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1.理人の、譲れない豚骨ラーメン

高校生男子2人それぞれの視点で描く、

 君への恋心を自覚して2年。

 いつからだろう。

 あふれる想いに反比例して、心と身体が枯渇(こかつ)するようになったのは。


 君が足りない――。


 この乾きは一生、癒えることはないのかな?

 だって僕はこれからもきっと、“本当の好き”は伝えられない。



☆★☆



理人(りひと)! おい、起きろ~」


 人がはけた放課後の教室。

 机に突っ伏してまどろみを彷徨っていた僕は、頭上に降った愛おしい声で意識をとり戻した。

 (まぶた)を擦ると視界のまん中には、幼なじみの(たつき)

 キリッとした太眉に目尻のはねた猫みたいな丸い目。可愛い顔立ちとは相反する、男っぽい筋肉質な体つき。

 琥珀色のゴツゴツした手で短めの黒髪を雑にかきあげながら、ちょっと困った顔で僕の顔を覗きこんでいる。


 一緒に帰る約束をしていた、水曜日の放課後。

 ホームルームが終わってすぐ樹のクラスに迎えに行ったら、『15分だけここで待っててくれ!』なんて、どこかに走り去ってしまった。

 C組にポツンと置いていかれた僕。

 仕方がないから戻ってくるまで数学の課題でも進めておくかって、リュックをおろしたところまでは覚えてるんだけど……。

 どうやらそこからすぐ、机を抱き抱えて眠ってしまったらしい。

 窓際の一番うしろ、(たつき)の席で。


「ん……おかえり。もう用は済んだの?」

 

 寝起きのぼんやりとした頭のまま、ゆっくりと上半身を起こす。

 目の前にあった樹の頬を無意識に両手でつつみこむと、予想に反して樹がビクッと体を震わせた。


「ひぁっ、冷てっ! 理人(りひと)、体がめちゃくちゃ冷えてんぞ!?」

「そう? 別に寒くはないけど」

「ばかっ! もう十月も終わるっていうのにシャツ一枚で、こんなとこで無防備に寝てたら風邪ひくって!」

「えー、誰のせい?」


 スマホのロック画面に表示された時計を、わざと責めるような口調でつきつける。

 15分だけって言ってたのに、時刻はすでに30分オーバーだ。


「う……オレが悪い。悪いんだけど……」


 樹は決まりが悪そうに僕の背後に回ると、風でなびくカーテンを鬱陶しそうに避けながら全開の窓をぴたっと閉めた。

 そして自分のロッカーから、ゴソゴソと何かを引っぱり出してくる。

 黒地に白いロゴの入った、よれよれの部活ウィンブレ。

 たぶん春からずっと、そこに放置していたやつ。


「ブレザー着て来なかったんだろ? ほらっ、いったんコレで体を温めろ」

「うわ~。なんか臭そうじゃない?」

「失礼な、まだ3回しか着てねーよ。とりあえず、ないよりマシだろ」


 樹はニカッと八重歯を見せて笑うと、埃っぽい匂いの混じったそれを、有無を言わさず僕の肩に覆いかぶせた。

 たしかに温かい、けどさ。

 これに袖を通したら、まるで樹の腕に包まれているみたいで、きっと妙な気分になる。

 ――なんて言ったら、君はどんな目で僕を見るんだろう。

 

 真っすぐで優しい樹が、愛しくも憎らしい。

 肩幅は大きいのに僕には少しだけ袖の短い、君の上着。

 温かいを通り越して、すでに熱いとさえ感じてしまう。

 一瞬だけ借りて前をギュッと閉じてから、すぐに脱いで投げるみたいに突き返す。


「やっぱ臭いから、いいや」

「あのな~、少しくらい我慢しろって」

「ねーそれより早く帰ろう。お腹空いたし、熱々のラーメンとか食べたくない?」


 荷物をまとめて椅子から立ち上がると、樹は僕のリュックをガシッと押さえつけてきた。


「あ……あのさ」

「うん? まだ帰れないの?」

「いや、用は終わってるんだけど。重要なのはこれからって言うか……」


 何とも歯切れの悪い返事で、樹は廊下の方をチラッと見やる。

 視線の先を追うと、後ろのドアに女子が2人。いつから居たのか、こちらの様子を落ち着きなく覗っているのが見えた。


「何? あれ」

「えっと~、同じダンス部の女子なんだけど。理人と話がしてみたいって言われてて」

「……で?」

「ほら、今日しか部活休みじゃないじゃん? だから帰りにみんなでスタバでもどうかって話してたんだよ」

「ふ~ん。僕を30分以上も待たせた理由が、まさかそれ?」


 そんなことで。そんなくだらない理由で、放課後に樹を呼び出して。

 顔も知らない彼女たちが、僕たちの時間を奪おうとするなんて腹立たしい。


「そういうの断ってって、前にも言ったよね」

「いや、分かってんだけどさぁ。オレも頼まれた手前、スルーってわけにもいかなくてさ」


 困ったように目線をそらし、こめかみをポリポリと引っ掻く。 

 世話好きで誰にでも優しい樹らしい。こっちが折れれば簡単なんだろうけど、僕だってどうしても譲りたくない。

 だって貴重な水曜日。楽しみにしていたこの日を、樹とふたりで過ごせなくなるなんてイヤだ。


「このまま寝たふりしていい?」

「はぁ? そんなにかよ。じゃあいいよ、仕方ねーから断ってくる」


 樹はやれやれといった諦めの表情で、僕に背中をむけて歩き出す。廊下で返答を待っている女の子たちに謝ってくれるつもりだろう。

 社交的な樹に任せておけば丸く収まると分かりつつ、恨まれ役を押しつけるのもはばかられて、寸前のところで僕は前へ出た。


「自分で言うよ」

「え? おいっ……」


 樹を押しのけて教室の入り口をふさぐように立ち、そこから廊下にいた彼女たちに声を投げる。


(たつき)に聞いたんだけど。今からスタバに行くんだって?」

「う、うん! 一条(いちじょう)くんも一緒に……」


 僕を見て2人はパッと顔を明るくしたんだけど、それに応えてあげることはできない。


「悪いけど、今日はガッツリこってりラーメンって決めてて」

「そうなんだ。じゃあ、私たちも――」

「うん、またいつか。水曜日以外で、樹と都合がついた時にでも」


 最後はかぶせ気味に言い捨てて、小さく会釈してから回れ右をした。普通の人ならこれで空気を読んでくれるだろう。

 いつかなんて日は、当分訪れない。これが僕の正直な気持ちだ。

 


☆★☆



 無趣味で帰宅部の僕と違って、樹の学校生活はかなりハードだ。

 週6で部活、休日には遠征や大会。リーダー気質だからクラスの委員も引き受けて、おかげでテストは補習必須。

 幼なじみで近所に住んでいるとは言え、高校に入ってから僕たちが共に過ごせる時間なんてほとんどない。


 だから樹の部活がない水曜の放課後だけは、一緒に帰ろうって約束をしていた。 

 はまっているごはん屋さんに寄ったり、カラオケで歌いながらおやつにしたり、たまにはコーヒーを飲みながら勉強してみたり。

 とにかく僕にとっては、樹を独り占めできる唯一無二の時間。

 待ちに待った水曜日を誰かに邪魔されるのは、絶対に避けたかった。



「なぁ、たまには良かったんじゃね? せっかく女子が誘ってくれたのに」


 けっきょく二人で最寄駅にあるおなじみのラーメン屋に入った。

 いつもの『こってり豚骨全部のせ』の食券を購入し、カウンター席につくや否や、樹は水をいっき飲みして不満そうに口を尖らせる。


「だってラーメンの気分だったし。他人に無理に合わせる必要なくない?」

「理人のそういう忖度ないとこ嫌いじゃないけどさぁ。知ってるか? お前って女子の間で“氷結王子(ひょうけつおうじ)”とか言われてんの」

「何それ」

「く~、もったいねーよな! 理人がその気になりゃ、すぐにでもカワイイ彼女ができんのに」


 樹は眉根を寄せてこちらに振り向くと、人差し指で僕の頬をグリグリと突き刺した。


「この顔で、この身長で、頭もイイときてる。モテないわけがない。なのに当の本人はなんで、こうも恋愛に疎いのか……」

「人見知りなんだよ。初対面で向かい合ってお茶するとか、気まずくてヤなの」

「そんなこと言ってたら、一生、誰とも付き合えねーぞ?」

「別にいいよ」


 樹さえそばにいてくれれば――。

 最後の台詞をグッとのみこみ、グラスに入った水にちびちびと口をつける。


「ってか、このままだとオレらだけじゃん。『彼女いたことない歴』更新中なの」


 樹が言うにはクラスでも部活でも、今まで誰とも付き合ったことがないヤツなんて、僕たち以外にいないらしい。


「いやいや、盛りすぎでしょ。そんなにみんなが上手くいってたら日本人の結婚率が低下するわけないから」

「はぁ? また難しいこと言っちゃって。ってか、理人は選べる立場だもんな~。実質、カノジョがいないのなんてオレだけじゃん」

「そんなことないって」


 だって僕だって、本当に欲しい人はたぶん一生手に入らない。

 カウンター左側に座っている樹を、僕はまじまじと見つめた。

 太陽をいっぱい浴びたような健康的な肌に、キラキラした意思の強い目。

 自分では「直毛すぎてイヤになる」なんて言ってるけど、耳元をスッキリ見せた黒髪のハンサムショートが、元気で男らしい樹によく似合っている。

 たしかに身長は僕より10センチくらい低い。そこにコンプレックスを感じているのも知っている。

 だけど肩から腕にかけての筋肉はしなやかで、白シャツ越しにでも分かる逞しい身体は、誰もが簡単に手に入れられるものじゃない。


 樹はすっごく魅力的だよ――。

 再びグラスの水と一緒に、感情を奥底にのみこんだ。

 君がモテないと感じているなら、それはタイミングが悪いだけ。

 この約束の水曜日を僕が手離してあげたら、きっとすぐに彼女ができると思う。


「……樹の方がモテるよ、絶対」

「はいはい。フォローありがとな」


 簡単な言葉でしか伝えられない僕に、樹は小さく苦笑いした。

 


 お待ちかねのラーメンが僕たちの前に運ばれてきた。

 脂ののった大判チャーシューが3枚、半熟の味玉、どんぶりに彩りを添えるほうれん草と海苔。

 それらに感嘆の声をあげて、樹は幸せそうな顔で熱々の麺をすすった。

 本当、何でも美味しそうに食べるなぁ。見ていて気持ちがいい。樹との食事はいつも、意図せず頬が緩んでしまう。

 それを慌てて引き締めて、僕は「いただきます」と小さく手を合わせた。

 猫舌の僕は樹みたいに一気にすすれない。レンゲに一口サイズの麺を落とし、フーフー冷ましてからゆっくりと箸を往復させる。チャーシューもほうれん草もスープを切って、ひとつずつ丁寧に口に運んだ。


「やっぱ美味しいよね。ここのラーメン」


 なんど食べてもまた欲しくなるストライクな味。

 同意を求めて言葉を投げると、樹が口元を綻ばせながらこちらを眺めていた。


「理人って、ほんっとキレイに食べるよな。見てて飽きない」


 なに……それ。僕と同じようなことを思っていたわけ?

 ニカッと白い歯を見せる樹にこうやって、いつもふいに心を持っていかれる。

 ああ。一緒にいてこんな幸せな気分になれる相手は、やっぱり君しかいない。


 好きだ。


 これは紛れもなく恋だと思う。

 もしそんなふうに呼ぶなと誰かに否定されたなら、僕はきっと永遠に人を好きになれなくなるだろう。

 僕は幼なじみで親友で、樹が望む“カノジョ”にはなれない。この想いを伝えることも、たぶん一生できないけれど……。

 誰よりも君のそばで、その屈託のない笑顔を守っていきたいと思っている。

 


 君の水曜日だけは、僕のもの。

 このささやかな楽しみがずっと続きますように。


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