第51話 密室の六人(3)
左側から美知が胸を押し付けてくる。右側には要がいて僕の右手を握り、力で胸を触らせようとした。ルチルは背後にいて首に両手を回し、立ち上がって逃げることをやんわりと阻んだ。
美知は別として、要とルチルの力には抗えない。鍛え方が違う。
そのマイナスの思考が瞬時にプラスへ変わる。頭に閃いた方法に僕は飛び付いた。
力に逆らわず、右手を脱力させた。要は自分の力の反動で後ろに倒れた。首に両手を回していたルチルはバランスを崩した。
仰向けになった二人は無防備だった。僕は要のブラウスの下から左手を差し込む。柔らかい膨らみを直に掴んだ。
「不公平だよね」
僕はルチルの胸を鷲掴みにして、少し強めに揉んだ。
「たっくん、もっと、優しくして」
「私の胸を、そんな……あ……」
二人は苦しそうな顔で乱れる。
背中にしなだれかかるようにして美知が声を漏らす。
「わたしにもしてよぉ」
「わかった。両手が塞がっているから足を使うよ」
「いいよ、それで」
美知は僕の右横に回り込み、適度に離れて少し上体を倒す。
「これならいけるよねぇ」
「そうだね。でも、揉むのは美知だよ」
「どういう、そこは」
スカートの中に右足を突っ込んだ。靴下で感覚は鈍くても当たればわかる。足先で踏みにじるようにした。
「そこ、いい。親指も、使って」
両手の行為を忘れず、右足も激しく動かす。一時的ではあっても三人の自由な行動を封じた。
「あの、これは。どういう状態で」
我に返った撫子に僕は叫んだ。
「美知を押さえ付けて!」
「は、はい?」
「早くして!」
撫子はわけもわからず、美知に覆い被さった。
その間に僕は立ち上がり、脱いだパーカーを手にして唯一の窓を目指す。僅かに開いた隙間に指を入れて一気に開いた。ひんやりした夜気が興奮した者達を等しく冷やしていく。
急いでパーカーを着て様子を窺う。
要とルチルが恥ずかしそうな顔で起き上がった。
「なんで、こんなところでするんだよ。それらしい雰囲気ってあるだろ」
強要していながら堂々と不満を口にした。要は落ちていたブラを素早く掴むと、ブラウスの下から入れて付け直した。
「あのー、そろそろどいて貰えませんかねぇ。重いんですけどー」
「あ、ごめんなさい」
美知の不機嫌な声で撫子は慌てて離れた。
そこに綾芽が戻ってきた。スーツを着た強面の男達が後ろに控える。
「未然に防いだのか」
「危ないところでしたが、どうにか。後ろの人達は?」
「もしもの時の備えだが、必要なかったな。おまえ達、解散だ」
「失礼します」
一人が代表して言うと速やかに引き上げていった。
綾芽は残り、僕のところにきた。
「よくあの三人に抵抗できたな」
「ギリギリですよ。綾芽さんは少し遅かったですよね」
「欲求不満を解消していたからな」
一日デートで利用した新幹線の時を思い出す。
ただ、今は『三人』の言葉に引っ掛かる。僕を除けば、この部屋には四人いる。
綾芽は肩を寄せて囁く。
「撫子は含んでいない。意味はわかるな?」
「なんとなく、ですが」
「それが正解だ」
綾芽は元の位置に座ってビールを飲み始めた。
僕は少し冷えた茶碗のご飯を黙々と食べる。右側にドカッと座った要は口を尖らせて言った。
「さっきのは無しだから。もっと雰囲気のいい時にタダ揉み券は使えよな」
「講義の最中とかー」
「スリルは求めてないんだよ!」
「いや、いいかもしれない。私は少し興奮したぞ」
ルチルは右胸に手を当てた。軽く揉んでいるように見える。僕と目が合うと、恥じらう顔で片目を閉じた。
撫子は疲れ切った様子で呟いた。
「……先程の騒動は何だったのでしょう」
「拓光の魅力の一つだ」
綾芽の一言に、そうだな、とルチルが声を揃えた。
「そうなんですよぉ。拓光君に公園のトイレへ連れ込まれた時なんかはー、もう、興奮がマックスでぇ、どこ触ってもブッシャーですよぉ」
「その表現はやめろ!」
漫才の相方のようにルチルがツッコミを入れる。見慣れてきたこともあって微笑ましい気分になった。
それから一時間が経過した。全ての食材を使い切ることはできなかった。
ルチルは重箱ごと放置。帰り際に、これはプレゼントだ、と言って美知と一緒に出ていった。持ち帰るのが面倒になったのかもしれない。
「ここには冷蔵庫がないのですが」
「私のコンロを好きなように使えばいい」
朗らかに笑うと綾芽は、また、とこちらに声を掛けて出ていった。
僕と要はどうにもできず、お邪魔しました、と控え目に言って撫子のアパートを後にした。
弱々しい街灯の光の中を二人で歩いて帰る。
「拓光、そのタダ揉み券なんだけど、迷惑じゃないよな」
「好意だからね。喜んで貰うよ」
「それならいいんだ。でさ、いつ使うつもりなのかな」
やや俯いて訊いてきた。
「講義の最中はダメだよね」
「当たり前だろ! あと公園のトイレも無しだからな」
ぼんやりした明るさでも要の耳の赤さがわかる。意識した僕も、少し赤いかもしれない。
「考えとくよ」
左手の柔らかい感触を思い出しながら道なりに歩いていった。




