創世遊戯II
ザモンド。
旧神ノーデンスによって時空を切り分けられ、
「始原界」と「人界」という二つの位相に分かたれた惑星である。
太古、この偉大なる旧神に救われた人類は、人界に根を下ろし、繁栄を重ねてきた。
整えられた環境は、大気も水も重力も、地球とほとんど変わらぬ生存条件を生物に与えている。
だが、その内実は大きく異なっていた。
ザモンドの人類は、総じて華奢な体躯を有し、耳は上方へと長く伸びる。
肌の色は黒、白、薄橙、焦茶とさまざまで、瞳もまた金、銀、青、緑、黒と多彩を極めた。
髪の色も赤、青、黄に至るまで幅広く、外見は一様ではない。
そして何より、彼らは魔法を扱った。
異変は人間だけにとどまらない。
大地を踏みしめて歩く巨木。
翼と四肢を備えた巨大な蛇。
地球にはあり得ぬ生命が、この星には無数に存在していた。
原因は明白である。
もともとザモンドには、膨大な魔力が満ちていた。
それは地球ではほとんど見られぬ、異質な力である。
ノーデンスはそれが人類や動植物に及ぼす影響を危ぶみ、その大半を並行世界たる始原界へと押し込めた。
だが、封印は完全ではなかった。
始原界に閉じ込めたはずの魔力は、わずかな綻びから人界へと滲み出し続けた。
そして、その滲出は世界を変えていく。
人は魔法を手にし、
動物は魔獣へと変じた。
本来なら災厄となるはずの現象は、結果として文明に新たな力を与えた。
ノーデンスにとっても、それは意図せぬ怪我の功名であった。
そうして長い時が流れる。
ノーデンスの興味がこの星から離れ、久しく放置された頃――
別の神格が、ザモンドへと干渉した。
旧支配者ナイアルラトホテップである。
ドリームランドにおいてノーデンスと争っていたこの恐るべき存在は、その矛先を鈍らせるべく、ザモンドの人類に目をつけた。
この時代、ザモンド人にとってノーデンスはすでに伝説であった。
かつての偉業は語り継がれていても、その存在は御伽噺や迷信の域へと追いやられつつある。
それでもなお、信仰の火種は消えていなかった。
ナイアルラトホテップは、それを打ち砕こうとした。
新たな神を与える。
それが最も効率よく旧い信仰を腐らせると知っていたからである。
生み出されたのは、アーメンケ・イオス。
七色に揺らめく、不定形の存在。
生命を帯びた魔力の塊であり、神性を名乗りながら、その実、意思を持たぬ魔法生物に過ぎない。
ただ身体を揺らし、ただそこに鎮座するその有り様は、主たる存在たる白痴の魔王アザトースを思わせた。
ナイアルラトホテップは、この存在を傲慢不遜な者に憑依させた。
そして囁く。
「――汝、世界の超越者。すべては汝の思うままに」
それだけで十分であった。
理性は崩れ、欲望は肥大し、己を絶対と信じる狂気だけが残る。
こうして、混世魔王は世に解き放たれた。
「我は神なり。畏れよ。讃えよ」
混世魔王は多くを要求した。
だが、何一つ与えはしない。
ただ奪い、従わせ、支配する。
やがてその欲は世界そのものへと向けられ、大軍が編成された。
だが、ナイアルラトホテップの悪意はそれで終わらない。
さらに彼は、ザモンドの人類そのものを変質させた。
人々を一斉に両性具有へと変えたのである。
理由は悪趣味きわまりない。
混世魔王が両性具有者であったから、それに対する歪んだ演出として、人類全体をそう作り変えたに過ぎない。
人々は自らの肉体に急激に起きた変化を悍ましく思い、深く嘆いた。
そして、やり場のない怒りを胸の底へと蓄えていく。
――それでよかった。
ナイアルラトホテップにとって、憎悪と混乱こそが肝要だったのだ。
もとより、これらはすべて陽動に過ぎない。
制するべき主戦場はドリームランドであり、この惑星そのものではない。
ゆえに彼は、速やかにザモンドを去った。
残されたのは、歪められた世界だった。
そしてほどなくして、混世魔王の軍勢は進撃を開始する。
兵たちの戦意は決して高くない。
だが、戦意の高低など関係なく、世界は乱れ、秩序は崩れ、人々は追い詰められていった。
その時、ノーデンスが戻ってきた。
「……やってくれたな」
ナイアルラトホテップの挑発は明白である。
だが、その意図が陽動にあることもまた明らかだった。
長くは関われぬ。時間は取れない。
ならば、手は一つ。
ノーデンスは極めて簡素な対抗策を選んだ。
混世魔王の手にかかって死んだ一人の犠牲者の霊魂に、力を与えたのである。
「汝の名は」
「……トール・ドン・ドール」
「ならばドールよ。生者に宿れ。力を貸し、奴を討て」
ドールはしばし沈黙し、やがて問い返した。
「私には力がありました。
一人で千人を斃せるほどの力があった。
それでも、あれには届かなかった。
次の者も同じではありませんか」
「否!」
ノーデンスは、それ以上を語らなかった。
神霊は、単体では無力に近い。
だが、生者に憑依し、その身と魂に重なることで、強大な力を発揮する。
かくして、最初の挑戦者が現れた。
「我が名はコワース。神霊ドールの加護を受けし者。貴様を討つ」
剣が打ち合わされ、魔法が激突し、戦いは始まった。
だが、決着はあまりに早い。
「弱い。弱すぎるぞ」
混世魔王は哄笑し、その手ずからコワースを引き裂いた。
だが、見落としていた。
その遺骸から、二つの魂が抜け出したことを。
(まだ終わらない)
(次がある)
神霊は、宿主の魂に強烈な影響を及ぼす。
それは、加護を与えられた者自身をもまた、同じ性質の神霊へと変えていくのである。
ノーデンスは、二柱となった神霊に告げた。
「神霊よ。勇士を探せ。重なれ。そして増えよ」
それだけで十分だった。
敗北は終わりではない。
それは次なる挑戦者を生む起点となる。
神霊は連鎖し、力は増殖する。
一人が敗れれば、二柱となる。
二柱が敗れれば、四柱となる。
四柱が敗れれば、八柱となる。
そうして、挑む者は倍々に増えていった。
誰もが強力な戦士であり、卓越した魔法使いである。
しかも、倒しても倒しても、戦いは次へと継がれていく。
「馬鹿な……。此奴ら、どこから湧いてくるんだ?」
六十四人にまで膨れ上がった敵勢を前にして、混世魔王はついに困惑を露わにした。
剣を打ち合い、魔法を撃ち合う。
その応酬は永劫のごとく続き、ついに決着の時が訪れる。
「混世魔王、打ち取ったー!」
歓声があがった。
混世魔王は倒された。
だが、ノーデンスはすでに去っている。
この結末を見ることもなく、ドリームランドへと帰還していた。
主戦場は、やはりそこだったのである。
その後、人類の変異をめぐる混乱は、世代を経るごとに沈静化していった。
旧い常識は失われたが、新たな常識が社会に根づいていく。
大変革ではあった。
だが、滅びに至るほどの破局ではない。
だからこそ――
ノーデンスは、さしたる手間をかけなかったのである。




