お人形 ー黒い百合ー
「先輩」
直美が声をかけてきた。笑顔だ。
「今日は大丈夫ですか?」
「いいよ。」
また笑みを浮かべる。そして、走り去った。
「直美ちゃん、笑えるようになったんだ。いつも無表情で、友達いないみたいだったし。」
「そうだね。私、今日、用事があるから帰るね。」
「最近、多いよ。副部長なんだから指導とかしないと……。あ、彼氏ができた?」
「残念。違うの。お人形ができたの。」
「お人形? 何?」
「じゃあね。」
※※※
直美がベッドに横たわっている。
彼女は”聖書”を抱いて静かに目を閉じている。
私はゆっくりと彼女の指に手を添える。
そして、少しだけ力を入れる。ほんの少しだけ。小鳥を包み込むように。
直美の浅い息が聞こえる。聖書を握る手に力が入っている。
薄く開いたまぶた。そこから見える瞳は何も見ていない。
慣れてきた。すぐに直美の求める世界に行かせてあげられるようになった。
直美は、もうすぐ私の手が首から離れるのを知っている。そして、この世界に戻るのを知っている。つまらない毎日。つまらない人間たち。つまらない自分。
「でも、今日で終わる。」
そう言うと、直美の瞳が色を帯びる。
手は離さない。直美が身をよじっている。
私の手をつかむ。しびれて力が入らないのが分かる。
指先を少しずらす。直美から押しつぶされた声のようなものが聞こえる。
直美の聖書がベッドから落ちた。
「だめだよ。涙が出てる。」
直美が声を出そうとしている。耳を近づけても、雑音がひどくて聞き取れない。
でも、
「お人形は、涙なんか流さない。こんな音も鳴らない。」
そう言ってあげると、手がだらりと落ちた。
※※※
「里美。どうしたの?」
「うん……。ねえ、覚えてる? 副部長の初めて書いた小説。」
「あー、あの”お人形”のやつでしょう。ホラーな感じのやつ。面白いと思ったよ。最後、ホントのお人形になるんだっけ。私はアリだなって思った。」
※※※
涙をそっと拭いてあげた。うっすらとした赤色が肌から引いていく。
ベッドに人形が横たわっている。
入部したとき、直美に魅入ってしまった。無表情で綺麗な肌。まるで人形のよう。
でも、嫌なところがあった。薄く赤みを帯びた肌の色。まるで人間のようだった。
お人形。綺麗なお人形が横たわっている。
私はそれに唇を重ねた。首筋に、腕に、指先に。
冷たい。そして柔らかい。
「私のお人形。」
私は頬をゆっくりと撫でながら言った。
お人形は答えない。




