第65話 結愛とファミレス(2)
何をどのようにして話せばいいのだろう。結愛は感謝の気持ちで突っ走っている。押し掛け女房のような状態は暴走に近い。正しい情報を得ていないからできる行動に思えた。
まずは結愛の認識を変えるところから始めよう。
「結愛、この五人の女性を見てどう思う」
「どうって。幅広い交友関係的な?」
「普通はそう思うよね。だから聞いて欲しい。この五人の女性は全員、僕の彼女なんだよ」
結愛は反応しなかった。数秒遅れで、え、と目を丸くしてこちらを見た。
「全員っすか!? あたしを入れたら六股じゃないっすか」
「この小娘が参戦するのか?」
綾芽は笑いを含んだ声で言った。
「最初はメス奴隷だったんですけどねぇ」
「どういうことだ! 拓光、説明しろ」
美知の言葉にルチルが半ば立ち上がる。
同様に要は顔を突き出し、おい、と怒りの目で言った。
控え目な撫子も、これは、と困惑した声を漏らす。
「菅原先輩、どういうことなんっすか。先輩はヤリマンであたしはやっぱりメス奴隷なんっすか」
腕に縋りついて揺さぶる。女性らしい膨らみが当たって思考の邪魔をする。
「えっと、五股がスタートだから浮気とかじゃないんだよ」
「なんなんっすか。先輩は王族っすか。そんなファンタジーあるんっすか」
「まあ、あったみたいだね」
実に普通の反応で意外とすんなり話が進むかもしれない。
「だから、この状態が嫌なら別れてくれてもいいよ。結愛が僕のことをよく知らないのと同じで、こちらもよくわかっていないから」
「それは、そうっすね」
しょんぼりした声で手を離した。やや俯いた状態で座り直す。
そこにパンと乾いた音がした。撫子が両手を合わせて笑顔を見せる。
「ここにいる皆さんも最初は抵抗がありました。恋人の座は一つと思って争ったこともあります」
「今は結婚の座を賭けて戦っているぞ」
力強い言葉でルチルは闘志を燃やす。
「何度も言わせるな。坊やは私のものだ」
「その前におばさんはぁ、アンチエイジングを頑張ってくださいねー。あー、そうでした。今がもう若々しくなかったのでー、効果はないですよねぇ」
「口は災いの元という言葉を知らないようだ」
美知の間延びした煽りを綾芽は静かな殺意で返す。
そこに珍しくルチルが割り込んだ。
「一応、美知は私の友人だ。金と暴力は比例する。わかるよな?」
「お嬢様の論はごもっともで。だがな、証拠を残さない方法もあることを知れ」
敬意を払いつつ静かに脅す。目立った威嚇ではないが、その迫力にルチルは口を閉ざした。
撫子は場の空気を変えようと努めて明るい声を出す。
「このような状態ではあっても、今の皆さんの立場は変わりません。どうでしょうか。結愛さんはその中に加わる意志はありますか?」
「……あたしは菅原先輩が好きっす。めちゃくちゃにされてもいいくらい、大好きになったっす。でも、先輩をよく知らないのは本当っす。だから、もう頭の中がぐちゃぐちゃなんっすよ」
俯いたまま苛立つように言った。
ここで撫子は提案した。
「そこで一日デートです。皆さんも一度は体験しています。どうでしょうか」
「菅原先輩とデートっすか。あたしはいいっすけど」
結愛は顔を僅かに傾けて横目で僕を見た。不安げな眼差しに少し胸が痛くなる。
「結愛、僕とデートして欲しい。いいかな」
膝の上にあった手に軽く掌を合わせる。結愛は自ら掌を返した。どちらともなく握ると顔を上げた。
真っすぐな視線で僕を見つめる。一重の目が円らで鼻筋は通っている。青春の象徴のニキビは僅かで気にならない。唇の色が少し悪い。表面が荒れているように思えた。
「……頭の中がぐちゃぐちゃなのに本当に嬉しいっす。それと、先輩。あたしのこと、疑ってるっす。そんな目をしてるっす」
「え、なんのこと?」
「口だけと思われたくないんで、行動で証明するっす」
「どういう」
僕の口を塞ぐようにキスをした。舌まで突っ込んで中を掻き回された。
離れると、どうっすか、と訊いてきた。
「どうって言われても」
周りを見ると興奮したような目で返された。撫子は目を伏せた姿で動かない。綾芽は、ただ笑っていた。その表情が全く変わらないので少し怖い。
美知は何も言わず、胸を押し付けてきた。
「いきなり何してんだ! 締め落とすぞ!」
ルチルが怒鳴ると結愛は不機嫌な顔で言った。
「そこ、うるさいよ。証明だって言ってんだろ」
「その行為がなんの証明になるんだ。説明しろ!」
何故か、ルチルは僕を見て言った。
「僕に言われても」
「ねえ、先輩。タバコ臭くなかったっすよね」
「そんな感じはしなかった」
「ちゃんと約束を守ってるっすよ」
僕が唇を見ていたことが原因らしい。周りの怒りを鎮める意味で、その流れに乗ることにした。
「疑ってごめんね」
「いいっす。ヘビースモーカーだったのは本当のことなんで」
その後はなごやかとは言えないまでも、一波乱はなく、九時には解散となった。
一日デートは今週の土曜日。待ち合わせ場所は意外と近く、歩いて五分も掛からない小さな公園に決まった。




