3 心が折れた日
「エマ、最近どうなの? 副団長とは」
ここは経理課女子達がいる中庭。ランチをしながら近況報告だ。
「ハァ……相変わらずですよ……ハイハイってスルーされてます」
「う〜ん、仕事も早くなったし、女の私から見てもエマは前よりずっと可愛くなったと思うんだけどな」
「そうですよ! 最近エマさんモテてるの知ってます?」
「何それ詳しく」
「最近、経理課に来る騎士達も他部署の事務官も『今日はエマさんいないの?』って、キョロキョロしてるんですよ〜遠回しに紹介してほしいな〜って仄めかされたこともあるし」
「ハァ……それ、ただ仕事を頼みたいだけですって」
「もう自己評価低すぎ!」
エマはすっかり自信を無くしていた。地味な自分を見直し綺麗になる努力もしたし、仕事もがんばった。淑女らしくなる所作もメリッサのアドバイス通り意識するようにした。
だけどひとつもイーサンには響かないのだ。ため息もつきたくなるというものだ。
「ハァ……そろそろ潮どきですかね……」
「エマ、あなたの努力は決して無駄ではないわ。すべてあなたの身になっているから」
「そうそう、見る目のない男なんかこっちから願い下げって言ってやればいい」
「だったら合コンしましょうよ〜合コン〜」
「あんたは気が早い! まあでも、いざとなったらそれもアリかもね」
「もぅクレアまで! エマ、あなたは好きなら諦めなくてもいいし、もし辛くなったなら一旦立ち止まってもいいのよ」
「立ち止まる?」
「そう、心が追いつかないなら一旦休憩。あなたの心の方が大事よ。そこで続けるか諦めるかゆっくり考えたらいいわ」
(たしかに、どこかに区切りがあったほうが自分の気持ちも整理できるかもしれない)
うっかり告白してから約半年、告白回数ももうすぐ百回になる。
「百回かぁ……それまでに通じるかしら」
ぼんやりと思うエマであった。
◇◇◇◇
その日、エマはいつものように騎士棟へ書類を持って向かっていた。
副団長の執務室でノックをすると、いつもより低い声で返事が返ってきた。挨拶をして中へ入る。
「なんだ」
「書類に不備がありましたので、こちらのご記入をお願い致します」
「あぁ、わかった」
イーサンはなんだか少しイライラするのを抑えているようにも見えた。
「あの、何かあったのですか?」
「お前には関係ないだろ」
「はい、そうですよね。失礼しました」
下を向いたまま発したイーサンの冷たい声に、エマの胸はツキンとした。
(関係ない……か。副団長、なんだかいつもと違う。今までどんなに断られてもまた次の日には告白できたのに、嫌われるのが怖い)
――きっと、ここが潮どき。嫌われるくらいなら、ここでおしまいにしたほうがいい。
ついにエマの心がポキッと折れる音がした。
「副団長、本当に好きでした」
「もういいって。何度も言わせるな、他の男を探せ」
「そうですね……ありがとう、ございました。失礼します」
イーサンから書類を受け取ると、エマはペコリと頭を下げて執務室を出て行った。
「は? おいっ」
(少し声が震えてしまったけれど、うまく笑えたかしら。これが最後の告白。今まで一方的に気持ちを押し付けて、迷惑をかけてしまったかもしれない。最後に今までのお礼を言ってこの恋に区切りをつけたかったの。これからはもう変な期待はせず、ただの仕事相手に戻ろう。私から会いに行くのもやめよう)
奇しくもこれが、エマからイーサンへの百回目にして最後の告白となってしまった……
執務室のドアを閉めると、エマは振り返らずに小走りで階段を駆け下りた。
だが中庭を突っ切ろうとしたところで、誰かの大きな胸にぶつかってしまった。
「おっと、エマちゃんじゃねぇか。気を付けないと危ないぞ〜ってどうした?!」
「うっ、団長!」
「なんでそんな顔してんだ。もうすぐ昼休みだ、ちょっとこっちにおいで」
そう言って手招きをすると、涙を堪えてクシャクシャな顔になっているエマを、中庭でも人目につきにくいベンチまで連れて行ってくれた。
「なんかあったのか? イーサン絡みか?」
「団長、私、もう心が折れちゃいました……さっき百回目の告白をして区切りをつけました。もう、副団長のことは諦めます」
「はぁ? 百回も告白してたのか」
「はい、そして百回振られました。ふふっ、我ながらしつこかったですね」
「そんなことねぇよ。そんなに誰かを好きになれるなんて凄い事だ」
団長の優しい言葉に、我慢していた涙がポロポロと溢れ落ちた。
「ぐすっ、でももう、これ以上は無理でした。うっく、副団長に、嫌われたくないから」
「嫌ったりしねぇって! だってあいつは――」
「いいえ、いつもより冷たい声で『お前には関係ない』って、『他の男を探せ』って言われちゃったんです」
「そんなのいつもの掛け合いでもしてるだろう」
「さすがに私でもわかりますよ。もう迷惑をかけるのはやめます」
「だから迷惑なんかじゃ――」
「もう決めたんです。団長、聞いてくれてありがとうございました。あは、仕事に来る楽しみがひとつなくなっちゃったな」
エマはカラ元気を出しながら、下手くそに笑った。
「よしっ、パーッと飲みに行こう!」
「へっ?」
「エマちゃんが今まで頑張ったご褒美にな。もちろん俺の奢りだ。なんでも好きなものを食べていいからな」
「でもっ、そんな申し訳ないです」
「もちろん二人きりじゃないぞ。経理課の女性陣を呼んでくれないか?」
声を潜めて団長が言う。
「俺はアリッサさん狙いなんだが、彼女良いところのお嬢様だろ? だからなかなか誘いに乗ってくれねぇんだよ」
「団長だって、良いところのお坊ちゃんじゃないですか。サンダース侯爵家でしょう?」
「所詮爵位を継げない次男だ。なっ、こちらも若いヤツを連れて行くから、四対四でどう?」
「やだぁ、それじゃまるで合コンじゃないですかー」
団長の誘い方がおかしくて、エマは思わず笑ってしまった。
「まぁそうとも言うが。頼む! 寂しい三十路男の願いを聞いてくれよ。いきなり今週は難しいかな、来週の金曜はあいてるか?」
「私は大丈夫ですけど、他の皆さんの予定も聞いてみますね」
「おう、あと騎士団でいつも行く店は野郎共で騒がしくてな。どこかいい店を知らないか」
「それだったら、一度行ってみたいお店があるんです。お料理が美味しいビストロって噂で」
「いいね、じゃあそこで頼むよ」
「はいっ、皆さんの予定がわかりましたらお知らせしますね」
「あぁ、頼むな!」
(良かった……笑ってくれた。もうなりふり構わず強引に予定を入れた。あのまま放っておいたら、彼女がぺしゃんこに潰れてしまいそうに見えたんだ。とっさの思い付きではあったが、今思えばなかなか悪くないよな)
「馬鹿イーサン、好きな女を泣かせやがって。あいつにも解らせるいい機会だ」