がらんどう
スマホの画面をスリープさせると、音を立てないようにテーブルの上に伏せておいた。
目頭を押さえ、瞼の上から少し眼球を揉みほぐしてから天井を見上げた。
マッサージをしたのはスマホの画面を見すぎて疲れたからという訳では無い。
なんとなくの行為なのだが、疲労感に似た気だるさが眼球の奥深くに残った。
剛も結婚して、5年が立つ。子供も産まれて家族団欒の写真をSNSに良く載せるようになった。
オレと共に独身貴族を貫こうと誓いあった悲壮感溢れたあの面影は、現在の写真からは一切見て取れない。
剛だけじゃない。学生当時一緒にヲタク活動をしていた猛者達も今は鳴りを潜め、歯車として組み込まれ経済を回し、社会に溶け込み、明日へ繋がる活動を日々繰り返している。
実際、オレだってその一人のはずなのだが、実感は一切なかった。
カメレオンのように社会には溶け込めていないし、歯車にはなれず回ろうとしている、他の歯車の動きを阻害しているにすぎない。
かと言って、昔のようにアニメに夢中になることもできず、欠かさずに参加していた推し声優のイベントに顔を出すともめっきりとなくなった。
空っぽだった。狭いワンルームの中に存在している、山田春輝と言う器の中身には何も詰まっていなかった。
目で見える物ではないが、きっと、あいつらの中には、その器を満たすように、何かが注ぎ込まれているんだ。
何も注ぎ込まれていない、注ぎ込もうとも思っていないオレには知るヨシはないが。
なんとなしにつけっぱなしになっているテレビに目を向けると、そろそろ家を出なければいけない時間だった。
行きたくもないバイト。やりたくもない軽作業。空っぽの器とは言っても、現状の生活を維持するにはお金が必要だった。
何を注ぎ込むつもりはなくても、衣食住は必要不可欠だった。死ぬ勇気はなかったし、周りに迷惑をかけてまで生きようとは思えなかったからだ。
重い頭を起こして、スマホをケツポケットにしまい、洗面台の前に立つ。
バイトリーダーの安田にとやかく言われたくないから、寝癖の部分を水で浸し、しばらく手で押さえつけて、二十心の中で数えた所で手を離した。
髪質が元々細いおかげか、寝癖は随分ましになっていた。完璧に直ったかと言われれば怪しい所だが、安田を納得させるにはこれで十分だ。
あの、やる気のお化けにはやらなかった姿ではなく、ある程度努力をした果ての姿を見せることが大事なのだ。
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