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第83話 電車内の攻防戦(2)

 電車のドアが開いた。僕と結愛は吸い込まれるように流され、続いて真逆の力で押し遣られた。

 反対側のドア窓に僕と結愛は背中を付けた状態で落ち着いた。

 車内の女性達との距離は縮まった。その進行を阻む男性サラリーマンは横一列の壁となり、鉄壁の防御を見せた。束の間の安心を得た僕は隣の結愛に目を向ける。

「苦しくない?」

「逆に少し楽になったかも」

 ドアが換気の役目を果たし、香水の効果を弱めたのかもしれない。

「あとさ、少し手が動くようになったよ」

 証明するように僕の右手を握る。

「これなら駅もすぐだね」

「……だから触って」

 結愛は自ら引き寄せて太腿に僕の掌を押し当てた。その状態で上下に動かす。

「ここではマズイと思うんだけど」

「見えないよ。だから、ね」

 火照った顔を近づける。唇に意識が傾く。僅かに開き、濡れた赤い舌先を蠱惑こわく的にくねらせる。

 正常な部分が甘く蝕まれ、僕は結愛の太腿を摩り始めた。手首をそっと握られて、更に上へ導こうとする。拒絶する力は弱々しく、掌が滑るように動いた。

 小指の先が当たると、あ、と結愛が短い声を漏らす。

「奥まで響いたよ」

「あの、そろそろこのくらいで」

「もう少し、いいよね?」

 僕の目の奥を覗き込む。剥き出しの心が見えるのか。嫌らしい笑みを浮かべた。

 瞬間、一気に引き上げた。小指全体に湿った感触が伝わる。逃げられないように太腿で挟み込んだ。

「こんなだよ」

「そう、みたいだね」

「……挿れて」

 ドア窓に次の駅が滑り込む。答える前に電車は止まり、ドアが開いた。黒いスーツを着た男性と女性が車内でぶつかり合い、濁流を見るようだった。

 その中、僕と結愛の位置は変わらない。男性サラリーマンの強固な壁は押し流され、代わりに背中を向けた女性が僕のところに流れ着いた。セミロングで甘い匂いをさせていた。

 ドアが閉まり、電車が走り始める。いつの間にか、僕の右手は解放されていた。先程よりも乗り込んだ人数が多いようで、再び腕が動かせない状態になった。

「もう少しだったのに」

 結愛は不満を口にした。

「続きは別の場所の時に」

「そうなるんだけど、なんか嬉しそうなのが腹立つ」

「そんなことないって」

 緩んでいた表情をそれとなく悲しそうな顔に変える。もともと演技が苦手なので上手くいっているかはわからない。

「わかったから」

 結愛は苦笑いで折れた。

 ほっとした直後に新たな災厄が降り掛かる。下半身を圧迫された。原因は明白で目の前の女性が尻を押し付けていた。柔らかくて弾力がある。包み込んだ状態で回すように動かす。

 当然、その行為は結愛の目に留まる。

「あたしの彼氏に何してんだよ」

 女性は尻を動かしながら顔を向ける。意外と若い。綺麗な二重で睫毛が長い。鼻は高く、ハーフを思わせる色白の美人であった。

「青臭い子供じゃない」

「おまえは発情したババアだろ」

「成熟した身体を見たことがないのね。可哀そうに」

 ねっとりした尻の動きに変わる。腰を引くスペースはなく、されるがままの状態が続いた。

 結愛は女性に向かって顔を突き出す。

「おまえもあたしの身体を知らないだろ」

「出ているところがある程度でしょ」

「次の駅で降りろ。見せてやるよ。あたしと拓光の絆を」

「いいわよ。まだ時間があるし、お姉さんが付き合ってあげる」

 この展開だと僕も降りることになるのだろう。一限目の講義は諦めるしかない。とは言え、この状態に耐えられる自信がないので結果的には助かったのかもしれない。


 三人でホームに降りた。

「拓光も来て」

 結愛に言われて二人のあとを付いていく。行き先は女子トイレで僕は近くの壁に寄り掛かって待つことになった。

 十分が過ぎる頃、先に女性が姿を現した。僕をチラリと見て目を伏せた。

「私はあそこまで、自分の身体をあなたに差し出すことはできないわ。ハードなプレイには自信があったんだけど、本当にごめんなさい」

「あ、あの、どういう」

 それ以上の声を掛ける間もなく、女性はホームに戻っていった。

「あたしと勝負しようなんて、考えが甘いわ」

 勝ち誇った結愛が出てきた。セーラー服の黄色いリボンを結び直す。

「この勝負、結愛が勝ったんだよね?」

「圧勝だよ」

「あの女性も相当な自信があったみたいなのに」

「まあね。胸は大きくて形も良いし、腰のくびれもある。尻も垂れていなかった」

「でも圧勝なんだよね」

「そりゃ、そうでしょ」

 結愛は目を細めて言った。

「だいぶ薄くなったけど、身体には歯形があるし、青痣も残っている。アソコの毛も生え掛けだからね」

「ちょ、待ってよ。それ、僕と関係ないって」

「あたしと拓光を、しっかりと結び付けた絆だよ」

 これ以上はない笑顔を見せられた。騙されているような気分なのに、うん、と僕は頷いていた。

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