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創世遊戯II

作者: 矢子沼蜻蛉
掲載日:2026/04/08

 ザモンド。


 旧神ノーデンスによって時空を切り分けられ、

「始原界」と「人界」という二つの位相に分かたれた惑星である。


 太古、この偉大なる旧神に救われた人類は、人界に根を下ろし、繁栄を重ねてきた。


 整えられた環境は、大気も水も重力も、地球とほとんど変わらぬ生存条件を生物に与えている。

 だが、その内実は大きく異なっていた。


 ザモンドの人類は、総じて華奢な体躯を有し、耳は上方へと長く伸びる。

 肌の色は黒、白、薄橙、焦茶とさまざまで、瞳もまた金、銀、青、緑、黒と多彩を極めた。

 髪の色も赤、青、黄に至るまで幅広く、外見は一様ではない。


 そして何より、彼らは魔法を扱った。


 異変は人間だけにとどまらない。

 大地を踏みしめて歩く巨木。

 翼と四肢を備えた巨大な蛇。

 地球にはあり得ぬ生命が、この星には無数に存在していた。


 原因は明白である。


 もともとザモンドには、膨大な魔力が満ちていた。

 それは地球ではほとんど見られぬ、異質な力である。

 ノーデンスはそれが人類や動植物に及ぼす影響を危ぶみ、その大半を並行世界たる始原界へと押し込めた。


 だが、封印は完全ではなかった。


 始原界に閉じ込めたはずの魔力は、わずかな綻びから人界へと滲み出し続けた。

 そして、その滲出は世界を変えていく。


 人は魔法を手にし、

 動物は魔獣へと変じた。


 本来なら災厄となるはずの現象は、結果として文明に新たな力を与えた。

 ノーデンスにとっても、それは意図せぬ怪我の功名であった。


 そうして長い時が流れる。


 ノーデンスの興味がこの星から離れ、久しく放置された頃――

 別の神格が、ザモンドへと干渉した。


 旧支配者ナイアルラトホテップである。


 ドリームランドにおいてノーデンスと争っていたこの恐るべき存在は、その矛先を鈍らせるべく、ザモンドの人類に目をつけた。


 この時代、ザモンド人にとってノーデンスはすでに伝説であった。

 かつての偉業は語り継がれていても、その存在は御伽噺や迷信の域へと追いやられつつある。

 それでもなお、信仰の火種は消えていなかった。


 ナイアルラトホテップは、それを打ち砕こうとした。


 新たな神を与える。

 それが最も効率よく旧い信仰を腐らせると知っていたからである。


 生み出されたのは、アーメンケ・イオス。


 七色に揺らめく、不定形の存在。

 生命を帯びた魔力の塊であり、神性を名乗りながら、その実、意思を持たぬ魔法生物に過ぎない。

 ただ身体を揺らし、ただそこに鎮座するその有り様は、主たる存在たる白痴の魔王アザトースを思わせた。


 ナイアルラトホテップは、この存在を傲慢不遜な者に憑依させた。


 そして囁く。


「――汝、世界の超越者。すべては汝の思うままに」


 それだけで十分であった。


 理性は崩れ、欲望は肥大し、己を絶対と信じる狂気だけが残る。

 こうして、混世魔王は世に解き放たれた。


「我は神なり。畏れよ。讃えよ」


 混世魔王は多くを要求した。

 だが、何一つ与えはしない。

 ただ奪い、従わせ、支配する。


 やがてその欲は世界そのものへと向けられ、大軍が編成された。


 だが、ナイアルラトホテップの悪意はそれで終わらない。


 さらに彼は、ザモンドの人類そのものを変質させた。

 人々を一斉に両性具有へと変えたのである。


 理由は悪趣味きわまりない。

 混世魔王が両性具有者であったから、それに対する歪んだ演出として、人類全体をそう作り変えたに過ぎない。


 人々は自らの肉体に急激に起きた変化を悍ましく思い、深く嘆いた。

 そして、やり場のない怒りを胸の底へと蓄えていく。


 ――それでよかった。


 ナイアルラトホテップにとって、憎悪と混乱こそが肝要だったのだ。


 もとより、これらはすべて陽動に過ぎない。

 制するべき主戦場はドリームランドであり、この惑星そのものではない。

 ゆえに彼は、速やかにザモンドを去った。


 残されたのは、歪められた世界だった。


 そしてほどなくして、混世魔王の軍勢は進撃を開始する。


 兵たちの戦意は決して高くない。

 だが、戦意の高低など関係なく、世界は乱れ、秩序は崩れ、人々は追い詰められていった。


 その時、ノーデンスが戻ってきた。


「……やってくれたな」


 ナイアルラトホテップの挑発は明白である。

 だが、その意図が陽動にあることもまた明らかだった。

 長くは関われぬ。時間は取れない。


 ならば、手は一つ。


 ノーデンスは極めて簡素な対抗策を選んだ。

 混世魔王の手にかかって死んだ一人の犠牲者の霊魂に、力を与えたのである。


「汝の名は」


「……トール・ドン・ドール」


「ならばドールよ。生者に宿れ。力を貸し、奴を討て」


 ドールはしばし沈黙し、やがて問い返した。


「私には力がありました。

 一人で千人を斃せるほどの力があった。

 それでも、あれには届かなかった。

 次の者も同じではありませんか」


「否!」


 ノーデンスは、それ以上を語らなかった。


 神霊は、単体では無力に近い。

 だが、生者に憑依し、その身と魂に重なることで、強大な力を発揮する。


 かくして、最初の挑戦者が現れた。


「我が名はコワース。神霊ドールの加護を受けし者。貴様を討つ」


 剣が打ち合わされ、魔法が激突し、戦いは始まった。

 だが、決着はあまりに早い。


「弱い。弱すぎるぞ」


 混世魔王は哄笑し、その手ずからコワースを引き裂いた。

 だが、見落としていた。


 その遺骸から、二つの魂が抜け出したことを。


(まだ終わらない)

(次がある)


 神霊は、宿主の魂に強烈な影響を及ぼす。

 それは、加護を与えられた者自身をもまた、同じ性質の神霊へと変えていくのである。


 ノーデンスは、二柱となった神霊に告げた。


「神霊よ。勇士を探せ。重なれ。そして増えよ」


 それだけで十分だった。


 敗北は終わりではない。

 それは次なる挑戦者を生む起点となる。


 神霊は連鎖し、力は増殖する。


 一人が敗れれば、二柱となる。

 二柱が敗れれば、四柱となる。

 四柱が敗れれば、八柱となる。


 そうして、挑む者は倍々に増えていった。


 誰もが強力な戦士であり、卓越した魔法使いである。

 しかも、倒しても倒しても、戦いは次へと継がれていく。


「馬鹿な……。此奴ら、どこから湧いてくるんだ?」


 六十四人にまで膨れ上がった敵勢を前にして、混世魔王はついに困惑を露わにした。

 剣を打ち合い、魔法を撃ち合う。

 その応酬は永劫のごとく続き、ついに決着の時が訪れる。


「混世魔王、打ち取ったー!」


 歓声があがった。


 混世魔王は倒された。


 だが、ノーデンスはすでに去っている。

 この結末を見ることもなく、ドリームランドへと帰還していた。

 主戦場は、やはりそこだったのである。


 その後、人類の変異をめぐる混乱は、世代を経るごとに沈静化していった。

 旧い常識は失われたが、新たな常識が社会に根づいていく。

 大変革ではあった。

 だが、滅びに至るほどの破局ではない。


 だからこそ――


 ノーデンスは、さしたる手間をかけなかったのである。


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