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徒花の恋  作者: ミナ
6/18

06

なんと。

小説のタイトル間違えてました…(T-T)

ご指摘いただき(感謝!)、直しました。正しくは「徒花の恋」です。

恥ずかしすぎる…



日時は追って連絡すると言ったくせに、瑞枝からパーティの連絡が入ったのは当日だった。

それもほとんど直前の時刻になってから、木綿子は既に迎えを遣って連れ出した後だという事実と併せての連絡だ。

悠長にも日時の連絡が来たら木綿子に言えばいいと思っていた智紀としては、大誤算のうえ最悪のパターンだと顔を引き攣らせる。

百歩譲って智紀はまあいいとして、木綿子には事前に何の連絡もできなかったのだから、恐らく今頃パニックに陥っているだろうと思うと哀れだ。

会場にそのままひとりで入ることになどなれば、どうなってしまうかは容易に想像がつく。

木綿子が現地に着く前に自分が現地へ行き、迎えてやらねばならない。

今日やるべき仕事はまだかなり残っていたが、智紀は早々に切り上げてホテルへ向かった。


ロビーでソファに座り、外の様子を窺いながら待っていると、伴が運転する車が止まるのが見えた。

智紀はすぐに立ち上がり、車を見ながら歩き出したが、中にいるはずの木綿子は一向に出てくる気配が無い。

心配そうに伴が中を覗きこんでいる姿に、智紀の予想通り木綿子がかなり緊張していることが窺えた。

後ろに数台の車が待機し始め、伴も焦り出したのか木綿子のほうに手を出そうとしているのが見え、智紀は足を速める。

触るな。

思わず口を衝いて出そうになったその言葉に、馬鹿馬鹿しいと溜息がこぼれる。

その念が強すぎたのか、それとも単に靴音に気づいたのか、伴は智紀の姿を見つけドアの前から飛び退いた。

強張った体で座席に縫い付けられているかのような木綿子を、智紀は体ごと抱き上げるようにして外へ出させる。

伴と言葉を交わす間、木綿子が身動ぎ一つしないのをいいことに、智紀はしばらくの間木綿子を腕の中に留め続けた。

普段どれだけ関わりを持たないよう意識していても、こうして近くにいることになってしまえば、触れたくなるのは当然のことだ。

本当はいつだって、触れたい、優しくしたい、傍にいたい。

とうに消したはずのそんな欲求が、木綿子の存在を感じたその一瞬で甦ってしまうのだ。

だが今日は木綿子に触れて良い真っ当な理由があるし、智紀も衆人環視の中であれば簡単に欲情するようなヘマはしない。

智紀はエスコートという正当な理由を笠に、普段できないその反動のように木綿子に接した。

木綿子が、智紀しか頼れないとばかりに身を寄せてくる、その様を見つめる智紀の心には、暗い歓びが拡がっていく。

たとえ木綿子の側には心が無くとも、今だけは、木綿子には自分しかいないのだ、という矮小で仄暗い想い。

結局、瑞枝の思惑に乗せられて、今後もパーティを断ることはできないだろうと思うと、智紀は苦いものを感じた。


今日、いつもと違ったのは智紀だけではなかった。

玄関に入った木綿子の目が、どうしてか揺らめいて見える。

「智紀さんは…?」

最初、何を聞かれているのか咄嗟にわからなかった。

木綿子がこのように問いかけてくるのは珍しいことだ。

普段であれば、智紀が玄関に入らなかった時点で察して、何も言わずに自分だけ家に入っていくのが木綿子なのだ。

首を傾げたところで、もしかして一緒に入ろうと言われたのではないだろうか、という気がした。

しかし、これは多分単に自分の願望がそう聞こえさせただけだ、とすぐに結論付ける。

「…仕事、放り出してきたから。今日は多分泊りになる」

「そう、ですよね」

木綿子の答えは、普段とあまり変わらず淡々としているように聞こえる。

けれどやはり、表情がいつもと違って見えるような気がしてしかたがない。

何より、纏わりつく雰囲気が落胆を物語っているように思える。

「…行ってらっしゃいませ」

揺らめいたままの目が智紀を見つめたまま、送り出すための言葉がぽつりと呟かれた。

小さな声だった。

初めて聞くその言葉に、なぜか、智紀は胸が締め付けられるような痛みを感じた。

「…行ってくる」

木綿子の視線から無理矢理逃れるようにドアを閉めると、心に何かが何重にも積まれているように重苦しい気分になる。

自分が、ひどい人間のように思えた。


「実際ひどいんじゃないか」

会社に戻った智紀を当然のように待ち受けていた西條に、智紀は重苦しい胸の内を話したが、その返答がこれだった。

さらりと追い打ちをかける西條を、智紀は恨めしげに見るが、当の本人は肩を竦めるだけでその視線にこれっぽちも頓着しない。

そのうえここぞとばかりに集中砲火を浴びせかけ始めた。

「お前、自分の行動をよく考えてみろよ。だいたい結婚してからの方が家に帰ってない、っておかしいと思わないのか。

 前は俺らにやらせてたような仕事までやって無理に仕事増やして、俺が無理矢理帰らせなきゃ、いつまでも帰ろうとしないし。

 それだって月一あるかないか…。その間嫁さんはあのマンションでひとりきりでずっと過ごしてるんだろう」

「モモもいる」

「アホか」

我ながら小学生でも言わないアホな返答をしたと思っていたら、即座に突っ込まれた。

心底呆れた、とでも言いたげな西條の視線が居たたまれなくて、智紀は長い溜息を漏らしながら視線を床に向ける。

こうして並べたてられると、確かに智紀の行動は不自然でひどいものだ。

自覚していなかったわけではないが、他人から言われると説得力がありすぎて落ち込んだ。

「嫁さん、結婚前は実家にいたんだろう。いつも家族とか店の人に囲まれて過ごしてたんだろうな。

 それなら、ひとりきりのことが多い今の生活は、かなり寂しいんじゃないか」

西條に言われて、智紀はふと木綿子の家に結婚の挨拶に行った時のことを思い出した。

父の實、母の涼子(すずこ)、弟の(すぐる)、そして淡粋のスタッフ皆が木綿子を見守っているようだった。

温かい人々に囲まれて、幸せそうにしていた木綿子を思い浮かべる。

そして、マンションでひとりきりでモモと過ごす木綿子を想像してみる。

それは今更ながら、ひどく寒々しい光景だった。

寂しいのだろうか、寂しいだろう。

智紀が与えるまで携帯電話さえ持っていなかった木綿子だ、交友関係は狭いに違いない。

純粋に親のために結婚したなどと親には絶対に言えないだろうし、嘘が苦手だから、実家ともそんなに連絡を取っているとは思えない。

今日の様子がおかしかったのも、慣れないパーティで心細い思いになったままで、まだ不安な心持ちだったのだろう。

「お前の気持ちもわからないでもないが。…どんな理由でも、結婚した以上は夫婦だろ」

「…そうだな」

パーティの最中に感じた自己中心的な仄暗い独占欲を思い出して、智紀はさらに落ち込む。

木綿子を独りにさせている罪悪感と、独りにさせざるを得ない自分の感情とで、智紀の胸中はひどく荒れた。

「まあ、結婚したことのない俺が言っても説得力無いが」

智紀の心中を察したのか、西條はおどけたように付け足した。

そして智紀も、そんな西條の気遣いにありがたく便乗させてもらう。

「ほんとにな。しかもお前俺に付き合って仕事ばっかりしやがって、お前こそ彼女が寂しがってるんじゃないのか」

「べつに。今のところ犬猫しかいないし」

「寂しいなぁ、おい」

「…お前に言われたくない」

至極尤もな返事だ。

これ以上藪蛇になりたくない、と溜息をつきつつ仕事に取り掛かり始めた智紀を確認すると、西條は部屋を出て行く。

智紀の耳には痛い正論でなんだかんだと責めつつも、心配してくれているらしい西條に、智紀は苦笑しつつ感謝した。


その後も瑞枝はこちらの都合にお構いなくパーティの予定を入れてきた。

事前に連絡をくれるようになったのはいいが、ひどい時は平日にも予定が入りさすがの智紀も辟易した。

だがそれでも一応木綿子を気遣っているらしく、立食形式のパーティばかりであるのが救いだ。

木綿子も相変わらず緊張に悩まされているが、数をこなすうちにほんの少しだが以前よりは慣れてきているようである。

そしてパーティの日は、今や智紀の実験の日となりつつある。

初日の木綿子の雰囲気が忘れられず、次回以降、智紀は木綿子との接触を少しずつ増やしてみようと思い立った。

手始めに、パーティの後一緒に帰ることにしてみたが、最初に一緒に玄関に入った時の木綿子の顔は、ちょっと忘れられそうにない。

“鳩が豆鉄砲を食ったよう”とはこういうことなのだな、というほどに驚いた表情で智紀を見上げていた。

裏を返せば、それほど智紀が家に帰ることが珍しいと思われているということで、智紀としては複雑でもあったが自業自得だ、致し方ない。

二度、三度と続くと、やがて木綿子は驚かなくなった。

だが、果たして木綿子がそのことを歓迎しているのか、ということについては自信が全く無い。


それも実験してみようと思いついた日、智紀はドアのところで立ち止まってみた。

靴を脱いだ木綿子は、入って来ない智紀を不思議そうに見上げた一瞬後、はっとしたように表情を硬くした。

驚いて内心少しばかり慌てた智紀が、そのまま玄関へ入って靴を脱ぎ出すと、木綿子の表情は、明らかにほっとしたように緩む。

その表情の変化が痛ましくて、智紀は木綿子を試そうとしたことを後悔した。

西條と話していたように、木綿子はこれまでよほど寂しい思いをしていたのだ、と思い知らされた。

愛していない結婚相手に、いつもひとりきりの生活では、不幸なことこの上ない。

木綿子に優しくすればするだけ苦しくなるだろうことはわかっているが、木綿子がこれ以上不幸になるのも本意ではない。

それ以来、パーティの日はいつも木綿子と一緒に帰るようにした。

つまり、パーティの数だけきちんと家に帰るようになったのだから、結局瑞枝の思惑にしっかりと乗せられたのである。

だが本当の問題は、一緒に帰った後部屋の中でどう過ごすかなのだ、と智紀は頭を抱えた。


大切だと思うから、独占欲を押しつけそうで近づけない。

それでも寂しそうな木綿子のために優しくすれば、今度は自分が苦しい。

そんな矛盾に葛藤する智紀でした。


が、如何せん方向性が間違ってるんですよね~^^;

愛してなかったら、帰ってきてくれてほっとするわけないということに早く気付こうよ…。

みたいな感じですが、まだもうしばらくは平行線です。

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