始まり
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
カタカタカタ……。
深夜二時。ブラック企業のオフィスに響くのは、俺のキーボードを叩く音だけだった。
「春日井くん、まだ残ってるの? はは、まあ若いから大丈夫だろ」
上司が笑いながら帰っていく。
俺は笑えなかった。納期を守れなければ罵倒され、守っても残業代は出ない。休日出勤は当然、ボーナスは雀の涙。
――そしてその瞬間、俺の視界は暗転した。
◆
「……あれ? 俺、生きてるのか?」
目を開けると、そこは見知らぬ草原。頭の中には機械的な声が響く。
【転生者に職業を付与します……職業『村人』を獲得しました】
「は? 村人? なんだそれ。せめて剣士とか魔法使いにしてくれよ!」
【固有スキル『鑑定配信』を獲得しました】
「……鑑定配信?」
試しに拾った石を眺めると、ステータスウィンドウが浮かぶ。
同時に、俺の目の前にホログラムのような画面が開き、コメント欄が流れた。
《新しい配信者キター!》
《草、石を鑑定しててワロタ》
《画質いいな》
「……は?」
どうやら俺の鑑定結果は、この世界の人々に“配信”されるらしい。
◆
数日後。俺は冒険者ギルドに登録した。だが、職業が「村人」なせいで笑われた。
「おい、村人が来たぞ!」
「お前みたいなのが仲間にいても足手まといだ」
俺はパーティを組んだが、初ダンジョン探索で真っ先に追放された。
「悪いな、悠真。お前じゃ戦えないんだ」
「せいぜい、村で畑でも耕してろ!」
悔しかったが、俺には力がない……と思っていた。
だが配信を試したところ、偶然ドラゴンを遠目に鑑定してしまった。
すると――
【炎竜バルドロス】
・HP:99999
・弱点:水属性、喉元の鱗に欠損あり
《え、弱点バレたぞ!》
《こんな情報、国家機密じゃね?》
《チャンネル登録した!》
配信は一瞬で拡散され、冒険者や軍の間で大騒ぎになった。
弱点を突かれたドラゴンは討伐され、王国の英雄たちが俺の名前を口にする。
その結果――追放した元仲間たちが戻ってきた。
「悠真……あの時は悪かった! また一緒に戦ってくれ!」
「お前のスキルがあれば、最強のパーティになれる!」
俺は笑った。
「いや、もう遅い。俺には配信がある。君たちに用はない」
彼らは青ざめ、土下座した。だが俺はそれを振り切り、配信を続けた。
◆
気がつけば、俺のチャンネル登録者数は百万を超えていた。
ダンジョンの未発見ルートを暴き、貴族の不正を暴き、時には料理のレシピや村の祭りを紹介する。
配信は戦争を止め、腐敗を暴き、人々に笑顔を与える。
俺はただ「自分の好きなことを話している」だけなのに、世界は大きく変わっていった。
「これからどうするんだ、悠真?」
隣に座るのは、配信を通じて出会った冒険者の少女リリア。
真面目で不器用な彼女は、俺の最初のリスナーでもあった。
「俺は……静かに暮らしたいんだ。ただ、それを配信しちゃうのが困りものだけどな」
そう言うと、コメント欄が一斉に流れた。
《スローライフ実況きた!》
《釣り配信はよ》
《リリアちゃんとの恋バナ希望!》
俺の異世界スローライフは、どうやら世界中に“実況”され続けるらしい。
――こうして俺は「最弱村人」から「世界最強の情報屋」、そして「スローライフ配信者」へと成り上がっていったのだった。