノルンの魔導石に吸い込まれていく。

 そんなノルンに歩み寄る。俺はできるだけあくどい笑みを、にやぁり、と浮かべた。

 犬にお手をさせるときのように、手を差し向ける。

「俺が勝ったんだから、約束通りなにか寄越せよ」

「ぐ、貴様」

 ノルンの表情が屈辱に歪む。

 重ねるが、開戦前にレギュレーションの同意をしている。最初に賭けを持ち込んだのはノルンだ。精霊戦最強の座を賭けてとかなんとか。二年か三年前だったか。考えてみれば、そんなに続けていると言うのもすごい話だ。

 もちろん寄越せといっても、せいぜい明日学食の一番安い昼食をおごれ、という程度でしかない。試験前には授業ノートになる。ノルンはこんな(なり)して、意外に学業優秀だ。しかし、毎度の要求に応じるノルンも、ほぼ毎日挑んでは負けているので、たまに意趣返しのようにゴミを寄越してきたりする。

 今回は、その珍しいほうだった。


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