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第86話 無人島で過ごす一日(3)

 枕木の階段を上った先に木々に囲まれた別荘があった。白い外壁は漆喰しっくいだろうか。右手には広々とした木製のテラスがあり、天板がガラスで出来た丸いテーブルと黒い三脚のイスが囲むように置かれている。和と洋を上手く取り入れたデザインに目を引かれた。

「こちらだ」

 ルチルは左手に回り込む。色違いのレンガの道を行くと玄関ドアが現れた。暗いトーンの赤で材質はわからない。濡れたような表面は光って見える。

 ルチルは縦長のドアノブを掴んだ。ピッという電子音が鳴った。引っ張ると難なく開いた。

 黒い大理石を敷き詰めたような床がフラットな状態で奥まで続く。左手には白い五段の棚が置かれ、レディース用の靴が隙間なく入れられていた。

「すげーな」

 要は素直に驚き、棚と向き合う。手前のパンプスを取り出して間近で眺めた。インソールの匂いを嗅ぐように鼻を近づける。

「嫌な臭いが全然しない。新品みたいだな」

「一度も履いていないからな」

 後ろを振り返ったルチルが平然と言った。

「履かないのに、この数かよ」

「もしもの備えだ」

「マジで? これ、百足以上あるだろ。ちなみにどの靴を履いたんだよ」

「どれも履いていないが、それがどうかしたのか?」

 苦笑いを浮かべた要は速やかにパンプスを元に戻した。

「なんでもない」

「そうか。それと靴は脱がなくていい」

 言われた僕は急いで履き直す。

「私は奥で着替える。その間、二人は好きにすればいい」

「砂浜に持っていくものはどこにあるんだ?」

「ここだ」

 ルチルは二番目の引き戸を指さすと廊下を歩いていった。

「中はどんな感じなのかな」

 要は笑みを浮かべて引手に指を掛ける。横にスライドさせて中を窺うと無秩序な状態で物が押し込まれていた。

 足元に気を付けながら要が入る。

 僕は違う隙間に身を入れた。電動工具をまたいで壁に立て掛けられたパラソルらしい物を手に取った。その場で少し開いてみる。破れたような箇所は見当たらず、十分に使えそうだった。

「パラソルを見つけた。そちらはどう?」

「かなり大きいクーラーボックスがあった。それと、これは男女兼用かな。サンダルがあったから、人数分、持っていく」

 手分けして探すことで早々と目的の物を見つけ出した。戻る時に目にしたシートを掴み、揃って廊下へ出た。

 僕はルチルが消えた廊下の奥に目をやる。

「まだ掛かるのかな」

「拓光、他の扉も見てみようよ」

「そんなことして、いいのかな」

「ルチルのヤツが好きにすればいいって言ってただろ。それに気になるよな」

 ニヤリと笑う要に、まあね、と僕は照れ笑いで返した。

 善は急げでは全然ないけれど、僕と要は玄関に一番近い引き戸を開けた。

 壁際に置かれた高そうな調度品よりも先にキングサイズのベッドに意識が傾く。

 全体がショッキングピンク。掛け布団はやたらと分厚い。羽毛布団なのだろう。

 要は部屋に入ると掛け布団を手で押した。下のクッションまで柔らかいのか。一気に肘まで埋まった。

「なんだよ、この柔らかさ。拓光も来てみろよ」

 呼ばれた僕は要の横に付けた。ふっくらとした枕までピンク色。その先の棚に四角い物を見つけた。

 その視線に気付いた要が同じ物を見つめる。

「これって、あれだよな」

「たぶん、そうだと思う」

「なんで、こんな物があるんだよ」

 要の目が鋭くなる。

「僕に訊かれても」

「拓光の為に用意された物だろ、これは」

「やっぱり、そうなるのかな」

 要は走って部屋を飛び出した。突然の行動なので反応が遅れた。

 廊下に出ると要は別の部屋に駆け込んだ。やや遅れて部屋に入ると、そこにもキングサイズのベッドがあった。原色のピンクで要は四角い物を摘まんで振って見せた。

「ここにもあるよ」

「そうみたいだね」

 それから二人で片っ端から引き戸を開けた。どの部屋にも似たようなベッドが置かれ、漏れなく四角い物がついてきた。

 広々としたキッチンにまでベッドがあり、そのミスマッチに身体が震えた。

 浴室にはさすがにないだろうと思い、苦笑いで開けるとウォーターベッドが置いてあった。四角い物もセットになっていて要の興奮が止まらない。

「マジかよ!? ルチルのヤツ、襲う気満々だろ!」

「要のおかげで未遂になったから、まあ、いいんじゃないかな」

「よくねーよ。拓光、玄関のところの部屋に戻るぞ」

「え、うん」

 要領を得ないまま返事をした。半ば手を引かれる状態で部屋に戻った。

 即座に要がタックルを仕掛ける。腹部に入られて両脚が宙に浮いた。そのままの形でベッドに押し倒された。

「な、なに、どうしたの急に」

「ルチルに食われるくらいなら、あたしが先に食ってやる」

「なんで、そうなる!?」

 馬乗りの状態で要は棚に手を伸ばす。四角い物を掴んだところでチュニックに着替えたルチルが部屋に飛び込んできた。

「待て、それを使うな!」

「抜け駆けしようとしやがって。あたしが先に拓光を食ってやる」

「それを使うと妊娠するぞ!」

「え、なんでよ?」

 要の動きが止まった。僕は顔を上げてルチルを見ると、怒りとは違う状態で顔を赤くしていた。

「それはだな……袋をよく見ればわかるはずだ」

「これのどこを、ええ!?」

「ちょっと見せて」

 身体を捻ると要はコロンと横に転がる。手から四角い物を取り上げてまじまじと見つめる。表と裏を見比べた。

「同じ位置に穴がある。ということは中身を貫通していたりする?」

「そういうことだ」

「もしかして他の部屋にある物も?」

「そうだ」

 顔を真っ赤にしたルチルが横目で言った。

 要は起き上がると、こわっ、と小声で言った。

「失敗したんだからもういいだろ! ビーチに行くぞ!」

「いや、マジで引くわ」

 要は僕に掌を差し出す。四角い物を渡すと改めて見つめる。

「……でも、悪くない」

 ポケットに入れようとしたので素早く手首を握る。

「それは無しで」

「冗談だって」

 素直に棚へ戻した。要の未練がましい目に僕は少なくない恐怖を覚えた。


 薄ら寒い状況を抜け出し、僕達は白い砂浜にやってきた。砂は思った以上に細かくて素足で歩いても痛みはなかった。

「ここにパラソルを立てるか」

 威厳を取り戻したルチルは木陰の一部を指さした。

「仕方ねーな」

 要は肩に担いでいたパラソルを開いた。指定された位置に深々と突き刺す。

 僕はシートを広げた。持ってきたサンダルは重石おもしに使う。仕上げとして海風で捲れそうな位置に大型のクーラーボックスを置いた。

「かなり重かったけど、これで用意はできたね」

 僕は右肩を軽く回す。

 ルチルと要は揃って僕に挑戦的な目を向けた。

「目の保養の時間だ」

「こっちはビキニだからね」

 肉食獣に狙われた小動物の気分に陥った。口の中が乾いて酸味を感じる。ギラギラとした太陽は容赦ない。


 青い海だけが涼し気で、事の成り行きを静かに見守っていた。

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