第80話 アップデート(1)
夕飯と風呂を済ませて、一番、落ち着ける時間が訪れた。自室に戻ると僕は迷わず、机上にあるノートパソコンを起動させた。
今日の午前中に電脳世界のアップデートが完了した。撫子から事前に聞かされていたので驚くことはなかった。
しかし、表示された画面には少なからず衝撃を受けた。アバターの作成画面が以前よりも細かく設定できるようになっていた。
髪型だけで二十を超える。しかも色まで変えられる。そこで僕はナチュラルショートの黒を選んだ。
以前にはなかった衣類の選択項目が現れた。上半身と下半身に別れていて、しかも種類が豊富で大いに迷う。髪型と同じで色まで選択できた。色々な組み合わせを試すだけで三十分が過ぎた。
その十数分後、青いアバターが全身を見せるようにゆっくりと回る。白いランニングシャツにモスグリーンのパーカーを合わせた。ズボンはカーゴパンツを選び、ライトブラウンの色にした。
靴下の有無。種類や色を選択して最後に靴を吟味する。バッシュを履くこともあるけれど定番のランニングシューズにした。色は白と決めていた。
顔は以前と変わらず、つるんとしたのっぺらぼう。日頃の服装を模していることもあって親近感が湧く。
しかも何体も保存ができて、素早く切り替えることが可能となっていた。凝り性であればアバターの作成に何時間も費やすことができるだろう。
僕は早く動かしたいという欲求に抗えず、電脳世界に踏み込んだ。
正門を通り抜けたところから始まる。現実の時間を反映してキャンパスは夜になっていた。空は黒雲に覆われているようで月や星が見えない。所々に設置された街灯のおかげで、暗夜というほど視界は悪くなかった。
早速、アバターを矢印キーで動かしてみる。自然に髪が揺れた。着ていたパーカーの裾も軽微な影響を受けた。
細かい演出に感動を覚える。今度は意味もなく走らせた。起こる風で髪や衣類が激しく動く。
操作しているだけで楽しくなる。目的がないままキャンパスを走り回る。
その過程で別のアバターを見つけた。少し離れていても女性とわかる。
栗色の髪で桜色のドレスを着ていた。向こうもこちらに気づいたのか。ふわふわのスカートを弾ませて近づいてきた。
相手の髪型はソバージュだった。答え合わせをするかのように頭上に吹き出しが表示された。
『一年、城山美知』
再現度が凄い。顔はなくても美知とわかる。
Xキーを押してメニュー画面を呼び出す。会話入力の欄に手早く文字を打ち込んでいく。
『美知もきていたんだね。それにしても今回のアップデートには驚いた。顔はないけど、髪型と服装で遠目でもなんとなく人物が特定できたよ』
『わたしもパーカーを見てすぐにわかったよー。でも、少し残念なところもあるのよねぇ』
『そうかな。髪や服が揺れて凄くリアルだと思うんだけど』
その内容を反映した行動なのか。ピンクのアバターは仰向けになった。両膝を立てるようにして広げる。
『下着の項目がなかったんだよねぇ。黒のスケスケや可愛い系の紐パンとか選べたら良かったのにぃ』
『それって必要なこと?』
『必要不可欠だよー。例えば今度の日曜日に拓光君とデートの約束をしたとするぅ。このフリル付きの紐パンにするけど、どうかなーって見せて聞けたら性交まちがいなしだよー』
成功よりも性交の漢字変換が多いのかもしれない。美知らしいパソコンの使い方ではあるけれど。
『この電脳世界はコミュニケーションツールだからね。髪型や服装は人となりを表現すると思うから、その点はとても良かったと思う』
『それはそうかもねー。あと不満があるのはー、動作のバリエーションが一人に限定されているところだよねぇ。二人でする立ちバックや駅弁の動作もガンガン挿れて欲しいなぁ』
何を挿れるつもりなのだろう。ただの会話文が変換ミスの連続で卑猥な方向へと流れていく。
『それ、合意がない状態でやれたりすると、犯罪っぽくならないかな』
『そのパターンは全く考えてなかったよー。なんか想像するだけでぇ、すごい興奮してきたー。ちょっと玩具で遊んでくるねー』
ピンクのアバターは光に包まれて消失した。美知のいう玩具とは。ログアウトした自室で何をするつもりなのか。
深く考えないようにして僕は青いアバターを走らせた。
いつもよりログインしている人数が多いように思う。服装は個性を浮き彫りにして人々の興味を引いた。至る所で会話が始まり、ツールとしての役割を十分に果たしていた。
僕は開発者の一人である撫子を探した。建物内を巡り、ドアを片っ端から開けた。どこにも姿がなかった。
前に話し込んだベンチを思い出し、キャンパス内を走る。以前と同じようにぽつんとピンクのアバターが座っていた。名前が表示されない距離にいても一目でわかる。
艶やかな長い黒髪。薄青いノースリーブワンピースの上から白い薄手のカーディガンを羽織っていた。清楚な感じが撫子によく合う。
近づいていくと吹き出しが浮かんだ。
『二年、泉撫子』
目にした瞬間、青いアバターを全力で走らせた。




