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第50話 密室の六人(2)

 ルチルは菜箸で牛脂を摘まみ、鍋底に丁寧に塗り込んだ。それが終わると手早く切り揃えた食材を詰め込む。満足のいく状態に仕上がると、小瓶に入った日本酒を振り掛けて即座に蓋で閉じた。

 僕は確保した聖域で生唾を呑みながら完成を待った。左側は撫子なので何も問題は起きない。右側は耐性のある要がいて、その隣で調理を受け持つルチルのガード役にもなった。

 正面にいる綾芽はビールを飲みながら、時に撫子を見て余裕の笑みを見せた。電脳世界で言っていた通り、全てを知っているのだろう。

 僕は撫子の横にいる美知をちらりと見た。文机の下にあるコンセントに繋いだ電子ジャーを気にしているようで何回か目を向けた。視線が合うと軽く唇を突き出して朗らかに笑った。

 その時、ルチルが宣言するように言った。

「今から肉を入れる。醤油と砂糖で味付けすれば完成だ。三分も掛からない。小鉢の用意はいいな」

「いっぱい食べてぇ、食後の運動に備えますー」

「おまえの好きにはさせない。真っ先に締め落としてやる」

 ルチルは美知に燃える闘志を見せつけた。

「えー、そんなこと言ってぇ、実はわたしに抱き着きたいだけなんでしょー」

「なんでそうなる! 私は女だぞ!」

「女子高の時にぃ、本番に備えてとかでー、強引にキスされたんですけどぉ」

「私の黒歴史をばらすな!」

 綾芽は軽く咳き込んだ。明らかに目が笑っていた。

「しかもー、べろちゅーですよぉ」

「やめろおおおお!」

 絶叫のあと、ルチルは加速した。霜降り肉を入れて醤油と砂糖で味付け。焦げないように日本酒を加えて蓋をすると、五秒くらいの時間で美知に飛び掛かった。

「やめてぇ、犯されちゃうー」

「それをやめろおお!」

「あまり埃を立てるな。A5の肉が台無しになる」

 綾芽は笑っていうと残りのビールを飲み干した。蓋を開けて菜箸で軽く掻き混ぜると僕の方に手を伸ばす。

「私が取り分けてやろう」

「綾芽さん、ありがとう」

「まだ綾芽とは呼んでくれないのか?」

 それとなく両側からの視線を感じた。緊張しながらも、綾芽、と言ってみた。取っ組み合いをしていた二人の動きがぴたりと止まる。

「私も今後はルチルと呼び捨てにしてくれ」

「わたしは親しみを込めてぇ、美知でお願いしますねー」

「わかったよ」

 苦笑して言うと、左隣から小声で言われた。

「……私も撫子で」

 先輩に呼び捨ては抵抗がある。が、数秒で思い直した。綾芽は更に年上であった。

「撫子と呼ぶのは……善処します」

「あたしも」

 要はねたような顔で肩を寄せてきた。

「要は前から呼び捨てなんだけど」

「あ、そうだね」

 一瞬で明るい笑顔になった。

「すき焼きにするか」

 脱力するような展開を目の当たりにして戦意を失ったのか。ルチルは元の場所にすんなりと戻った。


 小鉢の中に極上の肉が収まった。箸で摘まみ、濃厚な溶き卵に潜らせて、それだけを口に含む。歯で三回、噛み締めるだけで喉の奥へするりと滑り落ちていった。

 すき焼きは飲み物。初めて思った。焼き豆腐は見た目よりも重く、噛む程に大豆の味が濃くなる。太い白ネギは甘い。噛むと熱い中身が飛び出した。半開きにした口で空気を吸い込む。桜の花をモチーフにした生麩なまふは彩りと感触が好ましい。飾り切りされたコンニャクは芋の匂いに溢れていて何回も深呼吸をした。

 キノコの種類も多く、シメジとシイタケはすぐにわかった。四つ切にされたこれは、もしかして。

 箸で摘まんだ物を掲げて見せる。

「ルチル、この具はマツタケ?」

「そうだが。去年、保存したものを適当に切って持ってきた」

「マツタケ!? どこ、あたしのには入ってないよ!」

 要は小鉢をルチルに突き出した。

「そう、がっつくな。二十本くらいある。簡単に無くなりはしない」

「でも、入ってないんだけど」

「わかった、わかった」

 ルチルは膝立ちとなり、野菜と霜降りを追加した。ついでに床に並べた重箱の一つを持ち上げて鍋の上で傾ける。ごろりと中身が落ちたあと、必要な調味料を振り掛けて蓋をした。

 数分後、ルチルが蓋を開けると要は笑顔で小鉢を差し出した。

「丸ごとだ。よく噛み締めて食べろよ」

「マジじゃん。一本のマツタケが、あたしの小鉢に。こんなの見たことないよ」

「拓光君みたいで可愛いー」

 美知の一言に綾芽が噴き出した。

 逆にルチルが深刻な顔を見せる。

「こんなサイズが入るのか?」

「なんの話だよ。マツタケだよな?」

 要は不思議そうな顔でマツタケの先端を口に含む。

「どびゅっ、びゅー」

「生臭い表現はやめろっ!」

 ルチルは美知に向かって怒鳴った。

「……反応に困るのですが」

 目を伏せた撫子は生麩を口に入れて、美味しいです、と呟いた。


 食べる程に身体が熱くなる。僕は着ていたパーカーを脱いだ。半袖シャツもあって肌にひんやりとした夜気が当たって気分が楽になった。

「あのー、そろそろご飯をよそいますねぇ」

 美知がふらりと立ち上がる。茶碗とシャモジを持って電子ジャーでご飯をよそう。後ろを振り返ると山盛りにされていた。

 気付いた美知は舐め上げるような真似をして、僕の左側にペタンと座る。寄り添う形で、食べてぇ、と甘ったるい声を出した。

「……当たっているんだけど」

「当てているのですぅ」

 露骨な前屈みのせいで、胸の谷間がはっきり見える。左腕に強く押し当てると柔らかそうにひしゃげた。

 右腕を掴まれた。目をやると要がオーバーオールの肩紐を外し始めた。

「たっくん、使っていいよ」

「何をするつもり?」

 ブラウスの下から手を入れてチューブタイプのブラを外した。現物が畳に転がり、僕は嫌な汗を全身に感じた。

「生乳タダ揉み券だよ」

 甘えた声で右手首を掴まれた。レスリングで鍛えられた腕力は凄まじい。抗うと腕全体が震えた。

「要はあとでいいですよぉ。それよりぃ、わたしを先に食べてぇ」

「た、食べるのはご飯だよね?」

「もう、どうでもいいー」

 正面に座っていた綾芽は、頃合いだ、の一言で部屋を足早に出ていった。

 ルチルもおかしくなっているようだった。ゴスロリの服の上から片方の胸を掴んでいる。

「口直しにキスをくれてやる」

「できればジュースを」

「ラブジュースならぁ、ここにありますよぉ」

 美知は自身のスカートに手を入れた。

「こ、これは、どういう状況なのでしょう? 皆さん、と、とにかくですね。冷静になってください」

 激しく動揺しながらも撫子は美知の肩に手を置く。振り向かせようとした瞬間、自ら動いた。

 美知は撫子の口を口で塞いだ。湿った音を内部でさせて最後に啜り上げた。

「食前酒くらいにはなったよねぇ」

 撫子は湿った唇で朦朧とした表情になった。


 パーカーを脱いだことで、一気に香水の力が解放されてしまった。

 立ち上がって窓を全開にすることはできない。ルチルに背後を取られ、首に両腕を回された。

「楽しいパーティーの始まりだ」

 ルチルの声が脳内に響いた。

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