8 それから
週明け、エマは早めに出勤し皆の到着を待った。金曜日の飲み会の記憶が途中から無く、なにかやらかしていないか心配だったからだ。
「おはようございます、クレアさん」
「エマ、おはよう」
なんだかニマニマしているクレアに詫びる。
「金曜日は酔っぱらってしまい、あまり記憶がないんです。皆さんになにかご迷惑をおかけしていませんか?」
「あー平気平気。エマは楽しく飲んでちょっと早く寝ちゃっただけだから。それよりどうなの」
「ふぇっ?」
「んもー副団長よ。ちゃんと送ってくれた?」
「えーっと、それが……」
女子官舎に入れなくて、寝たまま副団長の部屋に連れて行かれたらしいこと。朝起きたら副団長の部屋にいる事に気付き、冷たくしたことを平謝りされたこと。そして副団長から告白され想いが通じ合ったことを、クレアに掻い摘んで話した。
「ちょっとそれ詳しくお願いします〜」
「今日は顔色も良さそうね。安心したわ」
いつの間にか出勤していたステラとアリッサが話に入ってくる。
「アリッサさん、ステラちゃん、ご心配おかけしました」
「いいのよ、あなた達が上手くいったのなら私も嬉しいわ」
みんなで視線を合わせ、ふふっと笑いあった。
「ところでステラ、あのあと眼鏡くんとはどうなったのよ」
「ちゃんと家まで送ってくれましたよ? 今度の休みは騎士団の訓練の見学に誘われてます。フフッ、筋肉祭りですよぉ。そういうクレアさんは、あのワンコくんとどうしたんですか〜?」
「わっ、私も家まで送ってくれたわ。今度休みの日にピクニックに行く約束もした」
「えーーーいつの間に!!」
「「エマが寝てる間に」」
エマはちらりとアリッサの方を見る。
「まさかアリッサさんも――」
「おーいアリッサさん、今日はランチを一緒にどうだ?」
「団長!」
「ふふっ、ええ、もちろん喜んでお受けしますわ」
アリッサが優雅に微笑んで応えた。どうやらエマとイーサンのキューピット達にも春が来ているようである。突然知らされた同僚たちのカップリングにびっくりしつつも、とてもお似合いの組み合わせだと嬉しく思うエマであった。
◇◇◇◇
お昼の鐘が鳴った。騎士団の食堂は、いつもの騒がしさとは少し違う種類のざわめきが広がっていた。皆の視線の先には、なにやらホワホワした顔の女性四人と、ピッタリと隣に付き添い鋭い目付きで周囲を威嚇するガタイのいい騎士四人。
……と、もうひとり、団長の副官トマスだ。
「ちょっと! みんなズルくないですか?! 何なんですかこれ、団長!」
「何もズルくねぇよ」
「俺も、俺も夜勤でさえなければっ……キィーー!」
「うるさいぞトマス」
「副団長も! なにちゃっかりエマさんとくっついてんですか!」
「恋人になったんだから当然だろ」
周囲からどよめきが起こる。『あの副団長がついに落ちたか!』などと囁きが聞こえる。
「ステラさん、私以外の男の筋肉を触ってはいけませんよ」
「クレアさん、今度のピクニック楽しみですね!」
ダニエルとジェイクも周りへの牽制を忘れない。
「くっそー! 俺だって筋肉あるし、ピクニックだって連れて行くのに! 団長! 次は絶対に俺も合コン参加しますから! 夜勤なんか誰かに押し付けてでも、ぜぇーったいに行きますから!」
「次なんてあったか?」
「あら、恋人をさし置いて合コンに行くんですの?」
「てことだ、すまんなトマス」
「団長ぉ〜〜」
崩れ落ちるトマス。
『団長主催の合コンでは全員恋人ができる』という都市伝説が生まれた瞬間だった。
イーサンはそれまでのツンは鳴りを潜め、恋人を溺愛する心配症の過保護に転身した。仕事はしっかりやるが、それ以外の休憩時間等はいつもエマにべったり貼り付き、周囲の男どもを牽制している。
「副団長、毎日官舎まで送り迎えしてくれなくても、こんな地味子に誰も言い寄って来ませんよー」
「いや、エマはかわいい。お前はもっと危機感を持て」
「ええっ?」
「騎士たちがどれだけお前を狙っているか知らないのか? 騎士なんてみんな脳筋だぞ。ケダモノがウヨウヨしている所を、エマひとりで歩かせるわけがないだろう」
「騎士団なんだから、騎士がウヨウヨいるのが普通です!」
「俺はお前を守る騎士だからな。ちゃんと毎日送るよ」
イーサンは他では見せない甘い顔でエマを見つめる。人目も憚らず肩を抱き、デロデロに恋人を甘やかしている。
そんな完全に立場が逆転してしまったこのカップルを、周囲の人々は相変わらず生温かく見守っているのであった。
「経理課の前に信頼できる部下を配置するか――」
「そんなの必要ありませんよ! 騎士団の経理に押し入る命知らずなんていないでしょ」
「いや、女性陣が心配で」
「そっちも大丈夫です! 誰が騎士団長や副団長達に喧嘩を売るんですか」
(あれ? 副団長ってこんなキャラだったっけ?)
と、首を傾げながらも、自分の方を優しい眼差しで見てくれるイーサンに、胸いっぱいの幸せを感じるエマであった。
【 番外編 】トマスに春はくるのか?
「ハァ」
トマスは中庭のベンチでひとり、ため息をついていた。騎士団長の副官という仕事に誇りを持っているし、これからも続けていきたいと思っている。しかし、最近は仕事中もため息が止まらないのだ。
「みんな、いいよなぁ……」
ため息の原因は、最近周囲の同僚達に恋人が出来たことだった。同僚もフリーでトマスと同じ立場だった時は何も気にならなかったのに、いざ恋人ができて幸せそうな姿を見てしまうと羨ましくて仕方がないのだ。
(どうやったら恋人ができるんだ? 総務課の女性は既婚者しかいないし、武具管理室はオジサンばかり。食堂や売店は母親くらいの年齢の女性しかいない。騎士が街でナンパするわけにもいかないし、王宮の侍女なんてもっと接点がないぞ。経理課が唯一の希望だったのに! 恋人のいない独身女性との出会い方が、ぜんっぜんわからん!)
「ハハハハハ……」
乾いた笑いが出たその時、トマスはとんでもない光景を目にした。
つい最近恋人が出来たばかりのジェイクが、中庭で若い女性と逢引きをしているではないか! しかも何か受け取っている……差し入れか?
(あのクソワンコめ! 最近ちょっとモテるからと調子に乗って、騎士の風上にも置けん!)
トマスは一直線に走った!
「ゴルァ、ジェイク! お前はクレアさんという恋人がありながら何をやってる!」
ジェイクの胸ぐらを掴んでグラグラと揺さぶる。半分はやっかみだ。
「え、ちょっ何? トマスさんどうしたの?」
「お前はぁ〜浮気か! 二股か! チクショーなんでお前ばっかり!」
「あら、姉をご存知なんですか?」
「えっ?! 姉?」
トマスは思わず手を離し、まじまじと女性を見た。目元は柔らかい印象だが、艶のある黒髪と全体的な雰囲気はクレアによく似ていた。
「やだなぁ、僕が浮気でもすると思ったんですか?」
「えっ、違うの?」
「姉がお弁当を忘れて行ったので届けにきたんです。少し遅れるというので、ここで待ち合わせしていたジェイクさんと一緒に待っていたんですよ」
カァ〜っと、トマスは赤くなった。
「俺はとんだ勘違いを。ジェイクもすまん」
「も〜びっくりしましたよ」
「姉を心配してくださったんですよね? ありがとうございます、お優しい方なんですね」
そこへ、クレアがのんびりと歩いてきた。
「ごめーん、待った? あら、トマスさんどうしたの? 耳まで真っ赤よ」
トマスと妹を交互に見やり、何かを素早く察したクレアがニヤリと笑った。
「あートマスさん、こちらは私の妹のアナ、家の店の看板娘よ。ちなみにフリーだから」
「やだ、姉さん。なんて紹介の仕方をしてるの!」
「あーアナ、こちら騎士団長の副官のトマスさん。ちなみにフリー、よね?」
「はいっ、トマスはフリーであります!」
トマスはなぜか敬礼をしている。緊張しすぎだ。
「ほら、ちょうど昼休みだし? その辺のベンチでお話でもしてみなさいよ」
「もう! 姉さんはいつも突拍子もないのよ」
「駄目、ですか?」
トマスは思わず呟いた。
「俺とお話するの、駄目ですか? そうですよね……突然言われても困りますよね」
「いえっ、駄目じゃないです! 私なんかでいいんですか?」
「あ、アナさんとお話してみたい」
「ほら、あそこのベンチが静かでいいわよ。ほれほれ、行っといで」
クレアがふたりの背中を押して、ベンチへ向かわせた。
「トマスさん、真面目でめちゃくちゃ仕事が出来るのに、普段はポンコツなんですよね」
「そのギャップがいいって子もいるわよ、きっと」
クレア達の視線の先には、ほんのり赤くなったアナとガチガチに緊張しているトマスがいた。
「いやぁ、私いい仕事をしたわ」
「あのふたり、上手くいくといいっすね」
クレアとジェイクもお弁当を広げて、仲良く食べさせ合うのであった。
クレアがモジモジと恥ずかしそうな妹から『デートの約束をした』と聞くのは、その日の夜のこと……。
完結しました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
トマスは番外編で救済しておきました。
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