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第89話 無人島で過ごす一日(6)

 四人用のテーブル席に座った僕達は黙々と食べている。主に肉料理で対面にいるルチルと要は競うようにサーロインステーキを切り分け、口の中へ押し込む。噛む度に溢れる肉汁によって唇は艶やかに光る。

 僕は最後の一口、ハンバーグをナイフに突き刺して食べた。タイミングよくサラダを平らげ、コンソメスープで口の中を洗い流す。

「満足した~」

 心からの声だった。

 反応した要は食べながらルチルを横目で睨む。

「金の掛け方がおかしいんだよ。ベッドなんかより、メシが優先だろ」

「ちゃんと用意していたぞ。親子丼のレトルトに、牛丼のレトルト、それにカレーのレトルトもあったではないか」

「肝心のご飯がねーんだよ! 具だけでどうすんだ」

 要は見せつけるようにライスをガツガツと食べる。

 その怒りは十分、理解できる。ヘリコプターで戻ってきて、最初に向かった先がファミリーレストランなのだから。

 食欲が満たされたことで無人島での出来事を思い出す。特に海中にいた多くの魚が強く印象に残った。

「釣り道具があったら良かったんだけど」

もりはあったぞ」

 ルチルの声に、まあね、と返した。

「近寄る前に逃げられていたら、どうにもならないけど」

「あんなので魚が獲れるかよ。余計に腹が減るわ」

 要の悪態を無視してルチルはにこやかに話を進める。

「今回は良い教訓になった。次回はベッドだけではなくて食料にも気を配るとしよう。それでいいな、拓光」

 僕が答える前に要が噛み付いた。

「次回はねーよ。今日で最終回だ」

「まるでわかっていない。無人島への日帰り小旅行に私がどれだけの時間を費やしたと思っているんだ。寝心地の良いベッドを求めて日本中を探し回った。個々の避妊具を刺し貫く作業にしても、不慣れな為に二時間は掛かったぞ」

「真面目に語るな。恐ろしい行為と気付け。マジでこえーわ。な、そうだろ」

 要はナプキンで口を拭きながら話を振った。

「さすがに、遣り過ぎだと思う」

「わかった。今度は正攻法ではらむことを考える」

「させるか! マジで美知二号かよ」

「誰がだ? 道路で受け身が取れると思うなよ」

 食べ終えたルチルはコーヒーカップを口元に運び、音を立てずに飲んだ。

「投げ技はレスリングにもあることを忘れるな。それと服を着ていなくても投げられる。柔道とは違うんだよ」

「ここで裸になってやろうか」

「そ、それはやめて。今日の無人島は本当に楽しかったよ。海が綺麗であんなに魚がいるとは思わなかった」

「あとは」

 テーブルに片肘を突いたルチルが意味ありげに笑う。

「海中で見たルチルは泳ぎが上手くて、それでいて優雅で……その、人魚姫のように思えた」

「そうか。拓光は私に見惚れていたのだな」

「なんだよ、それ」

 膨れっ面となった要が顔を突き出す。その横でルチルは勝ち誇り、笑みを浮かべた。

「見惚れたというか、本当に泳ぎは上手かった。要だって追い付けなかったからわかるよね」

「それは、まあ、認めるけど」

 要は視線を下げて微かに身を揺する。

「英才教育の賜物たまものだ。あとは広大な海のおかげだな。眺めていると泳ぎたいという欲求に駆られる」

「その気持ちはわかるよ。こんなに泳いだのは初めてだから、明日の筋肉痛が怖いけどね」

 要は会話に加わらず、下を向いた状態で上体を揺らす。声を掛けようと思った瞬間、立ち上がった。

「ルチル、そこを退いて」

「大きい方か」

「そっちじゃない!」

 ルチルは笑って場所を空けた。通り過ぎる前に一言、声を掛ける。

「あたしがいない間にヘンなことをするなよ」

「どのような行為のことだ?」

「もう、いい」

 やや前屈みになった要は奥のトイレへ速足で向かう。

「拓光は今の意味がわかるか?」

「さあ、なんのことだろうね。あの、どうして」

 ルチルは平然と横に座った。僕の左肩に手を置いて上体を傾ける。

「単なるデザートだよ」

 疑問の声を挟む間もなく、ねっとりと唇を重ねられた。口中をのたうつ舌が微かなコーヒーの香りを運んできた。

 素っ気なく離れたルチルは自分の席に落ち着く。残していたコーヒーをのんびりした様子で味わった。

 そこへ要が走って戻る。ルチルの揃えた脚を跨いで強引に座った。

「ヘンなこと、してないだろうな」

 要は僕とルチルを交互に睨む。

「僕からはなにも」

「私はデザートを少々」

「デザートってなんだ? コーヒーのこと?」

 ルチルは答えず、僕にやんわりと問い掛ける。

「デザートで思い当たることはあるか?」

「……コーヒーのことじゃないかな」

 僕が答えるとルチルは深い笑みを浮かべた。

 心の中でうずくような感情はなんだろう。思いながらも心地よい疲労と程々の眠気を理由に正面から向き合うことはなかった。

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