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第91話 探り当てる(2)

 押し入れから出た僕は元の座布団にちょこんと座る。

 撫子はそれとなく目を伏せた。僕に裸を見られた美知はニヤニヤと笑う。

 無言の圧力を感じた。居心地の悪さに耐えられず、何も思いつかない状態でポツリと口にした。

「こういうことだから」

「なるほどー、そういうことですかぁ。拓光君もわたしの裸に興味があって襖を開けたのですねー。いいですよー、全部、見せてあげますぅ」

「それはやめてください」

 撫子は美知と視線を合わせて、きっぱりと言った。

「そう、それー。そっちの方が自然でぇ、ずっといいよー」

「その言い方だと、今までの撫子さんが女性らしくないみたいに聞こえるんだけど」

「んー、それとは微妙に違うんだよねー」

 美知は大人びた笑みで返した。

「今後の為にも教えてください」

 撫子は膝を崩して美知の方へ傾く。気になる僕も真剣な目で反応を待った。

「ここからはフランクな感じでいくね。撫子には自分がなりたい理想の女性像があるよね」

「確かにあります。誰に対しても優しく、それでいて芯の強さを失わない、そのような大和撫子に近づきたいと思っています」

「それがネックになって現実味が薄いんだよ。わたしの間延びした喋り方にしても、男性ウケがいいからしていただけで、こっちが素なんだよね。ようはね、理想の型枠に自分を押し込めるほど、現実から遠くなる。漫画やラノベの登場人物なら普通に読めるのにね」

「……全く気付きませんでした」

 撫子の口数は少なく、落胆したように項垂れた。

「仕方ないよ。それだけ理想の女性になりたくて必死にだったんだし。わたしは女子高出身だからね。理想と掛け離れた現実をよく知っているんだよ。生々しいからここでは語らないけどね」

「僕は撫子さんに打ち明けられて初めて知った。たぶん自分から気付くことはなかったと思う。大学に入るまで、女性と全く縁がなかったから」

「それってわたし的にはチャームポイントなんだよね。そんな真っ白な拓光君を自分色のピンクに染め上げたい。あられもない姿で迫って、わたしの身体の虜にしたいって、いつも思っているんだよ」

 ショックから抜け出した撫子が美知を軽く睨む。

「その表情と感情をこれからも忘れないでね。女性歴十八年の大先輩の忠告だよ」

「わかりました。肝にめいじておきます」

 殊勝な言葉と裏腹に口を尖らせた。その仕草が新鮮で僕の目を引き付ける。

 瞬間、頭に閃いた。

「もしかして、ルチルと要も撫子さんの秘密に気付いていたりする?」

「わたしと同じ女子高出身だから、ルチルは気付いているかもね。要は相手を詮索せんさくするようなタイプじゃないから、わかってないと思うよ。良い意味の天然さんだね」

 話を聞いていた撫子は重い口を開いた。

「もう一人、サークルに資金提供をしていただいた木下さんは知っています。どのような方法なのかはわかりませんが、私の身辺を調べたそうです」

「嫌らしいおばさんだね。表向きは会社の社長らしいけど、裏の顔はどうなんだろう。事情通の拓光君、張り切ってどうぞー」

「いきなり話を振られても」

 他の者よりは綾芽について詳しいと思う。本人から口止めされていないとは言え、知り合った切っ掛けが撫子絡みなので決断が鈍る。

 そのことに気付いたのか。撫子が声を落として訊いてきた。

「サークル員の木下さんと関係がありますか?」

「……演技が下手なのは自覚している。だから正直に言う。綾芽さんは木下先輩のお姉さんだよ」

「やはり、そうでしたか。巻き込んで、ごめんなさい。私のせいです」

 振るえる声で撫子は頭を下げた。

「今は大丈夫です。綾芽さんにしても根っからの悪人ではないと思います」

「反社組織ではないと?」

 疑わしい目を美知が向ける。

「……はっきりと訊いていないけど、その認識で間違っていないと思う」

「そうだと思ったよ。あの威圧感には覚えがあるし。そのことで撫子は脅されたりした?」

「それは、ありません」

「弱みを握っているのに脅さない。拓光君の彼女として堂々と渡り合うと。そう考えると好人物に思えるね」

 美知は笑って、個人的に嫌いだけど、と付け加えた。

 しょんぼりする撫子にすっきりしない美知を見て、ある考えが頭に浮かんだ。

「この流れをチャンスと捉えて、綾芽さんに色々と訊いてみようと思うんだけど、どうかな。彼氏の僕が知らないというのも、なんだし」

「それ、いいね。撫子は、どう思う?」

「知りたい気持ちはありますが、拓光さんに迷惑を掛けるような気がして……」

 目を伏せたまま撫子は消え入るような声で言った。

 行動でわからせるようにスマホを手にした。名刺から入力した電話番号に電話を掛ける。五回の呼び出し音のあと、若々しい女性の声で言われた。


『こちら愛クリーン株式会社です』

「あ、あの、僕は菅原拓光と言います。社長の綾芽さんは、いらっしゃいますか」


 返す言葉はなく、突然に白鳥の湖の情景が流れ始めた。事務所の混乱が容易に想像できる。その間に気持ちを落ち着かせた。


『坊やか。こんな時間に珍しいな。何か困り事でもあるのか』

「仕事中にごめんなさい。僕個人の話ではなくて、綾芽さんのことを詳しく知りたいと思って電話を掛けました」

『……側に誰かいるのか』


 鋭い指摘に返事が遅れる。様子を見た美知が僕のスマホを奪い取る。


「ピンクの妖精ー、美知ちゃんですよー」

『抹殺リストの第一候補か。それで私の何を知りたい?』

「いろいろですねー。撫子先輩の秘密を知りながらー、なにもしない理由とかー。裏の顔とかの話ですかねー」


 間延びした声で、あからさまに挑発している。僕と撫子は何もできない状態で顔を強張らせた。


『坊やに代われ』

「拓光君、ご指名いただきましたー」


 陽気に言ってスマホを返す。僕は顔の熱さを振り払うようにして電話に出た。


「代わりました」

『興味本位で私のことが知りたいのか』

「違います。僕は何となくわかりますが、はっきりと綾芽さんに訊いたことはありませんでした。どこか逃げていたからだと思います」

『そうか。美知については、どう思う?』

「……戦う相手の情報を知ることで対策を立てられるようになります。闇討ちのような戦いではなくて、魅力と知恵を武器にした勝負をしたいのだと思います。勝手な想像ですが」


 会話が途切れた。コツコツと硬い音が聞こえる。机を人差し指で小突く姿が目に浮かぶ。


『私も同じ気持ちだ。坊やを巡る争いで色々と情報を入手した。その過程で撫子の事情を知った。無論、弱みを握る為ではない。坊やの言うように勝ち抜く為だ』

「それでは教えてくれますか?」

『いいだろう。ただ、今は会社の繁忙期はんぼうきだ。日時と場所はいずれこちらから伝える。それでいいか?』

「わかりました。それでお願いします」


 通話を終えた僕は猫背となった。滲み出る冷や汗でダボダボのTシャツが肌に張り付く。

「どうでしたか?」

「理解して貰えたよ。話し合いの場は綾芽さんが決める。今は会社が忙しいみたいだから気長に待つことになると思う」

 撫子は、よかった、と鼻から抜けるような声で呟いた。

 話の内容を気にしていないのか。美知は四つん這いの姿で、こちらに近づく。下唇を舐める仕草が艶めかしく、それでいて女豹のような恐ろしさを伝えた。

「拓光君、食べて」

「な、なにを?」

「わたしの身体を貪って、めちゃくちゃにして」

 ピンク色のワンピースの上から胸を掴み、乱暴な手付きで揉み始めた。

 多少の耐性が付いた撫子は、落ち着いてください、と言いながら羽交い絞めにしようとした。察知した美知は向きを変えて仰向けに押し倒した。

「悪い子には、お仕置きだね」

 撫子の両頬を掌で固定。逃げられない状態から唇を奪う。

 その隙を突いて僕は唯一の窓を開け放った。瞬時に空気を入れ換えられないので素早く美知の対処に当たる。

 後ろから胸を掴んで引き剥がす。と、同時に揉みしだく。美知は座った姿勢で両脚をばたつかせた。艶っぽい声を上げながら身を捩る。逃がさないようにして、ひたすら揉んだ。

「ギ、ギブ」

 美知は力なく畳を叩いた。負けを認めるタップの数秒後、解放された身体は真横に倒れた。

 僕は急いで部屋を飛び出した。ズボンのポケットからハンドタオルを引っ張り出し、全身の汗を拭う。

 改善されたと思い、部屋に戻る。

 撫子がふらりと上体を起こす。またキスを、と言って唇を指先で押さえた。すき焼きの時のことを少し思い出した僕は、額や首にハンドタオルを押し当てた。


 この後、大学に戻って四限目の講義を受けた。二人の状態はわからないが、僕の頭には講師の言葉が何も入って来なかった。

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