2 エマは開き直った
「あっ、副団長好きです」
「ハァ?」
(つ、ついうっかり告白してしまった。しかもこんな出会い頭に唐突に。だけど言ってしまったものは取り消せない。もう前に進むしかないわ!)
「えっと、私その、副団長が好きです」
「なんだ突然――」
「好きになっちゃったんです!」
被せるようにダメ押しの告白をする。人差し指でポリポリとこめかみを掻いたイーサンは、
「あーそれはあれだな、お菓子を貰って『この人良い人だな』ってなんか勘違いしてるやつか」
「私は子供じゃありませんよっ」
「こんなオッサン相手にするより、周りを良く見てみな? 若くて良い男はいっぱいいるぞ」
後ろ手を振り振りしながら、イーサンは去っていった。
(うーん、手強い。)
それからエマは完全に開き直った。もう気持ちはバレているのだ。今更恥ずかしがっても仕方がない。エマは無駄に前向きな性格をしていた。
仕事がある時は率先して騎士棟へ行き、書類を書いてもらい、
「サインはこちらに……はい、ありがとうございます。副団長好きです」
「ハイハイ、そりゃどうも」
というやり取りがお約束のようになった。まるで流れ作業のようだが、エマの顔はいつだって真剣である。
書類のやり取りも毎日あるわけではないので、騎士棟へ行けない日は昼休みに騎士棟と事務棟共用の食堂へ行くと、
「副団長、お隣空いてますか?」
「おっエマちゃん、ここ座りなー」
と、イーサンと一緒にいるギルバート・サンダース団長が席を勧める。イーサンの周りをうろちょろしているうちに、団長とも顔なじみになっていた。
「イーサンはいいなー。エマちゃんみたいなかわいい彼女が毎日会いに来てくれて」
「サンダース団長、別に付き合ってませんから」
「だったら、付き合ってください!」
「いやいや、周りに若い騎士がいっぱいいるだろ。その辺で適当に見繕え」
「副団長がいいんです!」
というやり取りは、周りからも生温かく見守られた。
◇◇◇◇
「あの恋してる自覚もなかったエマが、結構頑張ってるよね」
お茶休憩の時間、経理課の女性事務官四人はクッキーをつまみつつ、エマの恋バナに花を咲かせる。
「全然脈なしですけどね……」
「そんなことないわよ。あの塩対応で有名な副団長が一応相手はしてくれてるでしょう?」
「そうそう、他のキャーキャー言ってるご令嬢達は一刀両断されてたよ」
「氷のような視線で『近寄るな』ってぶった切られてました〜周りも皆ひゅってなりましたよ」
「でも、もう五十回も告白してるのに……」
「「「ごじゅっかい?!」」」
エマはフゥっとため息をついた。
「そう五十回です。会えた日は手帳に印を付けてて……顔を合わせた日は大体告白してるし。この前数えてみたら、そこまでいってたというか。私ってアリッサさんみたいにしごできな大人の美女でもないし、クレアさんみたいにクール美人で頭の回転が早いわけでもないし、ステラちゃんみたいにあざとかわいいわけでもないし……私みたいな、地味な茶髪茶目の大して取り柄のない平々凡々な女じゃ駄目なんですかね」
「あれっ、私ちょっとディスられました?」
「気のせいよ」
「まぁまぁ、エマは頑張り屋さんで愛嬌があってかわいいわ。わかる人にはわかるから」
「そうよ、エマはいい子だわ。私も保証する」
「イメチェンしたい時は言ってくださいね〜うちの店にかわいい服いっぱいありますんで」
実家の服飾品店をさりげなく宣伝するステラ。かわいい顔してちゃっかりしているのである。
「うぅ、皆さんありがとうございます。おかげでもうちょっと頑張れそう」
「辛くなったらいつでも言うのよ? 私達が聞くから」
「振られたら慰めてあげますからね〜」
「おいっ」
こんな軽口が叩けるのも、仲が良い証拠である。
夜、官舎の自室で一人になるとエマはしみじみ周りに恵まれてると感謝した。
(あともう少し頑張ってみよう。女として意識されてないかもしれないけど、少なくとも嫌われてはいないはず。好きな人の口から他の男性を……と言われると、少し胸がチクリとするけれども。相手にしてもらえないのは、今のままでは駄目だからかもしれない。貴族の端くれとはいえ田舎育ちで令嬢らしくもないから)
貴族の女性も仕事を持つようになり、貴族と平民が同じ仕事に就けるようになった。垣根が低くなったことで、昔のように女は家庭に入って云々と言うのは薄れてはきているが、気にする家は気にする。イーサンはハワード男爵家の三男だ。
(少し淑女らしさも身に着けた方がいいかもしれない、令嬢らしい品を備えたアリッサさんにアドバイスをもらおう。あとは仕事の面でも完璧にしたい。仕事ができるいい女だと思われたいから、そこはクレアさんに指導をお願いしよう。平々凡々な見た目も少しでもマシにしたい。そこはステラちゃんの得意分野だわ。久しぶりに新しい服や髪飾りを買うのもいいな。今まで必要最低限だったメイクの仕方も教えてもらおう)
そんな思いを新たに、ベッドへ潜り込み眠りにつくエマであった。
◇◇◇◇
「ステラちゃん、いつ見てもちっちゃくてかわいいよなー」
「俺はクレアさん推し。あのクールな視線と黒髪がたまらん。踏まれたい」
「いやアリッサさんのあの上品な大人の色気には敵わんだろ。制服であの色っぽさだぞ?」
騎士棟の三階から中庭を見下ろしながら、騎士達が好き勝手に言い合う。そこでは経理課の女性事務官達がベンチに座り、ランチを楽しんでいるところだった。
「いやでもさ、最近エマちゃんがかわいくね?」
「わかる! この前経理課で書類申請する時も丁寧に教えてくれてさ。にっこり笑ってくれた時はドキッとしたぜ。もしや副団長じゃなくて俺のことを好きになったんじゃ――」
「んなわけあるか! でもいいな、俺もあんな彼女がほしい……」
「アリッサさんは駄目だぞ〜俺が狙ってるからな」
「「「だ、団長!」」」
窓から身を乗り出すようにしていた騎士達が、声の主の方へ向くとハッとして敬礼をした。
「そろそろ昼休みも終わりだ。お前たちも交代の時間じゃねぇのか?」
「ハイッ! 副団長! 失礼します」
騎士達は一礼すると、そそくさと午後の交代勤務へ戻って行った。逃げ足が早い。
「たしかにな〜エマちゃん最近綺麗になったよな? イーサン」
「そうですか、俺にはよくわかりませんが」
「ククッいいのか? 若い男どもから狙われてるぞ?」
「俺には関係ないですよ」
「お〜ベタ惚れされてる男は余裕だね」
「そんなんじゃないですよ」
イーサンはクールな表情のまま足早に執務室へと消えて行った。
「本当にわかってんのかね。自分の気持ちに正直に向き合わないと、後悔するぞ」
ボソリとイーサンの背中につぶやく団長であった。