第77話 二人とデート(1)
瞼を閉じていても明るさを感じることができた。意識は目覚めたが身体はやんわりと拒絶する。今日の最初の講義は二限目。絶大な安心感で全身の力が抜けてゆく。
そんな自堕落な僕を叩き起こすようにスマホが鳴った。電話なので出ない訳にはいかない。
探り当てたスマホを顔の前に持ってきた。
「……誰だろう」
相手の名前が表示されていなかった。見覚えのない電話番号なので間違えて掛けているのかもしれない。じりじりしながら様子見の状態に入る。
呼び出し音が二桁を超えた。強い意志を感じて急いで電話に出た。
「もしもし」
『ようやくやな』
「えっと、誰かな」
『会ったばかりやのに忘れんな。峰山幸子や。それか、さっちんの方がええか?』
ツーブロックの幸子の姿が目に浮かぶ。心なしか声が明るい。
「結愛のことかな」
『よーわかっとるやん。無事に仲直りできて、この番号も教えて貰ったわ』
「それを聞いてほっとしたよ」
『そんで今日、会われへん?』
声を落として訊いてきた。
「いいけど、どうして?」
『なんやウチだけ、個性のない制服ばっかりやん。ふわふわのドレスとはちゃうけど、素の自分を見せたくなるやろ。あとお礼もしたい気分やし。あ、ちゃうで。お礼参りやないからな』
三白眼で凄む幸子を想像して、思わず苦笑した。
「そんな心配はしてないよ。それよりこんな時間に電話して、授業の方は大丈夫?」
『今日は創立記念日で休みやで』
「それなら時間を合わせ易いね」
すんなりと話が決まる。夕方の四時半に大学の正門前で落ち合うことになった。
こんがり焼いたトーストにブルーベリージャムをたっぷりと塗り付ける。紅茶はストレートで香りを味わう。ベーコンエッグの焼き具合は程々で焦げてカリカリになった部分の食感を楽しんだ。
束の間の平穏。一人の朝食を堪能しているとスマホにメッセージが届いた。
『創立記念日で学校が休みだから、どこか遊びに行こうよ』
この一文を目にして頭を抱えそうになる。結愛と幸子は同じ高校なので当たり前の話なのだが、一方に気を取られてすっかり忘れていた。
断ると波風が立つような気がする。隠れて幸子に会っていたと思われれば修復した仲に深い亀裂が入り兼ねない。
それを踏まえてメッセージを返した。
『さっき幸子から電話があって、今日の四時半に大学の正門前で会うことになった。結愛と仲直りできたことで、個人的にお礼がしたいそうなんだ』
正直に明かした。下手な小細工は自分の首を絞める。
返事を待っている間に残りのトーストを齧る。急に喉の通りが悪くなって紅茶で押し流した。
『それならあたしも一緒に行くね』
『そうだね。三人で楽しめるところにしよう』
悪い予感が頭の中に太々《ふてぶて》しく居座り、短い同意の文章を何回も修正した。あとは二人に任せればいい。友達同士で話し合えば円滑に話が進むだろう。
多少、汗を掻いたので出掛ける間際にシャワーを浴びた。着ていた服は洗濯機に押し込み、デートを意識したコーデに変えた。
白い長袖シャツと七分丈のデニムパンツを合わせる。リュックは小ぶりな物を選び、素足で黒いシューズを履いた。
今日の空は薄青い。手で細かく千切ったような綿雲は白く、夕立を降らせそうな雨雲には見えなかった。
先行きは明るいと信じて、いつもの道を歩いて大学へ向かう。
四限目が終わると速やかに正門へ向かう。期待よりも不安が大きい。心を反映して速足は小走りとなり、約束の場所に着いた。
今日は人が多い。中でも女性の比率が高く、懸命に目で探した。
黄色いワンピースを着た女性に目が留まる。髪はショートで勝ち気な横顔を見せていた。唇はほんのりと赤い。薄化粧をしているようだった。
近づいて見ると身長に違いがあった。幸子はもう少し高い。
周囲を見回すと別の女性と視線が合った。鈴のような形の茶色い帽子を被っていた。待ち合わせの相手を見つけたのか。黒目勝ちの目を細めて歩き出す。
ゆったりとした白いチュニックが風紋のような模様を描く。合わせた黒いロングスカートは白くて細いベルトを緩く巻き、躍動感を演出した。
女性は僕の前で立ち止まる。勘違いをしないように後ろを見たが、それらしい男性の姿はなかった。
「どこ見とんねん」
「峰山さんのお姉さん?」
「ウチは一人っ子や。隠し子もおらんわ」
記憶にない顔で幸子の声を出した。化粧で化けたとしても違い過ぎる。
「別人なんだけど。二重だし、どう見ても三白眼じゃないし」
「これがいつものウチなんやで。一重は便利や。引っ付ければ二重になれる。あと黒目はカラコンのおかげやな。肌の白さはファンデでニキビも気にならんわ」
「それにしても変わり過ぎだよ」
「こっちを見慣れたらええねん」
幸子は大人びた顔で笑った。
そこに結愛が怒りの形相で走り込む。
「あんた誰よ。拓光のなんなのよ」
Tシャツの重ね着ではなかった。白いブラウスとサスペンダー付きの青いフレアスカートが実に夏らしい。ただ、サスペンダーの食い込みで胸の部分が強調されて少し目のやり場に困る。
「結愛は見慣れているでしょ」
「どういうこと? そんな女、見たことないんだけど」
「そうなの? あの、これは……」
僕と結愛は答えを求めるように幸子へ目をやる。
「いけずぅ」
悪戯を叱られた子供のように拗ねた声を出した。




