第84話 無人島で過ごす一日(1)
大学のキャンパスにあるカフェのテラス席に僕はいた。サンドイッチを摘まみながらカフェオレを飲んでいる。
今日も気温は高く、天気予報では夏日となっていた。大きなパラソルが日陰を作り、たまに吹く風が涼しく感じられる。おかげで汗も掻かず、体臭で周りの女性を不快にすることもなかった。万が一を考えて微量の香水を仕込んではいた。
ゆったりとした気分で横切る学生達を眺める。昼の時間もあり、誰もが穏やかな顔でのんびりと歩いていた。
それだけに遠目に見える二人は異質で目に留まった。
袖のない黒いドレスを着たルチルとTシャツに半ズボンを合わせた要が競い合うようにして走ってくる。
僕の席、目掛けて突っ込む。滑りながら止まると、ほぼ同時に叫んだ。
「デートをするぞ!」
「泳ぎに行こう!」
相手の目的を知った両者は睨み合う。
「私が先だ」
「あたしの方だろ」
「私の声が先だ」
「いいや、着いたのはあたしが先だったね」
言い合いでは決着が付かない。二人は僕を睨んだ状態で迫ってきた。
「拓光、あたしの方が早かったよな」
「私が先に言った。聞いていたならわかるはずだ」
「その前に詳しい内容を聞かせて貰えるかな。まずは要から」
軽くルチルを押し退けて要は話し始めた。
「市内に新しくプールができて、日曜日の明日がグランドオープンなんだ。格安で利用できるから一緒に泳ぎに行こう」
「僕の知らない情報だね。それでルチルのデートの内容を聞いてもいいかな」
「もちろんだ。要とはスケールが違う。どうせ室内でちまちま泳ぐのだろう」
「二十五メートルじゃない。競技用に使われるサイズだからな。冷えた身体を温めるためのジェットバスも完備されている。もちろん飲食できる店だってある」
「その程度で誇るな。私の行き先は島だ。神崎家、所有の無人島だから安心して過ごせるぞ。キメの細かい白砂のプライベートビーチの景色は圧巻だ。遮る物がなくて素晴らしい解放感が堪能できる」
ルチルは要に向かって威圧的な笑みを浮かべた。スケールの違いは歴然で言い返すことができず、ずるいぞ、と苦し気な一言となった。
「人間は平等ではない。この世に生まれ落ちた時点で貧富の差が生じるものなのだよ。わかったかね、要君」
「は、はーい、ルチル先生!」
ぎこちない笑みで、やけくそ気味に答えた。
「それなら三人一緒に無人島で泳げるね」
「それだ! 目的が同じなんだから、それでいいじゃん」
「ちょっと待て。私はだな。拓光と二人で無人島に行きたいのであって、どうしてそこに要が割り込んでくるんだ」
「あたしが割り込んだんじゃなくて、拓光の意見だろ。それに行き先を決めるのだって拓光だからな。遠い無人島よりも近くのプールを選んだっておかしくない」
要は攻勢に出た。
旗色が悪いと判断したのか。ルチルは僕を見つめてきた。
「僕としてはできれば三人で仲良く過ごしたい。ダメかな。それと僕自身、無人島に全く縁がないから行ってみたい気持ちは大いにあるよ。ルチルのいう圧巻の景色を、この目で見てみたいし」
「仕方がない。拓光の意見を尊重するとしよう」
「ルチル先生、ありがとう!」
「わかった、わかった」
ルチルは手であしらう。要は気にせず、満面の笑みとなった。
「日帰りを予定しているので明日は午前六時に拓光の家に迎えに行く。要は六時半だ。アパートの前の道にいない場合は置いていく」
「わかった。それでいいよ。今日は早くに寝ないとね」
「深夜まで起きていていいぞ。早い時間帯の二度寝を推奨する」
「誰がするか。あたしは六時半だからな。もっと早い時間にきて置き去りにするのは無しだからな」
釘を刺した要は垂れ目に凄味を込めて睨み付ける。ルチルは見下したような顔で受けて立つ。
そんな二人を困り顔の僕が取りなす。
「仲よくやろうよ。それで明日を皆で楽しもう。それでいいよね?」
「拓光がそういうのなら」
「それでいいよ。それと拓光、明日は期待していろよ。新調したビキニだからな」
言うと要は腕を組んだ。少し持ち上げて胸の大きさをアピールした。
一瞥したルチルが鼻で笑う。
「その胸のサイズならワンピースがお似合いだ。まさか、わざと緩いビキニを着て、波に流されるところまで計算に入れているのではないだろうな」
「あたしがそんな痴女なわけねーだろ。おまえだって、二人だけで島に行ったら誰もいないとかで、全裸になるつもりだったんだろ」
「それは、まあ、なんだ」
歯切れの悪いルチルに要は強い言葉を発した。
「今日は絶対、早寝する!」
「僕も早くに寝るよ」
「そういうことだ、ではな」
ルチルは要に笑い掛けて足早に第一講義棟へと向かった。
「油断ならない連中ばかりだよ」
「要はランチを済ませた?」
「まだだけど、なんでだよ」
「昼の時間が終わりそうなんだけど」
スマホの時間を見せると要の目が丸くなる。
「もっと早くに教えろよ!」
「そう言われても」
要はカフェへ駆け込んだ。
僕は温くなったカフェオレを飲み干し、最後のツナサンドを食べた。
空はとても青く、美しい海を思わせた。




