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◆りとるとらべる1

ラーラ・トリフォリウム。

それは二つの大陸と広大な海から成る世界。

かつて、まだ名も無かったその世界には、海と空、そして神々が住まう天空の城以外何もなかった。

だがある時、創世神が愛娘に幸福の証を授けた際、誤ってかの女神は海にそれを落としてしまったのだ。

みるみる内に証は海に根を張り、大陸を作り上げ、生命が生まれた。

創世神は愛しい娘にその世界を見守るようにと告げると、新たな世界を創る為に旅立った。

白銀の髪と漆黒の瞳を持つ女神――ディア――は、自身の宝物から生まれた命達を、今日も至高の空より見守っているという。

ラーラ・トリフォリウムでは、大陸は北大陸と南大陸に分かれている。

例えるなら、四つの雫形の葉を海に十字型に並べ、二つずつを繋げた形である。

東西南北に一枚ずつの葉が並ぶとしたら、北と西、南と東がそれぞれ陸続きになっている。四つの葉はそれぞれが一つの国となっていて、北のスペース、西のフォルトゥーナ、南のカリタス、東のファイドがある。

北大陸と南大陸は海で隔てられている為に、それぞれ特色が違っていた。

これは、その北大陸の西、フォルトゥーナでの物語。



昨今は物騒になった――そんな台詞はあちらこちらで聴いたことがある。

けれど、ニュースで見かける痛ましい事件も、怖いとか被害者が気の毒だとか思いはしても、所詮他人事だった。

画面を通した事件は、自分の日常からは遠く。

誰もが思う『まさか、自分が』というそのまさかが現実になるなんて、思いもしなかったのだ。

――その瞬間のことは、ひどく断片的にしか思い出せない。

強く記憶に残っているのは、腹部を襲った激痛と、襲撃者の赤く血走り、酷く濁った瞳だけ。あれが狂気に囚われた人間の目と言うのだろう。

いつの間にか意識を喪った私が次にふっと気が付いた時、何故か、うまく身体を動かせなかった。

助かったのだろうか、けれど、重体だったのか――そんなまとまらない思考の中、視界に飛び込んできたのは、ぷくぷくとした、紅葉のように小さな手のひら。

それは、友人の家で見た赤ちゃんのそれとよく似たものだった。

まじまじと見つめていたら、身体が宙に浮くような感覚がして、目の前に、見知らぬ若い女性の微笑みがあった。

日本語で語りかけられる言葉は、幼いわが子に母が向けるもの、そのもので。

様々な状況から見ても、平平凡凡という言葉がよく似合っていた、ごく普通の社会人、鈴木すずき佐波さわはあの時死に、新たに生まれ変わったのだとしか思えなかった。

流石に驚いて硬直し、理解が追い付いた頃になって異常な程泣き喚いたので、その様子に、新しい両親へ随分心配を掛けてしまったが、その内状況に折り合いをつけることができた。

食事や排泄といった身辺自立、自我の確立が出来ていた生前の状態では、赤ん坊につきものの授乳だとかオムツ交換だとか、精神的に恐ろしく負荷のかかりそうな出来事に耐えられないと本能が判断したのか、そういった世話をされている間の記憶はほぼ無い。初めの頃、自分という意識が目覚めるのは酷く短時間だった。

新しい人生での名前は、五十鈴いすず美琴みことというらしい。

名前を呼ばれて慣れるのに時間がかかったことは、仕方ないだろう。

――そして、月日は流れ。

柔らかな匂いのする料理上手なお母さん、親馬鹿を地で行く仕事熱心で精悍なお父さん。

四歳にしては落ち着いていて賢いわね、何て美琴が褒められれば、両親は得意げにしていた。

温もりある、どこにでもあるような中流家庭で伸び伸びと育っていたそんなある日、突然にして美琴は天涯孤独となった。

三人で遠出をした帰り道のことだった。駐車場まで歩いて向かっていた時、猛スピードで自動車が突っ込んできたのだ。

車道から一番離れた位置にいた美琴は、咄嗟に覆いかぶさった父と母によって、重傷を負うことも無く助かった。父は即死。母は重体となり、再び目を開けることなく、一週間後に息を引き取った。

いくら前世の記憶があるとはいえ、今世の両親も大切な家族だった。死んだという実感がわかないまま生まれ変わり、戸惑ったことは確かで、前世の親族を忘れたわけではなかったけれど、二度目の生を優しく迎えてくれた二人のことは、本当に大好きだったのだ。


「……おかあさん、おとうさん…」


両親は共に近しい親族がいなかった。

よって、自動的に美琴は児童養護施設に入所することになった。

大人が荷物の整理を手伝ってくれたが、美琴は自室の片づけだけは自分ですると言い張り、事実見事に一人でやってのけた。元社会人だ。それ位のことはできる。

――と言っても、両親にもらった大切な贈り物を厳選して段ボール箱に詰め、洋服を畳んで鞄に入れただけだが。

力がないので運ぶのは大人達にしてもらおう、そう思いながら、床にぺたりと座りこんで、両親の遺影をじっと見つめた。

荷物の一つ一つを片付けていると、自然と思い出が溢れて、涙が零れてきた。

肉親の死というものを経験したことがなかったから、こんなにも悲しいものだなんて知らなかった。

自分も、前の両親にはこんな思いをさせたのだろう。心の中にぽっかりと空洞がある。

中身が元成人なだけあって、美琴はあまり泣かないことでも驚かれていたものだ。けれど、この時ばかりはぼろぼろと涙を流した。

それは、泣き叫ぶものとは違い、押し殺したような泣き声であり、とても子どもの泣き方とは思えないものだった。

写真の中の父母は、とてもとても、優しい眼差しでこちらを見ていたから――だから、余計に切なくて、彼女はその写真を鞄に入れながら、唇を引き結び、額縁の表面にぼたぼたと大粒の涙を零した。

タオルで目元を拭いつつ、遺影の入った鞄を抱き込んでいると、いつの間にか疲れて寝入ってしまった。


――ふと、誰かにふわりと頭を一撫でされた気がした。


顔を上げた瞬間、目が眩む程の光を感じ、無意識に目を閉じた。

眼裏を刺す光が止んだように思って、そうっと目蓋を持ち上げた彼女の目に映ったのは、ぽかんと口を開けて固まってしまうような光景であった。

そこは、全く見も知らぬ場所。

もこもこした白い兎のルームシューズ、桃色のワンピース――以前、嬉々とした両親に買い与えられたそれらを身に纏ったまま、美琴は自室ではない広い広い部屋の床に座っていたのだ。

腕には、抱えていた大きな鞄を持ったまま。

煌びやかな装飾、宙に浮かぶ仄かな光。

ぴたりと、空気が止まっていた。

流れていた優雅な音楽は止まり、唖然とこちらを見る人々の顔、顔、顔。

今まで、こんなに大勢の人間に注目されたことはない。しかも、明らかにそこにいる人々は皆、日本人のようなアジア的な容姿ではなく、西洋人のように彫りが深く、それ以上に平均して美しい容貌の人々ばかりだった。肌の色はあまり白すぎないが、肌理細やかなことは確からしい。

ぱちぱちと目を瞬かせていると、髪や瞳に鮮やかな色彩を持つ人々の中でも、一際目映い光を弾く金髪に深い空の色をした瞳を持った人物が歩み出て来た。

人々が自ら道を譲る光景は、そこに赤い絨毯でも敷かれているのかと思う程に凄まじい。

きつく巻かれた長い黄金の髪は、天使の輪が見える程艶やか。密集した睫毛の下の碧眼は力強い。圧倒的な存在感と魅力に溢れている。

艶冶、という難しい言葉がぴったりだと思った人物は、初めてだった。

真剣な眼差しがこちらを見たかと思うと――相手はふわりと相好を崩し、柔らかく微笑む。

そして、あれよあれよという間に、何だか丁重に扱われ、非常に贅沢な生活が始まった。


それが俗にいう異世界トリップというやつで、歩み出てきた女王に保護された美琴は、『神の愛し子』とかいう異称を頂いていたのだけれど。

それらを知るのは、その世界の言語や常識を身につける、一年と少し後のこと。




転生のちトリップをした少女の話その一。

次は別の話です。

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