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離島に引っ越してきた俺が島の因習を知らずに可愛い女子に声をかけたら仲良くなって最終的に恋人になる話

書く短編の文字数がだんだん多くなっていっている気がする



 東京から新幹線や在来線を乗り継ぎ数時間。

 さらに港から船に乗って6時間。

 そしてたどり着いた島からさらに船に乗ってさらに数時間。

 およそ半日近くを使って俺はとある田舎の島へと来ていた。


 目的は観光。

 ではなく引っ越しだ。


 父親の仕事の都合で太平洋沿いのとある島へと引っ越してきた。

 そこは漁業が盛んで、そして漁業以外は何も盛んではないという。


 なぜこんなところに引っ越してきたんだ父よ。

 まあ別にかまわないけども。


 ちなみに、母は仕事の都合でエジプトに出張している。

 エジプトか離島かの究極の二択の末、俺は離島を選んだ。

 いやまあ、だってエジプトよ?

 言語も文化も通じない日本と全く異なる国に比べたら、田舎でも日本の方がいい。



 今は四月八日。

 四月十日から島の高校に通うことになっている。


 さすがに高校もないほど過疎化が進んでいるわけではないが、しかし高校も1学年にクラスは1つしかないとか。


 なんならクラスメイトも男女合わせて20人以下なのだ。

 若者が少ないことがよくわかるね。

 それとも離島にしては多いのだろうか。


 島の港から俺と父が住む予定である家までは少し歩く。


 電車はもちろんバスもない。

 公共交通機関なんてあるわけないからな。


 まあ小さい島なので別に苦ではない。

 港から家まで数キロほどだし。

 これくらいは歩くだけの体力はある。



「のどかだ」



 晴れ渡る空。

 心地いい波の音。

 鳥の鳴き声が響く。


 のどかな田舎という言葉がまさに当てはまる島だ。


 これで田んぼでもあれば完璧だが、まあ小さい離島にそんなものはない。

 一次産業はほぼ100%漁業だからな。


 そんなのどかな風景の中。

 住宅地に差し掛かったところだった。



「……」


 

 たぶん同世代くらいの女の子がそこにいた。

 買い物袋を提げている。


 年齢は高校生くらいだろうか。

 可愛い子だった。


 黒くて長い髪。

 白い肌。

 整った顔立ち。

 そして服の上からでもわかるくらいの大きい胸。


 めっちゃ好みだった。

 特に胸。


「こんにちはー」


 ひとまず挨拶をする。

 港にいた漁業関係者を覗けば島の住人とのファーストコミュニケーション。

 大事にせねばな。可愛いし。


「……こんにちは」


 ぼそり、と少女は呟いた。


「観光ですか? こんな何もない島に」


「いえ、違いますよ。引っ越しです」


「この島に?」


「ええ。今日からここに住む予定なんですよ。父の仕事の関係で」


「何の仕事をしているんですか?」


「医者をやっているんです。診療所の人手が足りなくなるってことなので、父が派遣されたらしいんですが」


「ああ、診療所……。そういえば、あの人ももう年でしたね」


 あの人、というのは前任者のことだろう。

 父の言うことには70を超えているらしいからなあ。

 さすがにもう働けない年齢だ。


「家の場所はわかりますか? 始めて来たならわからないですよね?」


「大丈夫ですよ。スマホのアプリで調べます」


「え?」


 住所は聞いてある。

 スマホの地図アプリで位置を確認しようとして。


「あれ?」


 しかしアプリは白い画面を写してうごかなかった。

 電波を見るとスマホは圏外である。


「それ、スマホですか?」


「あ、はい。なんか圏外になってまして」


「島はどこも圏外ですよ」


「え」


「この島では携帯は全て圏外なんです。電話もネット回線も。どこに行っても使えませんよ」


「ラインとか、SNSとかは?」


「もちろんありません」


「じゃあ外部との連絡はどうやってしてるんですか?」


「村長の家か公民館には固定電話があります。外部との連絡はそこで。それ以外は手紙でだします」


 昭和?

 この島だけ昭和なの?

 時の流れが止まっているの?

 

 父よ。

 新しい我が家は思っていたより田舎にあるのかもしれん。


 エジプトは言語も文化も通じないが、この島はスマホが通じない。



「どうしてもスマホを使いたい時は、船で島を出て本土に行けば使えますよ」


「今の時代、よくそれで大丈夫ですね」


「田舎ですから。外の世界とつながりのない、閉鎖的な場所」


 ぼそりと呟いた言葉はきちんと聞こえている。

 どうやら不満は相応にあるようだな。

 現代でネットも電話もまともに使いない島は若者にとっては不満は多いだろう。


「その場所ならここをこういけばつきます」


 住所を告げると、少女は道を教えてくれる。


「ありがとうございます。えっと……」


「蒼神渚です」


「蒼神さんですね。俺は佐野龍一っていいます。ここの島に住んでるんですよね。高校生ですか?」


「はい、春から高校生になります」


 お、まさかの同級生とは。

 年上かと思ってたぜ。胸のサイズ的に。


「あ、そうですか? 俺も春から高校生なんですよ」


「そう、なんですか。大人びてますから年上かと思っていました」


「ため口でいいよ。俺もそうするから」


「わかり――、わかった」


「じゃあ、4月に学校で」






 そして、数日が過ぎ四月十日。

 初の登校日だ。

 というより、入学式だ。


 島の学校は小中高と隣に建っている。

 何ならグラウンドも体育館も小中高と同じものを使うらしい。


 始業式・終業式は小中高と同じタイミングで行う。

 入学式と卒業式は別の日に行うらしいけど。


 そして入学式の今日。

 体育館の壇上で校長に新しい島民として紹介された。

 入学式なのに転校生みたいな扱いだ。

 

 ただでさえ人の出入りの少ない島だ。

 若者が入ってくることなどまれで、学校は出ていく人も入ってくる人もほぼいない。

 クラスメイトが増えることなどほぼないことなのだろう。

 転校生扱いも納得だ。


 入学式を終え、教室に入った俺は教室の前で軽く自己紹介を行う。

 

 クラスメイトは十六人。

 自己紹介の間に数えられる人数。さすが田舎だ。


 そして案の定、十六人のうちの一人に蒼神さんを発見できた。

 同学年だからね。そりゃ当たり前である。


 相変わらず美人だ。

 東京でもこれだけの美人は見たことがない。

 学年……いや、学校中を探してもこれほどの美人はいなかった。

 テレビに映る類の美しさだろう、彼女は。


 俺の自己紹介の後は、ホームルームを行った後に帰宅となった。

 入学式の日に授業が行われないのは都会も田舎も変わらないらしい。


「なあ佐野。一緒に帰って飯くわね? 東京の話聞かせてくれよ」


 ホームルーム終了後にクラスメイトの一人に昼食を誘われた。

 高野という生徒で、陽気なムードメーカーという感じである。


「いいけど、どこで食べるの?」


 東京と違ってこの島にはファミレスなどないことはこの数日で確認済だ。

 飲食店は大抵個人経営の居酒屋。


「島の中心に定食屋があんだよ。そこ行こうぜ」


「なになに、佐野君とあそこ行くの?」

「俺も行く」

「あ、私もー」

「よし、じゃーみんなで行くか!」


 高野君の一声と共に、クラスメイトは各々鞄をもって廊下に出る。


 どうやら全員行くみたいだ。

 もうクラス会だなこれ。

 でもこれを機会に親睦を深めるのも悪くない。



「ん?」


 しかし、クラスメイトの中で教室に1人だけ残っている者がいた。

 蒼神さんだ。

 

 行かないつもりだろうか?

 これは誘った方がいいよな? 

 いやクラスメイトで行く空気になってるんだから誘わない方がおかしいだろう。


 そう。これは俺が個人的に仲良くしたいからとかではなく、クラスの和の問題……!

 決して可愛い女子と仲良くしたいとか、そんな不純な動機じゃないんだからね!


「ねえ、蒼神さん。これからクラス皆でお昼に行くんだけど、蒼神さんも一緒に行く?」






「おい、佐野!」





 急に声を荒げて、廊下にいた高野君が俺の名前を呼んだ。


「なにしてんだよ、おい」


 先ほどまでと違い、声は低く語気は強い。

 怒っている……というより、焦っているような感じだった。

 

 なんで焦っているんだよ。別に定食屋は逃げないだろ。

 そんなに待ち遠しいわけでもなかろうに。


「え、ああ待たせてごめん。すぐ行くよ」


「そういうことじゃ……、ああもう、行くぞ!」


 高野君は俺の腕を掴み、強引に廊下へ連れて行こうとする。

 腕を掴む力が強く、少し痛い。

 まるでここから急いで離れたいかのような行動。

 さすがにこれは不審なものを感じる。


 どうしたんだよ急に。

 さっきまで楽しくやっていたじゃないか。

 


「蒼神さん。それでどうかな?」


「おい佐野。お前マジでいい加減に……!」


「佐野君。私は遠慮しておくわ」


 蒼神さんはにっこりと俺に向けてほほ笑んだ。


「だから行ってきて。佐野君」


「あ、ああ。わかった」


「おいもういいだろ。いくぞ」


 さっきよりもさらに強い力で高野君は引っ張る。

 廊下には既にクラスメイトはおらず、校舎の外に出ていた。


「なあ、どうしたんだよさっきから。蒼神さんがなにか――」


「なんであの女の名前知ってんだ?」


 俺の言葉を遮り、質問をしてくる。


「自己紹介なんてしてないだろ。それに、今日はだれもあの女の名前を呼んでなかったはずだ」


「一昨日道で会って、その時に名前を聞いたんだよ」


「………………そうか」


 こちらから目を背け、ようやく腕を離す高野君。


「なあ佐野」


「さっきからなんかやばい雰囲気だけど、蒼神さんとなにかあったの?」


「何もねえよ。まだ」


 まだ?

 彼の言葉に引っかかりを覚える。


 これから何かやらかすのか?

 いやいや、これからってなんだよ。



 高野君は振り返る。

 その顔は強張っており、尋常ではない様相だ。

 

 ただの喧嘩とかクラス間でのいじめとか、そういう様子ではない。

 もっと何か必死で……ともすれば恐れているような。



「忠告しておくぞ。あの女には近づかない方がいい」


「近づくなって……無理だろ。クラスメイトだぞ?」


「それでもだ。会話するなら必要最低限にしとけ。関わりなんて持とうとすんなよ。島に来たばっかのお前はよくわかってないかもしんねえけど、ありゃ関わっちゃいけないんだ。いいか? 島で無事に過ごしたいならあの女には近づくな。出来るだけ話しかけるな、関係を持つな」


 最後に念押しするように、高野君は言う。

 



「絶対にアイツには近づくなよ。お前のために言っているんだからな」





 変な空気になってしまったけど、その後は穏やかなものだった。

 みんなで定食屋に行って和やかに昼食をとっている。


 漁業が盛んな島というだけあって、さすが海鮮は安くて美味しい。

 東京に住んでた頃に食べたどの海鮮丼より美味しかった。

 おまけに量もある。


 今後三年はこの島で暮らすのだろうが、少なくとも食事に関しては不満はでないだろうな。

 

 不満があるとすれば。

 というより、不安があるとすれば。

 蒼神さんを明らかに避けているクラスメイトたちだ。


 彼らは先ほどの教室での一件を知っている。 

 少しの間ぎこちなかったが、彼らはすぐに元気を取り戻していた。

 

 それは若者特有の切り替えの早さというには少しいびつだ。

 あの一件の直後に、彼らがいつも通りといった風に食事に舌鼓をうっていること。

 そして誰も先ほどの件を聞きに来ないこと。


 それらが不審で、気持ち悪い。


 普通聞くだろ。

 ちょっとした騒ぎがあったんだから。


 社会人なら揉め事があっても気を使っていつも通りに接することはあるかもしれないが。 

 高校生がクラスメイト同士でひと悶着あったのなら、それが心配でも好奇心でも一言なにがあったのかききにくるものだ。


 それがない。


 それは気を使っているという様子でもない。

 なんというか……触らぬ神に祟りなしとか、なかったことにしているように感じる。


 めちゃくちゃ気持ち悪い。


 なんなんだ?

 いったい。


 俺だけが何も知らないのか?

 俺だけがわかっていないのか?


 彼らは何を知っている?

 何を恐れている?


 蒼神さんが何をしたんだ? 

 まだ何もしていないと高野君は言っていたが、どういう意味だ?


 ここにくる道すがら、高野君に尋ねてみたけどはぐらかされた。

 他のクラスメイト何人かにもきいたが、なにも言わなかったかすぐ別の話題に切り替えた。



 高野君の謎の言葉。

 クラスメイトの不審な行動。

 頭の中には疑問だらけだ。 



 定食屋での食事は美味しかったが、しかし楽しくはなかった。







 昼食後には解散となった。

 高野君たちは遊びに誘ってくれたが、正直そんな気分じゃない。


 家に帰るか?

 いや、それはそれで落ち着かない。


 散歩がてら島を回ってみる。

 少し運動でもすれば気分も落ち着くさ。

 電車や車に囲まれてきた都会育ちの現代っ子には軽い散歩でも立派な運動です。


 島内を歩いていると、制服姿の女子が見えた。

 蒼神さんだ。


「やあ」


「……こんにちは」


「さっきぶりだね。いま帰り?」


「うん。港でお金をおろしてたの」


「港で?」


「あ、そうか。知らなかったね。うちの島は銀行はあるんだけど港の近くにしかないの」


 携帯の電波も通ってないところだが、さすがに銀行はあるらしい。


「なんで港の近くに」


「さあ。本土から来たお金を運ぶのが手間なんじゃないかな」


 はあ、とため息をつく。


「おかげでいちいち港の方まで行かなきゃいけないから。こっちは面倒だけどね」


 まあないよりはマシだけど、と蒼神さんは付け足す。


「蒼神さんはこれからお昼?」


「うん。家でなにか作る予定」


「作るの? 自分で?」


「うん」


「すごいね。自炊できるんだ」


「うん。うちの家、私しかいないから……」


 私しかいない。

 その言葉に、「親はいないの?」という疑問が浮かび上がったが、さすがにぶしつけにそれを尋ねられるほどの仲ではないだろう。

 クラスメイトだが、会って二回目。

 互いの家族関係(しかもなんか重そうな事情)を言うほどの仲ではない。


 ここは聞き流すことにする。


「自炊か。じゃあスーパーでなにか買うの?」


「この島にスーパーなんてないよ」


 あ、スーパーもないんだね。

 さすがだね。


「え? じゃあお米とか肉とかどこで買うの?」


「商店街があるからそこで買うの。そこで売ってないものは船で――」


「船で届けてくれるのか」


「ううん。船で本土に行って買いに行く」


「もしかして通販とかない?」


「ネット環境も電波もないんだよ? あるわけないじゃん」


「そらそうだ……!」


 アマゾンも楽天もないよなさすがに。

 ここは本当に日本か?


「商店街に買い物行くんでしょ? 付き合うよ」


「いいの?」


 蒼神さんは目をぱちくりさせてこちらを見る。


「もちろん。俺もお菓子買いたいし」


「本土と違って品揃えわるいよ」


「まあ、あるもので我慢するさ。最悪ポテチとコーラがあれば。あ、ポテチはあるよな?」


「ふふ。さすがにそれはあるよ」


 会話をしながら、蒼神さんと一緒に商店街に行く。

 それは、さっき高野君たちと定食屋に行ったときよりもずっと楽しい時間だった。

 

 商店街では蒼神さんは野菜や魚を買っていく。

 狭い店に何人も入ると邪魔になるから、彼女が買っている間は外で待っていた。


「…………」


 やけに、視線を感じる。


 視線の方へ目を向けると、向かいの店の主人や隣の店の主人、買い物をしているであろう主婦までがこちらを見ている。

 無言で。


 目が合うと慌てて目を逸らして別の作業をするか去っていった。


 やっぱりよそ者が珍しいのだろうか。

 しかし声でもかけてくれればいいのに。 

 無言でじっと見つめるのは勘弁してほしいな。

 気分は良くない。


 それに、俺たちが来る前まで客引きに声を出していた周囲の店主が一斉に無言になった。

 ちらほら聞こえてくる遠くの店の客引きの声が聞こえてくる。


 沈黙が痛い。

 辛い空気だ。


 なんで黙るの?

 なんでじっと見るの?

 俺が東京から来たよそ者だから?

 そんなによそ者に厳しい田舎なの?


 蒼神さんの方を見る。

 彼女は店員にお金を出していた。

 その店主は俺たちが来るまでは声を張り上げていたのに、俺たちが来たとたんに黙りこくった。

 蒼神さんのことを見もせず、下を見ながら「四百円です」と告げている。


 彼女がお金を支払うと、何も言わずにレジにお金を入れていた。



 ありがとうございました、くらい言えよ。

 そう思った俺がおかしいのだろうか?



「今日はあの店か。可哀そうに」

「なんで来るんだろうねぇ」

「しっ聞こえるよ。何されるかわからないんだから」

「ほんとに恐ろしい」



 周りが静かだからか、小さい話声もかすかに聞こえてくる。



 あんまり明るい田舎ではないらしいな。


 ちょっとイメージと違った。

 親父はいいところだって言ってたんだけどな。






 翌日から、高校で授業が始まった。


 授業自体は普通である。

 まあ、勉強の範囲なんて都会も田舎も離島も変わらないだろう。


 昼休み、学食なんてものはないのでみんな弁当を持ってきていた。

 もちろん蒼神さんも。


「佐野。一緒に食おうぜ」


「いや、ごめん。別の人と食べるよ」


「はあ? 誰と――?」


「蒼神さん。一緒に食べない?」


 俺は弁当箱を取り出している蒼神さんに声をかけた。


「ばっ――、佐野!」


 蒼神さんは、ちらりと高野君や他のクラスメイトを見る。


「私はいいけど。佐野君はいいの?」


「いいよ、もちろん」


「……そう。ならいいよ。でもここはちょっと食べにくいから、上に行こう? 私、かぎ持ってるから屋上に行けるの」


「うん。行こうか」





 放課後。

 俺は商店街の方に来ていた。

 正直気はあんまり進まなかったけど、ノートが足りないから文房具を買う必要があった。


 俺が商店街に行くと、この間みたいに呼び込みの声が――


「いらっしゃい!」

「今日はアジが安いよ!」

「キャベツ買ってって!」


 聞こえるな。


 あれ?

 なんでだ?


 じゃあこの間のはいったい?


「もしかして、この間のって」




「おい」


 後ろから誰かに声をかけられる。

 振り向くと、そこには何人かのおっさんがいた。



「誰ですか?」



「俺たちは町内会のもんだ」


「お前か。東京から来たっていうのは」


「新しく来た先生の息子らしいな」


 先生、というのは親父のことでいいだろう。



「ええ、まあ」


 横柄な口ぶり。

 いきなり態度悪いな……。

 愛想よくしろとは言わないけど、初対面の人にもうちょっとまともに接せすることができないのだろうか。


「佐野先生にはこれから世話になる。東京からわざわざ島に来てくださった立派な方だし、付き合いもいい。だから佐野先生とも、その息子さんともいい付き合いをしたいと思ってる」


「それは、まあ、俺もそうですよ」


「だから忠告しておいてやる。あの家の女には手を出すな」


「あの家の女って誰ですか?」


 なんとなく想像はつくけれど。


「蒼神の家だよ」


 おっさんの口から出た言葉。

 その答えは想像通りであった。

 やはり蒼神さんか。


「いやです」


「なに!?」


「嫌だと言ったんですよ。昨日からいったい何なんですか。みんなして彼女に関わるなって」


「黙れ! 関わっちゃいけんもんがあるんだ! よそもののお前にはわからんか!」


「……なんなんだいったい。理由も言わずに」


「なんじゃ、その反抗的な態度」

「これだからよそ者は」

「どうせ色香に惑わされておるんだろう」

「ふん、見た目だけはいいからな」

「あの家の女の恐ろしさも知らずに」


「いいか、先生の息子だからわざわざ忠告してやるんだ。理由なんて知らなくても、言うことをきいておけ。お前のためにいっているんだ」




「お前も呪われたくはないだろう」




 その言葉を最後に、彼らは去って行った。






 次の日、高校に行くと教室には誰もいなかった。


「……なぜ?」



 投稿時間を間違えたか?

 そう思い教室の時計を見る。

 時計の示す時間は8時。ホームルームの時間だ。 


 今日は休日じゃないよな。

 島特有の休日か?


 もしかして実は朝礼があって体育館に行っている?

 いや机に鞄すらないからそれも違うか。



「今日は休校よ」


「うわっ」


 後ろから話しかけられ、驚きのあまり体をびくんと反応させた。



「驚きすぎじゃないかしら?」


 振り向くと、こちらをみて笑う蒼神さんがいた。


「おはよう蒼神さん」


 あまり驚かせないで欲しい。


「休校って本当?」


「ええ。島じゃ4月12日は学校は休みなの」


「え? なんで?」


 12日はなんかの祝日だったろうか。

 いや、中学まで休みなんかなかったぞ。


「創立記念日とか?」


「いいえ。生贄の日よ」


「生贄って……」


 蒼神さんの発した生贄という言葉。

 おだやかじゃない響きだ。


「島の他の人は祀りの日って呼んでるわ」


 こう書くの、と黒板にチョークで『祀りの日』と書く。


 祀り。

 確か、神様に祈るとか捧げものをするとかそういう意味だよな。

 この地方……というよりこの島特有の祝日なんだろう。


「やっぱり誰も説明してなかったの?」


「ああ。何も聞いてない」


「そう。この島に来た佐野君がしらないのも無理ないわ。それにしても、クラスの人たちはともかく先生まで何も言ってないなんて。あの先生、ほんとに仕事しないんだから。あきれたものね……」


「蒼神さんはなんで教室に? 俺と違って今日が祝日だって知ってたんでしょ」


「知っていたわ。でも、もしかしたら何もしらない佐野君が教室に来て困っているんじゃないかなって」


「俺のためにそんな……」


「予想はあたったでしょ」


 ふふん、と得意げになる蒼神さん。


「それに、少し話したいこともあるから」


 蒼神さんが、こちらに近づいてくる。


「ねえ佐野君。島に来てから、いろいろと納得いっていないことってあるでしょ?」


「ああ。たくさんあるよ」


「やっぱりね。でも誰も説明してくれない。だからもやもやしている。違うかしら?」


「違わないよ」


「そして、その納得いっていないことは私に関すること」


「……そうだ」


 高野君の蒼神さんに対する不審な言動。

 そして商店街の人たちの行動。

 昨日の町内会の人たちの言葉。

 全部納得いかない。


「この間の商店街のとき、嫌な空気だったでしょう? あれは私のせいなの。私が佐野君と一緒にいたから。村八分――いえ、この場合は島八分かしら」


「やっぱり、避けられている、のか?」


「ええ」


「それは……いじめとか」


「少し違うわね。いえ、いじめと言えばいじめなのだけれど、避けられているだけで別に害があるわけではないわ。無視されているわけでもないし」


 無視されているわけではない。

 ただ、話しかけられないだけ。

 蒼神さんはそう述べる。


「なんでそんな陰湿なことを」


「それはね。私が怖いから」


「は?」


「島の人たちはね、私のことが怖いのよ。それも尋常じゃないくらい怖がっている。関われば死ぬと思っているんじゃないかしら?」


「なんでさ。蒼神さんが昔何かしたのか?」


「私は何もしていないわ。でも、私の御先祖様がしたの」




 蒼神さんが語ったのは、昔の話だ。


 それもかなり昔の話。

 江戸時代のころ。


 江戸時代といえば都会では神仏への信仰も薄れ始め、そういった儀式が形骸化を始める時期ではあったが、しかし田舎ではまだ神に対する信仰は健在だった。 


 天災が神の怒りとされるくらいには。

 それを鎮めるために、生贄が容易されるくらいには。


「祀りの日っていうのはそれが発端なの。4月12日、島の人たちは毎年神様に対して生贄を捧げていた。災害が起こらないように。起こってもすぐに収まるように。毎年一人ずつ、生贄として人を海に沈めていたの。おかしいと思うでしょう? 当時は大まじめにそれが行われていたのよ。口減らしの意味もあったのかもしれないけどね?」

 


 むしろ、それが本来の理由かもしれない。


 江戸時代は飢饉が何度もあった時代だ。

 特にこの島は本州から孤立した場所。

 食料がなくなれば他所から持ってくることも難しい。

 漁業が盛んとはいっても、当時の技術では今のように大量の魚を取ることはできない。

 災害が起きて魚が取れ無くなればなおさらである。

 結果としてどうすることもできず、人を減らしていくしかなかった。


「祀りっていうのは神様に対して祈る行為らしいわ。生贄を差し出していたのだから、祀るというより捧げるとか奉るの方が正確だと思うのだけど、そういうのからは目を背けたかったのかしらね」



 時間が流れ、さすがに毎年生贄を捧げることはなくなった。

 

 しかし一度根付いた風習は簡単には無くならない。

 江戸時代が終わって明治になっても生贄の風習は残った。

 毎年ではなくなったけれど、十年に一度の頻度で。


「その時にね。あるルールができたの。誰を生贄にするのか、その決め方を」


 もちろん誰も生贄になりたくない。

 その時やり玉に挙がったのは――貧乏くじを引かされたのは――当時島にあった神社の一家だった。


 神に身を捧げるのは神職の者がいい。

 神への供物なのだから女がいい。


 破綻した理屈ではあるが大勢の意見に逆らうことはできず、そういう経緯で神社の娘が十年に一度生贄として入水した。

 最初は母で、その後は姉で、その次は妹で。

 何人も何人も死んでいった。

 それにどこまで意味があるのかはわからない。


 しかし生贄に捧げられていくうちに変化はあった。

 神への供物であるはずの彼女たちは、次第に神と同一視されるようになる。

 一族は神聖視されるようになっていった。


 つまりは敬意を払われるようになったのだ。

 あるいは、恐れられるようになった。


 神を恐れているからこそ生贄を捧げてきたのだ。

 神と同一視する存在に恐れを抱くのは必然ともいえる。


「さすがに、昭和になるとその風習もなくなったわ。生贄なんて時代でもなくなったのね。でも、その一族に対する尊敬と恐れは残ったの。そして戦後くらいからその恐れをお金に変えることも思いついたの。彼女たちは自分たちが島民から恐れられていることを利用して、呪術師として生計を立て始めたわ」


 戦後に呪術師として稼業を行い始めた一族は、島内でさらに恐れられた。


「実際に呪術なんてあるわけないけどね。でも恐れられているのは事実だし。恐怖されている存在から呪いをかけたと言われたら、呪術なんてなくても気に病むでしょう。そしてさらに恐れられる。それが呪術師の一族、蒼神家の歴史よ」


「やっぱり、蒼神さんの先祖の話だったんだ」


「ええ。つまり私は呪術師の家系だから恐れられているの」


 はあ、と彼女はため息をつく。


「機嫌を損ねたら呪われる。目をつけられれば呪われる。長く話せば呪われる。関われば呪われる。そう本気で思っているのよ、あの人たち。だからだーれも話しかけてこないし、かかわってこない。バカみたいでしょう? 令和の時代に呪いなんて。あり得るわけないのに」


「今でもその、呪術師をやっているの?」


「ええ、やっているわよ。母はね」


「え、ほんと!?」


 意外だ。

 今の時代に呪術なんておかしいと否定しているのだから、もうそんな稼業は廃業していると思ったのだが。


「結構人気よ。本土の地方テレビに出たり、イベントに出たり。ああ、最近何かの漫画の影響で呪術師が人気だからテレビの出演回数が増えたって喜んでたわ」


「それ呪術師じゃなくてもうタレントじゃない?」


 テレビに出て。

 イベントに出て。

 本職じゃなくていろものタレントのやることだろう。

 やってることが夏のホラー番組に出てくる自称霊能力者だ。


 あと呪術師が出る漫画ってあれのことだよな……。


「ええ、そう! そうなの。呪術師なんかじゃない。呪術師という設定のタレントよ」


 もはや呪術なんて時代ではない。

 タレントとして細々とやっていくのが精一杯。

 そんなものなのだ。


 だけどそんなもののせいで、蒼神さんは今まで村八分にあってきた。


「お母さんも島で大変な目にあっているのかな」


「母は仕事でほとんど本土にいるわ。仕事がなくても本土にいるけど。向こうが楽しいんでしょうね」


「お父さんは?」


「父は島の人じゃないの。昔は島に住んでたらしいけど、もう離婚して本土に戻ったわ。今でも時々あってる」


 蒼神さんは懐からスマホを取り出す。


「何年か前にこれを買ってくれたんだけどね。結局島じゃ使えないし」


「だからスマホを知ってたんだ」


 おかしいと思っていた。

 携帯の電波もネット環境すらないこの島では、スマホを知っている人は少ない。

 実際に高野君に聞いてみたら知らなかったし。

 それなのに彼女はラインやSNSのことまで知っていた。


「こんなもの、島では時計にしかならないわ。ほんと嫌な島」


「島をでる予定はないの?」


「それも考えていたわ」


 蒼神さんが、一歩近づいてくる。


「でも今はいいの。楽しいこともできたから」


「楽しいことってなに?」


「あなたのことよ」


 俺?

 言われた意味が良く理解できず、首をかしげる。


「島ではみんな私を恐れて話しかけてこなかったわ。どこに行っても誰と会っても居場所なんてなかった。私が来ればみんながうつむいて、目を逸らして、私が去ってくれるのを待っている」


 生まれた頃から。

 物心ついたころから彼女はそんな環境だったのだ。


 頼みの両親も島にはいないから誰も助けてはくれない。


「でも、でもね」


 蒼神さんはにっこりと笑顔になって俺のことを見る。


「でもあなたはちがった! はなしかけてくれた! 優しくしてくれた! とっても嬉しかった……!」


 うっとりとして、俺の顔をじぃっと見ながら手をとってきた。


「ねえ、佐野君。私、あなたのことが好きみたい」


「もっと話したい」


「抱き着いていたい」


「デートもしたい」


「家に行きたい」


「いまよりずっと仲良くなりたい」


「恋人になりたい」




「……だめ?」




 首をかしげて上目遣いをしてくる。


 可愛い……!

 尋常じゃなく可愛い!

 

 ダメじゃない。

 むしろ俺の方から告白したいくらいだ。


「当然、恋人にしかできないこともさせてあげる」


 蒼神さんが両手で胸を持ち上げる。

 

「貴方がちらちらと見ていたこの大きな胸もさわってもいいのよ?」


 下から手で支えられて、制服越しに強調される大きい胸。


「……!」


 思わず、大きいその胸をまじまじと見てしまう。

 いやいや、何を見ているんだ。

 首を動かして無理矢理に目を逸らす。


「どうして目を逸らすの? 見てもいいのよ?」


「いや、女子はそういうのは不快だと思って」


「不快じゃないわ、佐野君なら」


 蒼神さんは耳元に顔を近づけ、横からぽそぽそと小さく囁きかけてくる。


「見てくれてうれしかった」


 息が当たるくらい近い距離にまで詰められている。


「そろそろ、告白の答えを聞かせてほしいわ」


 告白の答え?

 そんなの、決まっている。


「俺も同じ気持ちだよ」


「その答えもうれしいけれど、はっきりとした言葉でつたえて」


「俺も好きだ。蒼神さんのこと」



「うれしい……! 大好き!」



 ぎゅーっと抱き着いてくる蒼神さん。



「ね、ね、これからは渚って呼んで? わたしも龍一君ってよぶから」


「渚さん……。わかったからいったん離れ――」


「な・ぎ・さ。呼び捨て」


「なぎさ。いったん離れてくれ」


 抱き着いてくれるのは正直嬉しい。

 激しく主張する柔らかいものが当たってとても気持ちいから……!

 だが、気持ちいいがゆえにちょっと男の子的に困るというか、血があつまってくるというか。


「はーい」


 渚は素直に離れてくれる。


「ねえ。今日は暇でしょ。一緒に私の家にこない? そこで遊びましょうか」


「もちろんオーケーだよ」


「さっきも行ったけど、母はほとんど帰ってこないの。だから、ね?」


 これは、そういうことか?


「帰るのは夜でもいいわよね? それとも泊まっていく?」


「泊まりで」


「ふふ、そう……! うれしい」



 ということで、俺は渚の家に泊まることになった。

 恋人ができたその日にその子の家に泊まるとか。

 展開が急すぎる。最高だぜ。


 あああと、無断外泊はさすがに親父も心配するだろう。

 親父にラインを……、いやここじゃ通じないんだった。

 書き置きでも残しておこうか。


「泊まるって、家に書き置きを残していくから」


「そう。じゃあ一旦家に帰って、九時にまた集まりましょうか。集合は学校でいいわよね?」


「いいけど――」


 一緒には帰らないの?

 てっきり俺の家に一緒によってその足で彼女の家に行くと思ってた。



「ふふ。ちょっと準備したいことがあるから」


「準備って?」


「それは来たときのひみつ。でもぜったい喜ぶから」


 渚は再び顔を近づかせる。  

 先ほど告白の返事を聞いたときよりもずっと近く。


「絶対に来てね?」


「もちろん」


「絶対よ? あなたの大好きな私の胸も、あなたのことずっと待ってるから」


 渚は頬にキスをして、先に教室を出た。



 初めてできた恋人が、妖艶すぎる。

 

 彼女と三年間一緒に生活をするのだ。

 いやもしかしたら、それ以上に長い期間を一緒に過ごすかもしれない。


 島に来て良かったと、心の底から思った。 


誰よりも自分向けに書いている自覚がある。

面白かったら感想など書いてくれると喜びます。

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― 新着の感想 ―
ヒロインの渚がかわいいし、爆乳だからノクターンあたりで続編書いて欲しいです。 爆乳に顔を埋めさせて頭ナデナデするとかして欲しい
[気になる点] どうしてもホラーに方向転換させたい人多すぎて笑った 可愛い彼女と本土に帰ればそれで良いんだよぉ
[一言] 好き…
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