② 大鳥居の人魂伝説
3年くらい前まで宮島で働いていたので、宮島にまつわる話を書けたらいいなと思っています。
(あー、暇だな)
紅葉が、商店街に現れる女の幽霊の正体を暴いてから2ヶ月が経った。
木曜日の昼下がり。紅葉はいつものように、食事後にすぐに校庭に遊びに行く同級生たちを横目に、一人教室に残って本を読んでいた。
ちなみに、紅葉が今読んでいるのは『宮島のオカルト5選』という本だ。実際に宮島で起きた事件をもとに、さまざまなオカルト話がまとめられている。
① 商店街の幽霊
② 大鳥居の人魂伝説
③ 幽閉された巫女
④ 弥山に潜む天狗
⑤ 厳島神社の足音
どれもこれも、根拠のない迷信ばかりで、正直読むのに飽きてきた紅葉だったが——
高校の図書館にある本をすでに大方読み尽くしていた彼女にとって、今月新しく入荷されたこの本は、ちょうどいい暇つぶしになっていた。
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② 大鳥居の人魂伝説
『昔々、瀬戸内海で亡くなった者たちの霊が、夜な夜な大鳥居に集まり、青白い人魂となって現れるという。そして、その人魂を目にした者には災いが降りかかる……。』
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5つの伝説が紹介されているこの本の中で、なぜか紅葉は2番目の「大鳥居の人魂伝説」だけが少し気になっていた。
というのも、その伝説に似たような出来事が、現代の宮島で実際に起きていたからだ。
——たしか、1ヶ月ほど前の話だっただろうか。
地元の人々の間で、ある噂が広まり始めていた。
「夜になると、大鳥居の近くに赤白い炎のような人魂が現れる」
伝説では人魂は青白いとされていたが、今回の噂では赤白い。色は違うが、場所といい、状況といい、妙に一致している。
(赤白い炎のような人魂って、観光客が灯篭の明かりを見間違えただけでしょ)
紅葉は、赤白い人魂の正体は灯篭の明かりではないかと考えていた。しかしこの事件の正体が、観光客が灯篭の明かりを見間違えただけと考えるには不可解な点が2つあった。
それは、夜の大鳥居周辺にはあまり観光客が出歩かないということであった。大鳥居は、観光客が宿泊するホテルとは少し距離があるため、夜には観光客は大鳥居周辺をあまり出歩かない。
あと、灯篭の明かりは非常に小さいため、人魂と見間違うには少し無理があるような気がするのだ。
(そういえば、大鳥居の近くに、クラスメイトの家族がやってるお店があったな。暇だし、とりあえず行ってみるか。何か知ってるかもしれないし)
そう思い立ち、紅葉は放課後、その人魂が目撃されているという大鳥居の方へ寄り道することにした。
紅葉は高校で部活に入っていないので、放課後はいつも暇をしている。だから、なんか面白いことが見つかると、思いつきで出かけてしまうのだ。
寒かった冬が終わり、そろそろ春の気配が感じられる頃。空気も少しずつやわらかくなってきた。
紅葉は、所々にある街灯の明かりでぽつんぽつんと照らされた海岸沿いの道を1人歩いていた。
平日の夜ともなると、宮島屈指の観光名所である大鳥居の近くにも観光客はほとんどいない。
海岸に沿って積まれている石塀の向こうには、月明かりにほんのり照らされた薄暗い海が一面に広がっているのが見える。
それからしばらくして紅葉がお店に着いたのは夜の8時ごろだった。すでに営業は終わっており、後片付けの真っ最中だった。
店の外から中を覗いてみると、紅葉と同じクラスの綾香が黙々と片付け作業をしているのが見えた。
(平日だというのに家業の手伝いとは立派だな)
紅葉も休日には実家のお店の手伝っているが、平日は基本的に休みをもらっている。
一方、綾香はというと、2ヶ月ほど前に両親が離婚し、母親が家を出ていったこともあって、平日も休日も関係なく、毎日家業の手伝いをさせられているらしい。
紅葉は、以前学校で綾香が「お母さんがいなくなったせいで、家の手伝いばかりでしんどい」と愚痴をこぼしていたのを友達伝いで聞いたことがあった。
窓から店内をこっそりと覗いていると、お皿の後片付けをしている綾香と偶然にも目があった。
(やば、目が合ってしまった)
当初、紅葉は事件が起きた大鳥居の近くにあるこの店を、軽く下見するつもりで訪れたが、思いがけず綾香と目が合ってしまった。
綾香は何が起こったのか分からないような、不思議そうな表情を浮かべながらも、ゆっくりと店の外へ出てきた。
まあ、綾香と紅葉は同じ高校のクラスメイトというだけで特段仲がいいわけではない。だから、綾香としても自分の家族が経営している店の前で、友達でもないクラスメイトの女子がウロウロしているの見ると少しビビるだろう。
「紅葉ちゃん、どうした?うちのお店になんか用事でもある?」
身長が150センチと小柄な紅葉よりも背丈が15センチほど高く、色白で大人びた雰囲気を持つ綾香は、私服のパーカーの上にお店の名前が入ったエプロンをつけたままお店の外に出てきた。
「いや、ちょっとね。たまたまお店の前を通りかかっただけでね」
「へぇ、そうなんだ…。まあ、とりあえず一回お店に入りなよ。外は少し寒いでしょ」
想定外のシチュエーションに遭ってしまい少しアタフタしていた紅葉だったが、綾香がその場の流れでお店に入るように勧めてくれた。
勧められた以上、断る理由もない。
お店の中に入ると、テーブルの上にはお客さんが食べたであろう焼き牡蠣の殻が大量に積まれていた。
紅葉がテーブルの上に置かれている大量の牡蠣の殻にあっけに取られていると、綾香は「ちょっとお皿を片付けてくるから、少し待ってて。」と言って、そのまま一人で黙々とお客さんが食べ終わったお皿を厨房の流しの方に持って行ってしまった。
厨房では、綾香のお父さんであるお店の主人が椅子に座ってタバコをふかているのが見えた。40代後半ぐらいだろうか。黄ばんで汗臭そうなタオルを額に巻いた小太りなその男は、ずっしりとパイプ椅子に腰掛けている。
お店の中はタバコの焦げ臭い匂いが充満して、正直言ってとても臭い。
今ここで話すことではないかもしれないけど、毎日このお店の中で働いている綾香は常時このタバコの臭いを嫌でも吸い続けていると思うと、綾香は受動喫煙とかで健康面が結構やばそうだなー、とかどうでもいい事を紅葉は思っていた。
(タバコならお店の外で吸ってくればいいのに。なんかガサツな人だな、綾香のお父さんって)
すると、突然厨房の方から、絢香のお父さんだと思われる怒鳴り声が勢いよく飛んできた。
「綾香、お前早くテーブルの上の殻を片付け終わらんか」
しゃがれた低い男の声が、10畳ほどの狭い店内に響き渡った。
「わかった、今片付けしてからもう少し待ってー」
綾香はそう返事しながらも、テーブルの上の焼き牡蠣の殻を手慣れた手つきで手際よく片付けている。
5分ほどして、テーブルの上のゴミを大方片付け終わった綾香が少し椅子に座って休んでいると、またもや厨房の方から綾香のお父さんが大きな声で怒鳴ってきた。
「片付けが終わったら皿を早く洗わんか。片付けがおそくなったらその分家に帰るのが遅くなるぞ。」
絢香のお父さんでもある店主は、椅子に座ってずっとタバコを吹かしているだけなのに、あれこれと娘である綾香に指図していた。
(おいおい、娘に片づけさせといて自分はタバコかよ。なかなかにとんでもないお父さんだな)
それからまた5分ほど経つと、お皿の片付けが全部終わったのか、綾香は紅葉の方に戻ってきた。
「ごめんね、お待たせー。今日は金曜日の夜でお客さんが多かったせいで片付けが長引いちゃった。」
綾香は少し息切れしながらやってきた。額には汗が光って見える。
「ごめんね、うちは1人親だから。私が家の手伝いしないといけないんだよねー」
まあ、こればかりは仕方がないといえばそうな気がする。ただでさえ飲食業は人手が足りないので、綾香が働かないとこのお店はまともに営業できないと思う。綾香もその事を分かっていて、こうして日夜このお店の手伝いをしているのだろう。勝手な推測だけど。
ちょっとすると、またもや厨房の方から綾香のお父さんであろう罵声がまたもや飛んできた。
「俺は今から外でビール飲むから、冷蔵庫から冷えたやつを一本持って来い」
そう言うと、綾香のお父さんはドンドンという大きな足音を立てながら店の外に出て行った。結局、綾香のお父さんはお店の中にいる紅葉の存在に気づかないまま1人でどこかに行ってしまった。
(このひと、本当に人任せだな。いくら娘だからってこき使いすぎたよ)
すると綾香はしぶしぶとため息をつきながら、ビールがある冷蔵庫の方に歩いていった。冷蔵庫の方は照明が消えててよく見えないが、そこにはお店のブレーカーを管理であろう様々な種類のスイッチがあるのが見える。
綾香が店の奥の方に歩いて行ったすぐ後のことだった。お店の外から、突如店の主人の悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃあー。人魂が出た。俺が悪かった。頼むから許してくれー」
悲鳴を聞きつけた紅葉は急いで店の外向かうと、そこには直径10センチほどの火球のようなものが地面の上で青白く光っていた。
綾香のお父さんは正気を失っているのか、人目も憚らずに大声で叫んでいる。
お父さんが大声でギャーギャーと叫んでいるを聞いてか、ブレーカーがあった冷蔵庫の方から綾香がすぐに店の外に出てきた。
「お父さん大丈夫?」
お父さんは「人魂がでた。呪われる。頼む許してくれ」
などとよくわからない事を1人で叫びながら厨房の方に急いで戻っていった。
その後、青白く燃えていた何かは10秒ほどすると急に
火が消えた。
紅葉は先ほどまでが火が出ていた方をじっと見た。するとそこには、何かの綿っぽい白い燃えかすのようなものがあるのが見えた。
(やっぱ、この火玉は人為的なものだな。たぶん軍手みたいなものに何かしらの方法で火を付けたんだろう)
その後、お店の中に戻ってきた紅葉は改まって店主に挨拶をしてから、綾香と3人で今回の事件について話すことになった。
店主曰く、この人魂騒動は二ヶ月ほど前から起こっているらしい。店主が夜に1人で店の外でビールを飲んでいる時に限って、この青白い人魂のようなものが現れるらしい。
(人魂が現れた始めたのが2ヶ月前となると、綾香のお母さんが家を出て行った時期と重なるな。)
実のところ、紅葉はこの事件の真相が大方わかっていた。
(たぶん、これは綾香のしわざであることは間違いないな。さすがに店主の自作自演とは考えられないし、まあ消去法的に考えて怪しいのは綾香しかいないだろ。)
身近にあるものでも今回のような小さな火の玉は作るとこができる。
例えばだけど、このお店にあるものでも作ることができる。
まず、軍手の切れ端をアルコール消毒液で浸し、それをシャーペンの芯を通してコンセントから電気を引けば着火できる。
今回、綾香がブレーカー室の方にいったあとに火の玉が発生したのも、綾香がブレーカー実でお店の外にあるコンセントに、スイッチをおすことで事前に用意してあった消毒液で浸した軍手の切れ端に火を付けたのだろう。
まあ、この事件の顛末はだいたいこんな感じだと思う。
(日用製品を使って人為的に火を起こすこの方法はトリックとしてはテンプレなので、たぶん綾香もこの方法で火の玉を作り出したのだろう)
あとこれは初めから分かっていた事であったが、綾香がこの事件を起こしたのはお父さんに嫌がらせをするためな気がする。なんとなくそうな気がする。
まあ、現在この宮島では半年ほど前から呪いの人魂騒動で盛り上がっているので、綾香はその騒動に便乗してこき使ってくるお父さんを懲らしめたかったのだろう。オチが早足で雑になってしまったがまあ大体そんな感じだろう…。
この事件の真相がおおよそ分かってしまった紅葉はてきとうに事の顛末を綾香とお父さんに話切ってから、店を後にした。紅葉はなかなかに飽き性なので、一度でも事件の真相についての予想が付いてしまった瞬間に、その事件について興味を突如として失ってしまうのだ。
今回の事件が起きた原因は綾香の家族事情に問題があるので、あとは綾香とお父さんの2人でゆっくりと話してもらうことにしよう。
家族間の問題に第三者が口を挟むべきではない。それは紅葉が17年間生きてきた中で学んだ教訓的なものである。こういうのは当事者同士の話し合いで済ませるのが最も手っ取り早い。
後日談~
まあ、今となってはどうでもいい話だか、今回のこのお店での人魂騒動が始まったのは2ヶ月前からであり、住民の間で噂しれていた人魂騒動は半年ほど前からすでにあった。しかも、島民の間で噂されていた人魂は赤色であったが、今回の一件では人魂(正体は軍手の切れ端をアルコールで浸して燃やした物)は青色であるので、人魂の色がそれぞれ異なっている。
つまり、人魂騒動には綾香の他にまた別の犯人がいるということだ。
結局のところ、半年ほど前から続いていた人魂騒動の真犯人は牡蠣の殻を夜にこの店から盗み出し、それを有機肥料として持って帰るために店の外で燃やしていた人物であった。
後日、紅葉は再び綾香の家族が営業するお店を訪れてた。そこで紅葉はそのお店の店主、つまり綾香のお父さんから話を聞くと、半年ほど前からこのお店のゴミ捨て場に置いてあった牡蠣の殻が大量に盗まれる事件が度々発生していたとの事だった。
綾香のお父さん曰く、お客さんが食べ終えた牡蠣の殻はどのみちゴミとして捨てるので別に盗まれた所で全く困らないとの事だったが、紅葉の勧めでこの一件を一応警察に相談しておく事にした。
すると、牡蠣の殻を深夜にコソコソと盗み出していた不審な男を捕まえたと、それから一週間ほど後になって警察から連絡があった。
牡蠣の殻はマグネシウムを多く含むため、燃やすと赤く燃えるらしい。
だから、その犯人が夜に牡蠣の殻を燃やしていた際に発せられた赤白い光を誰かが人魂だと勘違いしたせいで、今回の人魂騒動といったふざけた怪談話が生まれという事だろう。
どうでもいい話だが、牡蠣の殻を燃やして灰にした物は畑の肥料として高値で売れるそうだ。
それが今回の一連の騒動の顛末であった。