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第46話 激しい雷雨の中で(2)

 撫子は目を伏せた状態で猫背となり、口を閉ざした。重苦しい雰囲気に耐えられなくなった僕はジュースの缶を開けた。一口では喉の渇きが癒えず、ゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。

 その効果なのか。喉のつかえが取れたような気分になり、自分から思ったことを話し始めた。

「これは僕の自分勝手な考えなので気を悪くしないでください」

 撫子は目を伏せたまま、はい、と小さな声で言った。

「相手に弱みを握られたと思うのは秘密にしているからです。自分から打ち明けてしまえば、それは秘密ではなくなります。弱みでもありません。僕も特殊な体質に悩んでいましたが、話すことで少しですが楽になりました」

 一旦、話を切る。撫子の反応を黙って待った。伏せていた目がこちらに向けられた。弱々しい感じで躊躇ためらいながらも口を開いた。

「私の隠していることを話すと、嫌われるかもしれません。気持ち悪いと思う人がいてもおかしくなくて、誰にも言えない状態でした」

「泉さんの悩みは僕とは違うと思います。苦しさも同じではないですが、僕なりに苦しんできました。この忌まわしい体質のせいで女性と付き合うことができません。電車に乗ると同じ車両にいる女性を不機嫌にするので、極力、使わないようにしています。妹にも嫌われていて未だに改善の兆しが見えません」

 撫子は黙っていた。その目は何かに迷い、窓の方を見た。薄暗い窓は時に光る。依然、雷は続いていた。

「一日デートは僕にとって試練でした。相手を不快にするのでは、と絶えず頭の中で考えていました。嫌われないように心掛けたこともあります。汗を掻かない。必要以上に近寄らない。この二点を守り、今日を迎えました」

「いつも、そのようなことを考えて行動しているのですか?」

「そうです。何かに怯えるような行動をしていて、そのくせ彼女が欲しいとも思っています。なんか、考えると矛盾しているようでおかしいですよね」

 苦笑した僕はポテトチップスに手を伸ばす。一口で食べてジュースを飲んだ。

「……私は性同一性障害です。診断書も貰いました」

 いきなりの言葉に僕の思考が停止した。外とは違う、別種の雷に打たれたような衝撃を受けた。

「あの、見た目が女性だから、元は男性?」

「戸籍上は今でも男性です。ですから私は菅原さんの体質に影響されません」

 大観覧車に乗った時のことを思い出す。あの極端に狭いところで撫子は普通の状態を保っていた。その事実と今の話で、ようやく結び付いた。

「そうなると名前は?」

「十五歳の時、医者の診断書を持って家庭裁判所で改名の手続きをしました。元の名前は恥ずかしいのですが、雅之と言います」

 本当に話し辛い内容のようで撫子は横目の状態で言った。

「行動が前向きで、凄い努力だと思います。前に言っていた手術とは性転換のことなんですね」

「そうです。費用が掛かるので、すぐにはできませんが」

「その為にお金が必要と。でも、今のままでも十分に女性らしいですよ」

「エストロゲンのおかげかもしれません」

 馴染みのない物質に僕は、ホルモン注射? と訊くとやんわり否定された。

「エストロゲンは女性ホルモンの一つですが、食べ物で摂取せっしゅすることができます。お豆腐とか、山芋。あとプルーンにも含まれています」

 撫子は滑らかな口調となり、笑顔を交えて話してくれた。聖母とは違う、親しい者の間で見せる表情に思えた。

 同時にすまないという気持ちが急激に膨らむ。

「泉さん、一日デートの騒動に巻き込んでしまってごめんなさい」

「私こそ、エゴ丸出しの行動を恥ずかしく思っています。こちらこそ、ごめんなさい。それと菅原さんのこと、嫌ってはいません。むしろ好感を持っていると言いますか……」

「そうなんですか?」

 もじもじしながら撫子は、はい、と聞き取れるギリギリの声で言った。

 会話が途絶えた。どちらも俯いた状態でお菓子を食べる。喉が乾けばジュースを飲んだ。

 外の雷が聞こえなくなった。心なしか窓が明るくなったような気がする。

 もう少し、うるさくても良かった。そんなことを思いながら僕は一口大のクッキーを摘まみ、口の中に放り込んだ。


 一日デートが終わった。僕は決断を迫られる。誰か一人を選ばないといけない。

 頭の中には五人の女性が魅力的な笑顔で目まぐるしく入れ代わる。全員が手を差し出して、選んで、と目で訴えた。


 誰の手を取ればいいのだろう。


 その答えはまだ僕の中にはなかった。

 不要になった傘を振りながら土手の道を歩いて帰る。

 鮮やかな夕陽は僕にとって少し眩し過ぎた。

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