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7 懺悔と百一回目の告白

「ん……ここはどこ」


薄く開いたカーテンの隙間から、白みかけた空が見えている。寝起きのせいなのか、まだエマの頭の中ははっきりとしていない。パタンとドアの閉まる音がしてエマがそちらを向くと、水の入ったグラスを持ったラフな格好のイーサンがいた。


「起きたのか。水飲むか?」

「はい」


エマはぼやっとしたまま、


(副団長、騎士服ではわからないけど結構筋肉があるのね)


なんて関係のない事を考えグラスを受け取ったが、一気に飲み干すと少し目が覚めた気がした。


(あれ? いつの間に朝になったのかしら)


と、思考回路が徐々に動き出す。


「えーと、昨日は団長やアリッサさん達と飲みに行って……美味しいお料理とお酒も飲んで、それで楽しくなっちゃって……あれ? えっ? 副団長?! なんで?」


久しぶりにイーサンに会った事と、そういやずっと避けてたんだったと思い出した事と、ここはどこなんだとごちゃ混ぜになってオロオロしていると、


「ここは騎士団官舎の俺の部屋だ。あのビストロで酔って寝てしまったお前を、団長達から任されてな。最初は部屋まで送るつもりだったが、女子の官舎は男子禁制だろ? さすがに俺も入れなくて、ここに連れてきた。騎士団幹部の部屋は、一般の官舎と違ってアパートみたいな作りで出入りも自由だから……」

「な、なるほど?」

「誓ってエマに何もしてないし、今からも何もしない! だからっ、まだ帰らないでくれ! 話だけさせてくれないか?」


イーサンの勢いにエマは帰ると言いそびれてしまった。


「でも、これ以上ご迷惑をお掛けするわけには――」

「迷惑じゃない! ぜんっせん迷惑じゃないから! 頼む!」


必死に否定したかと思えば、眉を寄せて情けない顔になった。

いつもは男らしい整った顔が、なんだか雨に濡れてシオシオになった犬のように見えた。


「えっと、わかりました」

「ありがとう。その、なんだ、この前は八つ当たりしてすまなかった」


ベッドサイドの椅子に座ったイーサンが、ガバリと頭を下げた。


「八つ当たり?」

「こんなのただの言い訳にしかならんが、あの日俺の執務室で……その、仕事のことでイライラしてたから、気遣ってくれたのに冷たく突き放すような言い方をしてしまった。本当に悪かった」

「いえ……もう済んだことですから」

「許してくれるのか?」

「許すも何も、関係ないのに首を突っ込んだ私もいけなかったですし――」

「関係なくない! これからも首を突っ込んでくれ!」

「?? 副団長?」


イーサンはまるで懇願するような声で続ける。


「俺は近衛みたいな華やかさの欠片もないむさ苦しい第一の騎士だし、口が悪くて気の利いたことも言えないし、仕事しかしてこなかったから女性が喜ぶ事もわからない。しがない男爵家の三男で爵位は継がないし、騎士爵はあるが一代限りだ。収入はそこそこあるが、仕事柄いつ怪我や命の危険があるかもわからない」

「副団長? ちょっと待って一体なにを」


イーサンはものすごい早口になって言葉を発し続けている。


「顔はまぁ女性に好まれるようではあるが、好いた女に花の一つも贈れない無粋な男だ。だが、余所見もしないし我ながら結構一途なたちだと思う」

「副団長! 落ち着いて、話がまったく見えませんよ」

「あぁそうか、そうだよな。まさかたった一言がこんなに難しいなんてな」

「?」


イーサンは苦笑いをした後、何かを決意したような顔になった。


「エマ、俺は、俺はお前が好きだ」

「へえっ?」


エマは思わず、淑女らしからぬ変な声を上げてしまった。それに構わずイーサンは続ける。


「こんなにも勇気がいる言葉を、お前は百回も俺にくれていたんだな。なのに、俺はあんな……本当にすまなかった。もしも俺にもまだ可能性が残されているなら、エマ、俺の恋人になって欲しい」


エマは一瞬ポカンとしたあと泣き笑いの顔になると、勢いよくイーサンに抱きついた。


「はいっ、はいっ私もあなたが好きです」

「よかった、もう永遠に百一回目は貰えないかと思った」

「もう余計な期待はするまいと、諦めていましたから」

「エマ、ごめん。もう二度とあんな顔はさせないと約束する。だからもう俺の前から消えないでくれ。ずっと俺のそばで笑っていてほしい」

「はい、ずっとそばにいます」


エマを危なげなく抱きとめたイーサンは、愛しい恋人をギュッと抱きしめた。




「ふふっ副団長、さっきのあれはプレゼンだったんですか?」

「まぁ、そんなもんだ」

「自分を上げたり下げたり、おまけに早口だし、よくわかんなかったですよー」

「女を口説くのなんか慣れてないんだから、仕方ないだろ!」

「その顔で何を言ってるん……あぁ、なるほど。今まで言い寄られる一方だったんですね」

「違う! まあなんだ、こんなことを言うのはお前だけってことだ」


チュッとリップ音を立てて、イーサンがエマの唇に口付けをする。


「ちょっ、何にもしないんじゃなかったんですか!」

「つい、お前がかわいくて」


イーサンは今まで見せたことがないほど、甘い顔で囁く。


「はぅっ、顔がいい」

「こんな顔で良ければ好きなだけ見ろ」

「そんなこと、今まで全然言わなかったのにぃ」

「もうエマが離れていくのは嫌だからな、これからは言うことにした。もうお前は俺のだ」


イーサンはエマのおでこにキスをし、またぎゅうっと幸せを噛みしめるように抱きしめる。

こうしてふたりは、ようやく心を通わせる事が出来たのだった。

だが休み明け、このイーサンの変わりように騎士団内が大騒ぎになることを、ふたりはまだ知らない。



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