第71話 騒々しい十三階段(1)
日曜日も雨だった。今日は大学の講義がないので家でのんびりできる。
惰眠を貪るのもいいだろう。ノートパソコンでフリーのゲームをダウンロードして遊んでもいい。
などと考えていた三十分前の自分はすでにいない。香水を身体に吹き付けて部屋の掃除に追われる。見られてマズイものは全て一階の押し入れに隠した。
人数分の座布団を用意した。小さな座卓が気掛かりではあるが、買いに行く時間はない。冷蔵庫のジュースは確認済み。スナック菓子はギリギリ。足りなければハニートーストで賄うしかない。
用意が終わったあと、改めてメッセージを確認する。
『今日は何も用事がない。このルチル様が遊びに行ってやる。九時な』
『近々、電脳世界のアップデートができると思います。その話を兼ねて拓光さんの家にお邪魔します。九時ごろになると思うので、よろしくお願いします』
『家が近いっす。職場は楽しくて遣り甲斐があるっす。その話もあるんで九時に遊びにいくっす』
『拓光、今日ヒマだよな。レスリング三昧で味気ないから、久しぶりにそっちに行く。九時でいいよな』
『あなたの美知だよー。九時に遊びにいくから、身体を洗って待っていてねー』
『久々に休みが取れた。この間は裸で悪かった。その詫びではないが、そちらに九時に伺う』
こんなことが現実に起こるのだろうか。六人が揃って同じ時間を指定して、家にくるという。楽観視すればハーレム。普通に考えれば血みどろの地獄絵図が頭に思い浮かぶ。
両親には何も伝えていない。不潔と言われた彩音との関係は最悪で、それ以降、まともに会話をしていなかった。最悪なことに日曜日と雨が重なって家族全員が家にいる。六人が揃ってくれば混乱は避けられない。
「どうすれば……」
もっともらしい言い訳が思い付かない。そもそも六人が自ら立場を語ることも考えられる。これまで女っ気のなかった僕がいきなり六股となれば、両親はどのような反応をするのだろうか。彩音は考えるまでもない。長ったらしい呪詛のようなお説教が始まることだろう。
スマホの時間で八時半。あと三十分しかない。ベッドを睨みつける。窓から投げ捨てたい気分に駆られた。
その時、軽やかにチャイムが鳴った。約束の時間より、かなり早い。
反射的に自室を飛び出した。階段を駆け下りる時に、僕が出るから、と叫んだ。誰の目にも触れさせず、部屋に連れ込むつもりだった。
一階に降りて短い廊下を走り、つんのめるようにして玄関ドアを開けた。
一目で放心した。ゆったりとしたチュニックは襟元が緩く、胸の谷間がはっきりと見えた。合わせたスカートは短い。脚のほとんどを露出させていた。
凛々しい顔を恥ずかしそうな笑みに変えて、大きな一歩を踏み出した。僕の耳元に唇を近づけて、ブラは付けてないです、と囁くような声で言った。
「い、いや、それよりもどうしてここが?」
「幸子の友達の結愛ちゃんに頼み込んで教えて貰いました」
長身の女神、杏寿は顔を赤らめる。逆に僕は青ざめた。
「もしかして迷惑でした?」
「あ、いや、そんなことはないんだけど」
「家に上げて貰えますか。少し寒いので」
その言葉にウソはないように思う。雨もあって今日は朝から肌寒い。薄着のせいもあるだろう。
追い返すことが躊躇われた。とは言え、招き入れると新たな災厄を抱え込むことになる。
「誰が来たの?」
母の声に僕は即決した。
杏寿の手を握り、家に引っ張り込んだ。階段を上がる合間に、ただの新聞の勧誘だよ、と適当な言葉を吐いて尚も走る。
先に杏寿を自室に入れたところで隣の部屋の彩音が顔を出した。
「不潔な兄さん、本音を言えば口も利きたくないのですが、うるさいです。運動がしたければ雨の中を走ってください。風邪を引いたら今度こそ、アツアツのおかゆを口の中に流し込んであげます」
「あ、その、ごめん。今度から気を付けるよ」
彩音は無言で睨み、そのまま部屋に引っ込んだ。機嫌は相当に悪い。六股の事実が露見すればどうなるのだろう。
「不潔な兄さん」から大幅なレベルアップを果たして「股間が暴走機関車で見境なく穴に突っ込む最低最悪の不潔な兄さん」とラノベのタイトルくらいに長くなりそうな近未来をひしひしと感じた。
ここで考え直す。杏寿は厳密に言えば彼女ではない。それは間違いない事実である。家にきた理由に深い意味はなくて、ただの友人として遊びにきた。
それ以外の答えは邪推に過ぎない。その通り、と心の中で肯定して自室に戻った。
杏寿はベッドに寝そべっていた。着ていたチュニックの裾を捲り上げて胸を出している。
石像のように固まっている僕を見て微笑み、好きにしていいのよ、と吐息交じりの声を漏らす。
そこで思った。友達に変わりはないが、セックスフレンドの方か、と。
相手の態度を正す前に、またしてもチャイムが鳴った。言い争うような声がセットで聞こえる。スマホに時間を表示させると、九時になっていた。
これは何に対しての罰ゲームなのだろう。
ぼんやりと考えた僕は十三階段を上がる死刑囚の気持ちで自室をあとにした。




