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序:憲法は「国民を守る言の葉」である――言霊としての最高法規
「神は言なり(聖書より)」。ヨハネによる福音書の冒頭に記されたこの言葉は、言葉が単なる情報の伝達手段ではなく、無から有を創造し、無秩序に秩序をもたらす絶対的なエネルギーであることを示唆している。国家という共同体における「言」とは、すなわち憲法に他ならない。憲法は、単に統治の機構を定め、権力の行使を制限するだけの技術的な文書ではない。それは、国民の生存と安全を現在から未曾有の未来へと繋ぎ、いかなる嵐からも守り抜くための尊き『言の葉』でなければならない。
この『言の葉』は、荒れ狂う嵐の中で岸辺に立ち、荒波に揉まれ難破せんとする国民の船を傍観し、高みから形式的な解釈を唱えるだけの「座視する言の葉」であってはならない。今、現在と未来に生きる国民が直面する物理的・存立的な危機に対し、彼らを救い出すための実効的な「守護の言の葉」であるべきだ。言葉がその実質的な救済力を失い、空虚な記号と化すとき、国家もまた国民を守る力を失い、死に至る。我が国を襲っている未曾有の国難に対し、我々はこの『言の葉』の真意を、その源流にまで遡って問い直し、国民の命を救うための「生きた言葉」として再定義する歴史的決断を下さなければならない。




