はじまりの福音
至高の女神――ディア――。
遥か昔にこの大地より旅立たれた創世神の愛娘。
気まぐれで慈愛深きかの女神は、時に理に弾かれし魂を引き寄せる。
彼女が好むは白と黒。そして変わった音色を放つ魂。
ほら、女神がまた、一つの魂を手に取った。
――これより紡がれるは、数奇な生を送る、二つの魂の物語。
ある所に、一人の女性がいた。
彼女は特筆すべきところのない、極々平凡な成人女性だった。
時代の流れ故にありがちと言えばそれまでだが、二十代も半ばを過ぎて、未だに恋人の一人もいたことがなく、それを彼女が気にもしていなかった所が、少々珍しいところだっただろうか。
中堅所の企業に勤める会社員だった彼女はその日、残業という名の悪魔に痛めつけられた足を引きずりながら、家路へと急いでいた。
近頃は物騒と言えども、自宅近隣で事件が起きたと聞いたことはない。何しろ通いなれた道だし、街灯も煌々としていた。
終電の数本前に乗れたことを有り難く思いながら、彼女は大きな通りを歩いていた。
ふいに、目の前に現れた人影が、勢いよくこちらへやってくるのを見て、ぶつかるまいと横に退いた途端――腹部に激しい激痛を覚えたまま、意識を喪った。
後に連続通り魔と呼ばれることになる、無差別な殺人者の犠牲となり、彼女は天に召されたのだった。
――やがて、彼女は再び、心優しき夫婦の元に生を受けた。前世と同じく、地球と呼ばれる惑星の小さな島国、日本で。しかし――。
また、ある所に、一人の少女がいた。
否、もう女性と呼ぶべきだろう。生来の童顔によって、常に十代中頃と見間違われていたが、彼女はれっきとした大学生だった。博士課程へ進もうかという年頃である。
童顔以外は特筆することもなく、特に目立ったこともない彼女は、その日、アルバイトの帰りに、近道をして帰ろうと、細い路地を通って行った。
大通りから一本外れただけ、それもごく短い道だ。よく通る道だからと、自分に何かあるはずがないと楽観視した為のその行動は、彼女の運命を大きく分けた。
その路地は、住宅街の間の道だった。塀の向こうから現れた人影は、マスクや帽子で顔が隠れていてよくわからない。
ぎょっとした彼女が身の危険を感じ、逃げ出すよりも先に――激情に彩られた血走った目と視線がかち合った。
どん、という衝撃しか彼女は覚えていない。何しろ、その瞬間に彼女の人生は強制的に終わってしまったのだから。
彼女は知る由もなかったが、相手は単なる空き巣だった。逃走する所を目撃されたショックで思わず持っていたナイフを彼女に突き立てたのだ。素人だったにも関わらず、そのナイフは偶然にも寸分違わず、彼女の心臓へと突き刺さり、痛みも感じぬままに彼女は即死した。
そして、気がつけば――。
(……あれ?)
時と場所は違えども、彼女達は少々似通った状況で、同じように呆然と心の中で呟いた。
他者の手によって一度生を絶ち切られた彼女らは、奇しくも女神の目に留まってしまったのである。
(………何だこれ)
そうして、物語の幕は上がった。
『りとるとらべる』と『けものとりっぷ!?』の長編となります。連作のような話で、交互に更新すると思われます。のんびりまったり不定期更新のため、ご容赦ください。