カール・フェルディナンド大公の死
楽しんで読んでくださると幸いです。
俺の夫の一人に当たるフェルが亡くなったのは突然だった。ある日、突然、側近の松原侍従が走ってやってきた。
「上様、蘭の方が先程亡くなられたと知らせが」
「なんだと!一体どういうことだ?病に臥せているとも聞いていなかったが?」
「御殿医によると死因はおそらく自殺とのこと」
「大奥で何かいじめでもあったのか?」
「報告では、御側室の方々もみんな仲良く過ごしている聞きましたし疑問です。ただ、蘭の方は外国出身でこちらに慣れていませんし、色々、事情があったのだと考えられますが」
「そうか。大奥に参る」
「はっ」
大奥に着くと、フェルは布団に寝かされていた。そして、周りは血まみれになっていた。
「フェル!」
俺は遺体に飛びついて泣き喚いた。他にも夫はいたが、俺は、フェルも平等に愛していた。事態は他の側室にも伝わったようで、続々と人が集まり始めていた。そこへ、侍従から聞かれたのか、シルベルヴァルト帝国からついてきて、赤ちゃんの頃からフェルに仕えていたフェルの側近がフェルの人生を話し始めた。
「カール・フェルディナンド大公殿下は先代シルベルヴァルト=ホーエンシュタイン大公、カール・マクシミリアン大公殿下とシルベルヴァルト=ホーエンシュタイン大公妃、アマーリエ大公妃殿下の次男としてシルベルヴァルト帝国、ホーエンシュタイン大公領にて御誕生なさられました。生まれた時の皇位継承権は父君、兄君、並びに兄君のお子様に次いで四位でございました。皇帝陛下にはお子がおらず、このままだとホーエンシュタイン大公家に皇位が移ることは確実視されていましたが、次男であられました大公殿下には関係がなきことでした。
大公殿下も一歳を迎えられるなまでは、御両親と兄君家族に溺愛され、お幸せな日々をお過ごしであったと思います。私自身も、生後一ヶ月の頃からお仕えしていますが、病弱でありながらもよく笑い、とても可愛らしい大公殿下でした。
しかし、大公殿下が一歳になり、直ぐに悲劇が起きました。大公殿下の御両親にあたるホーエンシュタイン大公夫妻が帝都に行く途中の馬車の事故で、亡くなられました。これには暗殺説など様々ありますが、大公殿下は幼さのあまりによく覚えてはいなかったと思います。
御両親の死により、兄君がホーエンシュタイン大公領と大公位を継がれました。皇帝陛下は、慣例に従い、大公殿下に従来のシルベルヴァルト大公の称号だけでなく、ヴァルデンブルク大公の称号をお与えになり、大公殿下は以後、御家族と引き離され、ヴァルデンブルク大公領にて暮らすことになりました。
私も勿論随行させていただきましたが、大公殿下に随行したのはごく近いお方々のみで、主な家臣はホーエンシュタイン大公家に引き続き使える事と相成りました。
ヴァルデンブルク大公領は今まで皇帝陛下が直轄領として治めておいでであった為、代官組織がひかれていまして、その代官組織は全員、カール・フェルディナンド大公殿下へと引き継がれました。
私たちは大公殿下に対して一歩引いて、お仕えもうしていました。皇族の方々は私共、臣下にとっては崇高なる存在です。絶対に対等な立場で話すなどの事はなく、何か、やるべきでなき事を行なわれた場合もお諌めするだけにございました。
幸い、大公殿下は聡明なお方で、陳言には直ぐに聞き入れてくださり、優秀に育てられました。更に、二歳になられる頃には、既に皇族としての教育が始まり、感情なども表に出さずに常に無表情を保たれるようになりました。
あまりにも感情を隠しすぎたのでしょうか。大公殿下は感情を失われ、常に無になられました。為政者としては優秀であられましたが、人間としては、完璧で壊れてしまわれました。
そんな中、浮かび上がったのが、橘明王国王太子との縁談話です。年齢の差はとても大きかったですが、皇帝陛下は受けることに決められました。橘明王国との友好はシルベルヴァルト帝国にとってすごく重要というわけではありませんでしたが、友好関係を結んで悪い事はないと皇帝陛下は考えられたそうです。
一年程の婚約期間の後に、大公殿下は、ヴァルデンブルク大公領を離れ、橘明王国へと下向されました。我々、一部の家臣団もお供をしましたが、多くの幼い頃から仕えてきた者が離れる上に、異文化の地で不安が一杯であられたでしょう。とはいえ、大公殿下は御聡明であらされたので、婚約期間中に、橘明語を勉強され、日常会話は話せるようになっておいでであられました。
しかし、そこで手違いが発生しました。皇帝陛下は橘明王国から婚姻を申し込んできましたし、大公殿下も皇族の一員。当然、立場は正室だと認識していましたし、実際に事前の取り決めでは、こちらの宗教に従い、一夫一妻制とするとの取り決めになっていました。両国の元首の署名もあり、約束されたものでした。更に、シルベルヴァルト帝国が、多額の結納金と、援助をする約束になっていました。
下向し、橘明王国に着いた直後に国王陛下が亡くなり、現在の陛下に代替わりされましたが、正式に国家間で交わられた約束は依然として有効であり、何も問題はありませんでした。喪が開けた後に、約束通り婚姻を結ぶと考えられていました。実際に、大公殿下の居住の為の、建物が王宮に建てられるなど、既に準備は進んでいました。
喪も明け、もう少しで婚姻を結ぶという際にです、橘明王国の大臣方が、突如として側室候補達を、後宮に入れ、国王陛下に差し出しました。その報を聞いた皇帝陛下は勿論激怒なされ、婚姻の取りやめを求めた上で、約束を破ったとして慰謝料の請求をしました。更に、今まで行った援助の返金を求めました。しかし、大臣の方々は、それを断ったどころか、大公殿下を攫い、後宮に入れました。そして、大公殿下を人質とした上で要求を繰り返しました。
皇帝陛下はそれを断り続けました。それどころか橘明王国に攻め入ることも考えました。しかし、大公殿下の待遇は悪化するばかりで、病弱な殿下は瀕死の状態まで追い込まれました。大臣達も慌てたのか待遇を少しは、良くしましたが、扱いは依然として他国の皇族に対する者ではなかったです。
その間に大臣達により、大公殿下では無い者が国王陛下の正室に立てられました。この事で、皇帝陛下の怒りは頂点に達していました。実際に戦争を始めようとされました。しかし周りに敵を抱えている状況での戦役はかなり難しく、事態は膠着しました。
それから一月後、国王陛下が、大臣の方々を罷免し、極刑に処した事で、大公殿下は助け出され、私どももお側に仕える事ができるようになりましたが、この事は殿下にとってトラウマになってのでしょう。偽りの笑顔もなくなり、完全に心を閉ざされるようになりました。
更に酷いのはこの国の制度です。この国の制度では一度後宮に入ると外には出れないという決まりな為、帰国ができない状況になりました。その制度のため、大公殿下は、皇族というこの世界で最も高貴な身分であられながら、側室として後宮に入ることになりました。本来の約束とはかけ離れて、不遇すぎる扱いでした。
それを聞いた皇帝陛下は、大公殿下に対してのみ、援助をなされました。しかし、再び大臣方が勝手に取っていきました。皇帝陛下もこの事は耳に入れておいでです。激怒されていますが、大公殿下の為と耐え忍んでおいででした。大公殿下がいる以上、下手に攻め入るわけにはいかないという事情がありました。
そこで今回の事件です。恐らく、皇帝陛下は、国交の断絶を宣言されるでしょう。六年前と今は状況が違います。皇帝陛下は先の選択を大変後悔されていますし、大公殿下の兄君にあたる皇太子殿下が権力を持ち始めています。現在の帝国軍の総大将は皇太子殿下、報復は大変きついものになりましょう。恐らく、六年前から与えた金額の全額返還の上で、更に金額を要求するでしょう。
この国が独立を維持できるかは、国王陛下の手腕次第でしょう。手腕によっては、王族は、大公殿下の御嫡子であり、大公殿下亡き後を継がれたカール・レオポルド大公殿下を除き、全員皆殺しをなさられるでしょう。シルベルヴァルト帝国皇族の恨みはそれだけ大きいです。御自身の国で起きたことですし、御覚悟なさられなさいませ。私からは以上にございます」
「そうか。話してくれてありがとう。そのような事があったなど知らなかった。今直ぐに過去の書類をあさり、約束の書類を見つけてきてくれ」
「はっ」
フェルの人生は思っていたよりも断然壮絶だった。そしてその老中達の行いに、俺は失望を隠せなかった。老中達は、国際問題を作っていたのだ。俺の最愛である太郎に会えたのは老中達のお陰であり、他の側室にも会えなかったが、まさか他国との約束を破っていたとは思えなかった。それどころかフェルが他国の皇族だとは知らなかった。シルベルヴァルト帝国の人間だというのはわかっていたが、豊かな商人かなんかだと思っていたが、まさかシルベルヴァルト帝国の皇族だとは。シルベルヴァルト帝国は世界最大の帝国で、まともに戦って勝てるはずがない。何も知らなかったと言っても信用は無いだろうし、対応策を至急に協議する必要があるだろう。
そして、自殺の原因を知りたいが為、俺は、フェルの行動を思い出してみた。確かに、フェルは、他の側室とも正室とも距離を取り、俺でさえ、距離を少し取っていたように感じた。それに一度たりとも笑わず、常に人生に絶望していたように見えた。もう何もかも諦めていたのだろう。
更に、俺の寵愛を得たいと望んでいるようには見えなかった。それよりもここを早く離れたがっているように見えた。しかし、俺が全員、対等に愛すと決めた以上、フェルの所にも通った。十五歳になるまでは、普通に遊んだだけだが、十五歳になってからは、もっと色々やった。
俺が、フェルに初めて会った時、フェルは、俺に対して、臣下の礼を取らずに、椅子を動かなかった。それもシルベルヴァルト帝国の皇族だと考えると納得だ。
名前を聞いた時も、すごく長かった。橘明王国は長い間鎖国していた影響もあって、俺はあまり異国のことを知らないが、もしかしたら、皇族はすごく長い名前を持つ者なのかもしれない。我が国で平民は苗字を持てないように。
フェルとの思い出を考えると他にもおかしいことは何個もあった。フェルの周りだけ、異常に警備が厳しくて、中の人を外に絶対に出さないようにしているように見えた。不本意で誘拐も同然なのにも関わらず、フェルの実家が援助をしてくれていて、俺らはそれに依存していたと思うと確かに逃げてほしくないから理解できる。
更に、豊千代に対してもフェルは異常に冷たかった。何かを買い与えることもなく、無関心で乳母や側近達に養育を任せていた。俺は可愛がっていたが、他の夫達と行っている行動が全然違った。異文化から来た為だと思っていたが、話を聞くと周りの環境なのだろう。
真実を知った以上、下手なことは出来ない。場合によっては帝国に直接出向いて、皇帝に土下座する必要があるかもしない。我が国の国力では簡単に滅ぼされる。それに、豊千代の養育権も含めて全て帝国の要望を呑む必要があるだろう。せめて、この国内で育ててほしいが。
それに恐らく、相手は豊千代を後継ぎにと望むだろう。竹千代は長男で、正室の子供だった為、俺の跡継ぎの座をほぼ保証されていたが、弟で、末っ子の豊千代が跡を継がないといけない状況に全てが変わった。それどころか離縁させられて継承権を奪われる可能性まであるほどだ。もしあの話が本当なのであればだが。まあ嘘の可能性は低いと思うが。
「上様、申しつけられましたものを持ってきました」
側近からもらった紙には二つの言語で、条約が書いてあった。それは俺とシルベルヴァルト帝国、ヴァルデンブルク大公、カール・フェルディナンド大公の結婚に伴う合意であった。
そこには、年間予算の五倍程の結納金、この国の年間予算の半分は最低でも払えるだけの援助金など多額のお金が書いてあった。これを全て返すとしたら、国をあげても難しいほどの大金だった。俺は政治にあまり関わっていなかった為、知らなかったが、これほどの返済を迫られたら経済的に、大変なことになる事は明らかだった。
更に、言われた通りに、俺が一夫一妻制を用いること、橘明王国の統治者として将来は共同国王になる事、継承権はカール・フェルディナンド大公の子孫にしか与えないことなどが書いてあった。
これを見ると、俺らは凄い量の条約を破っていることになった。援助金の他にも色々優遇される約束だったようで、これを壊す大臣達の考えはわからなかった。絶対に報復されるはずなのに。
恐らく、外国の力を追い出し、自分の息のかかった相手の子供とかを跡継ぎにしたいのだろうが、国際問題になる事をもっと考えてほしいと願うばかりだった。確かにシルベルヴァルト帝国の血が入った子供を後継ぎにすると内政干渉は避けられないだろう。しかし、我が国の力はそれだけ弱いわけだし、内政干渉があったとしても国として独立を許されている状況の方が重要だとしか思えなかった。
「上様、シルベルヴァルト帝国の大使が謁見を申し出ています」
「速やかに通せ。直ぐに会う」
そのまま、直ぐに大奥を出て、表で、シルベルヴァルト帝国の大使と接見した。
「橘明王国国王陛下、今日は突然の面会要請受けていただきありがたく存じます。シルベルヴァルト=ヴァルデンブルク大公、カール・フェルディナンド大公殿下の死に際して、話があります。大公殿下の死は自死と小耳に挟みました。
帝国の姿勢としてはこれを断じて許すことはできませぬ。先ずはシルベルヴァルト=ヴァルデンブルク大公殿下の遺体を即座に引き渡して頂きたい。それに加え、ヴァルデンブルク公世子でありシルヴェルヴァルト大公、カール・レオポルド大公殿下をこちらに頂きたい。以後は私どもで教育をさせて頂きます。それ以外の話は皇帝陛下からの使者が来てから決めさせていただきたい。ただ、覚えてください。我々は貴国を信用していないという事だけは。これを拒絶したら、無理矢理でも行い、この国は火の海にでも包まれしょう」
「わかった。要求を認める。しかし準備というものがあるゆえ明日ではどうだ?」
「それは認められませぬ。一刻も早くお引き渡しを願いもうしあげます!帝国の軍事力を舐めないで頂きたい」
「わかった。松原侍従、豊千代をこちらへ。身支度などもさせて連れて参れ」
「はっ」
俺には果たして、息子を人質に出して、自分の国の保身に動くのが母として正しいことなのかはわからなかったが、国を守るためには諦めるしかなかった。国王は公人として国を守る必要があるのだから。まあこれでも国は危機のママなんだけど。どうやらフェルのお兄さんなどは次期皇帝だそうだし、報復をなるべく抑え込めるといいが。
「上様、豊千代君を御連れいたしました」
「入れ」
「上様におかれましてはご機嫌麗しゅうございます。豊千代、及びと聞き参上いたしました」
「シルベルヴァルト大公殿下!亡き大公殿下に瓜二つで、私は泣きそうでございます」
「バンデブルク侯爵......」
「豊千代、そなたは今日から城を出、シルベルヴァルト大使邸に住んでもらう事になった。母の責任だ。すまない」
「わかりました。身支度を整えるべく一旦退出しても?」
「大使殿が良いのならばもちろんだが」
「大公殿下がお望みなのならば、もちろんにございます」
豊千代が一旦退出し、戻ってきたら、そのまま帝国の大使殿に連れられ、豊千代はお城を退出して行った。なんとかフェルの遺体引き渡しには、猶予を1日だけいただけたがそれだけだった。明日、大使殿が、城にやってきて受け取るそうだ。葬儀もやらせないということを示しているようで辛かったがあの話を聞いた後には我慢するしかなかった。
翌日、俺はフェルの遺体引き渡しを行った。そして、大使殿に非常に脅された。皇帝陛下や皇太子殿下が何をなさるかは予測できないと。しかし、俺の強力に免じて、俺に対して非道なことはしないように請願だけしておくと。少しでも良い方向に進ませる必要があるが、そもそも政治能力が高くない俺にはきつかった。しかし頑張るしかないとベストを尽くすしか方法がなかった。
その後の交渉は難航した。帝国政府は我々に今までの援助の全額返還、賠償金、さらには私の退位と豊千代の即位を求めてきた。そして、竹千代を始めとする他の子ども、さらに夫達は全員処刑をする事を要求した。賠償金に関しては、私自身やこの国の上層部が働いて返すことを要求した。国庫からは、一切出すなとの要求だ。一応豊千代が継ぐことになる地位だから帝国政府もそこは配慮したようだった。しかし現実的に返すのがほとんど不可能な額であることは変わりなく、そこは、罷免された老中達が、奴隷として売られるなどの上、その子孫や一族も永遠に背負うことにされた。
他の側室や子供達の処刑は懇願した結果、免れることができたが、俺と離されることは変わらず、酷使されることが決定した。国の存続までは許されたがそれ以外はとても酷い結果となった。しかし、これに不満を持った一部の連中が反乱を起こし、王国は混乱に落ちることになった。その結果、王国は完全な内線状態になったが、帝国軍の介入によりそれは終了した。しかし、反乱軍への仕打ちは異常とも言えるもので、俺はこののちに恐怖を感じた。
退位後に心配は現実となり、俺は死ぬまで酷使されて死んだ。しかし王国は豊千代改元服した基晴の元、、シルベルヴァルト=ヴァルデンブルク=キツメイ王国として、実質的にはシルベルヴァルト帝国の属国という立場のもと存続をした。
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