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徒花の恋  作者: ミナ
8/18

08

めんどくさい相手に捕まってしまった。

腕を組んでべったりとひっついている女―佐那(さな)に内心悪態をつきながら、智紀は引っ張られるように早足で会場の外に向かって歩く。

「ちょっと、そんな仏頂面しないでよ」

「付き合ってやってるだけありがたいと思え」

久々に会った旧知の男との長話を終えて、ようやく木綿子のもとへ行けると思っていたのに、これでは大誤算だ。

腕と一緒に胸まで押しつけられているこの状態を、智紀は全く歓迎していない。

「超久しぶりに会ったっていうのに、もう少しくらい歓んでよね」

「こんな再会じゃなければな。だいたい、いつ帰ってきたんだお前」

「一昨日よ。ほんとは、なんだっけ、木綿子ちゃん? 智紀のお嫁さんも見てみたかったのに」

「会場にいるんだが」

「わかってるわよ。こんなはずじゃなかったの!」

苛々と言葉を出す佐那を見て、こんなはずじゃなかったのは自分も同じだ、と智紀も苛々と溜息を吐きだす。


佐那は、智紀の従妹である。

ずっと外国暮らしをしていてほとんど会うことも無いうえに、佐那は仕事の都合で智紀の結婚式にも来ていない。

今回のパーティで木綿子に会うつもりでいたらしいが、予想外且つ避けたい人物に出くわしたらしく、逃げているのだ。

それも、たまたま近くで捕ってしまった智紀が恋人のふりをしながら、という厄介なオプション付きだ。

相手が醍醐とは何の関わりも無い外国人だから通じる手だが、パーティ出席者のほとんどは日本人で、智紀と木綿子が連れだって来ていることを知っている。

なんとなく、怪訝な視線が向けられているような気がして、智紀の苛々は増すばかりだった。

「Sana! Wait for me, please!(佐那、待って!)」

もうすぐホテルを出る、というところで、猛然と歩かされていた智紀の後ろから、叫ぶように呼ぶ声が聞こえた。

件の人物が追ってきたらしい。

「呼ばれてるぞ」

「知らない」

「諦めれば」

「うるさい」

そんなやり取りをしている間にも、佐那を呼ぶ男はその長い脚をフルに活用して、走り寄ってくる。

前に立ちはだかった男は、智紀よりも数センチ目線が高い。

目聡く智紀の左薬指のリングを見つけた男は、その秀麗な眉を顰めた。

「…佐那、悪いが諦めろ」

さりげなく佐那の腕を外し、男に向かってホールドアップして見せる。

佐那が目を吊り上げて、裏切り者、と呟いたが、智紀は聞こえないふりをして、会場に戻るために背を向けた。

腕時計を確認すると、木綿子と別行動になってから40分は経っている。

佐那のせいでとんでもないタイムロスをしてしまった。

いい加減、木綿子も心配になっているに違いない、と智紀は会場へ歩を速めた。


急がせていた足を止めたのは、木綿子の隣に座る男のせいだった。

いや、男を見たときは咄嗟に、絡まれているのかと思ってむしろ足を速めようとしたのだ。

そうしなかったのは、そうできなかったのは、木綿子の表情のせいだ。

安心しきったように男を見上げ、柔らかな笑みを浮かべている。

見たことのないその表情に呆然としつつ、よくよく男を見てみれば、見たことのある顔だった。

あれは、千家の流れを汲む流派の家元の長男であり、要するに次期家元だ。

瑞枝はもちろん、智紀もひと通りの作法を覚えるために、昔習いに行ったこともあるから、その時に多少面識がある。

淡粋との繋がりは十分に考えられるから、木綿子と知り合いなのだろうというのも頷けた。

だがそれでも、自分に対してはそんな顔しないじゃないか、とどこか卑屈な怒りが智紀の中に点る。

同時に、当初決めていたはずの自分の決意を改めて思い出し、何とかその怒りを消そうと躍起になる。

ここ最近でかなり増えた木綿子との接触によって、その決意は既に大きく揺らいでいる。

木綿子が結婚したい男が他にできたら手放してやろう、などと、このままでは思えなくなってしまいそうなのだ。

実際、今こうして他の男と話す木綿子を見ているだけで、足が縫い付けられたように動かなくなってしまうほどだ。

抱える矛盾が日々大きくなってきているということを痛感し、智紀は息苦しげに小さく呻いた。


男と話す木綿子を遠目に見ながら、智紀は昨日の木綿子の様子を思い出す。

珍しく、一緒に時間を過ごしたがった。

あれだけ広いソファであるにも拘らず、すぐ隣に腰を下ろした木綿子が、智紀には不思議だった。

思わず一瞬だけまじまじと見つめてしまったが、相変わらず木綿子の格好は目の毒で、すぐに目を逸らす羽目になったのだが。

智紀が見ていた映画は、木綿子にはあまり縁の無かったものらしく、しかも途中からだったせいか、木綿子には合わなかったようだった。

木綿子の視線がほとんど、映画ではなく自分に向けられていたのに、智紀も気づいていた。

多少の居心地の悪さを感じつつも、問いかけることなどできず、理由はよくわからないままだ。

それにしても、旅行の話には参ってしまった。

ろくな結婚生活も送れないふたりが、旅行などに行ってどうなるのか。

瑞枝の計画なら、ふたりが別室になることなどあり得ないのだから、さらに不安である。

恐らく結婚一周年を強調して誘ったのだろう瑞枝の顔を思い浮かべ、内心苦りきった智紀だったが、行きたそうな木綿子についうっかり負けてしまった。

瑞枝は烈火のごとく怒るだろうが、本当は忙しさを理由に断ってもよかった。

というより、智紀としてはできれば断ってしまいたかった。

けれど木綿子が家族旅行だと嬉しそうにしているのを見たら、とても断ることなどできなかったのだ。

無理に結婚して離れることになった家族を思っているのかもしれない、と思うと胸が痛んだのだ。

光昭と瑞枝も同行するのだから、道中は特に問題も無いだろうと思ったのも、要因だった。

宿でのことは、そのときになってみないと何とも言えないが、4人同室ではあり得ないはずだから何とでも誤魔化せる。

全く意気地のないことだ、と自嘲した智紀の視線の先では、男と木綿子が携帯を手に談笑している。

その仕草から、携帯の番号等を交換しているのだろうということがわかった。

止めろと言って良いのか悪いのか、それさえもよくわからず智紀が動けない間に、交換は無事に終わったようだ。

男が笑顔で挨拶をしてから去っていくのを見てから、智紀はようやく次の一歩を踏み出すことができたのだった。


今、自分はそうとうに機嫌が悪いのだな、と智紀が認めたのは、見上げてくる木綿子に苛立ちを覚えたからだ。

その表情は、どこか必要以上に固く、冷めたような色をしている。

少なくともここで休憩させる前までの木綿子は、こんな表情をしていなかった。

いつものように緊張はしていたが、今のように何かを拒絶するような雰囲気は無かった。

あの男と会って話したことで、ここまで変化をしたのだろうか、と思い始めると気分の降下がさらに加速していく。

先ほど感じた卑屈な怒りは、少しも消えてなどいない。

心の中がどんよりと淀んだものでいっぱいになった気がして、智紀はこれ以上この場にいることができなかった。

「…帰ろう」

木綿子に聞こえたか聞こえないかわからないくらいの声で言って、智紀は外へ向かって歩き出す。

少しして、小走りをしているような靴音が耳に入り込み、智紀はようやく自分が木綿子の歩幅を考慮せずに歩いていたことに気づいた。

感情に振り回されて配慮ができないようでは、まるで子どもだ。

苦い思いを抱え、智紀は改めて歩幅を縮めた。


智紀が今日いつも通り家に帰ったのは、半ば意地のようなものだった。

玄関のドアを開けた瞬間、木綿子が息を詰めたのだ。

木綿子は、まるで全身がアンテナになっているかのように、智紀が家に入るかどうかを窺っていた。

最近は智紀が帰ることに慣れ、帰るか帰らないかなど気にしていなかったはずなのに、今日に限ってどうしてそこまで緊張したのか。

木綿子の態度の異変に気づいた智紀は、嬉しさなど感じるよりも腹立たしさが先行した。

あの男に、あんな顔をしていたくせに。

それなのに、俺の帰宅をそんなに気に掛ける必要がどこにある。

そんな、自分でも馬鹿かと思うほどの幼稚な思いが心を占めていくのが嫌で、それも腹立たしい。

けれどここで腹立ち紛れに出かけて行くのはもっと幼稚な気がして、できなかったのだ。

尤も、以前木綿子を試した時の木綿子の様子を覚えている限り、どうせそんなことはできない智紀ではある。

自分の感情も行動も思い通りコントロールできずに苛立ち、智紀は靴を脱ぎながら乱暴にネクタイを解くと、そそくさと自室へ引きこもった。

木綿子が今どんな表情をしているのかなど、見る余裕も無かった。


ゴージャス美人は、従妹でした^^;

追いかけていたフォーリナーは、佐那の恋人候補?です。

智紀はただ佐那に付き合わされただけで、しかも木綿子に見られたと思ってないですが、木綿子は見事に誤解してます。

そして今回、木綿子が男と仲良くお話している姿を見て智紀もカウンターを食らいました(笑)。

こうして誤解とすれ違いが重なっていくのであります…。


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