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第45話 激しい雷雨の中で(1)

 長い一日が終わった。僕だけ二日目に突入した。

 ガラガラの車内の最終電車には乗れたものの途中下車となった。そこから家まではかなりの距離がある。

 スマホを取り出してダメ元で響輝に電話を入れた。三回の呼び出しで繋がった。事情を話すと即座に言葉が返ってきた。恩返しができる、と。

 響輝の400CCのスクーターは安定して乗り易かった。家まで送ってくれたことに感謝して、ようやく僕の一日が終わった。


 反動で遅い朝を迎えた。ドアをノックする音がマシンガンのようだった。

「兄さん、怠惰たいだな生活を謳歌おうかしているところを悪いのですが、朝食を食べ終えたので私は学校にいきます。冷えた朝食があるだけでも有難いと思って、よく噛み締めて食べてください」

「ああ、うん。わかったよ」

「ドアを開けて朝から不快な気分になりたくないので、これで失礼します」

 すでに声の調子が不機嫌なので、ドアを開けたとしてもあまり変わらないように思う。

「いってらっしゃい」

 彩音から返事はなかった。ドアの前にはいないのかもしれない。

 今日の大学の講義は三限目から最後まで。午前中は家でのんびりできる。

 机の上に置かれたノートパソコンに目がいく。一日デートで最後に残ったのは撫子だった。僕の体質を気にしないで済む相手もあって、デートの内容を考えるだけでそわそわする。

 大観覧車のような密室空間に一緒にいても撫子は不機嫌にならなかった。あれ以上、狭い場所はそうないだろう。

 ベッドを離れて椅子に座る。落ち着かない気分でノートパソコンを起動した。

 一通のメールが届いていた。まさかと思いながらも内容を表示した。

 撫子に関するものだった。大学の創立記念日を指定してきた。休みなので丸一日、デートに使える。

 僕は三日後を楽しみに待つことになった。


 デートの当日、台風のような雨に見舞われた。黒雲の一部が光り、遅れて腹に響く音がした。天と地が歪な線で繋がる瞬間もあり、身の危険を強く感じる。

 その中、僕は撫子のアパートにいた。傘を差していても雨に濡れた。スーツはハンガーに吊るされ、窓際に掛けられた。

 対面の座布団に座っていた撫子がポツリと口にした。

「デートの日に、このような事態になって申し訳ないです」

「仕方ないですよ。天気予報が外れることはよくあります」

「でも、このような状態をデートと呼ぶには少し抵抗があります」

 目の前の畳にはコンビニで買い込んだサンドイッチやおにぎりが並ぶ。飲み物には微炭酸のジュース。あとは細々としたお菓子で占められた。

 この状態が恥ずかしいのか。撫子に聖母のような微笑みはなく、ただ目を伏せていた。長い睫毛は悲しさをそれとなく強調した。

 僕は湿っぽくならないように会話に努めた。

「豪華なデートが全てではないと思います。僕達は学生です。それに見合ったデートでもいいじゃないですか」

「それはそうですが、他の人達とのデートはどうでした?」

「それぞれの特徴にあった感じでした」

 ルチルや綾芽のデートの内容は、この場面では言い辛い。自分が知っている金持ちの範疇はんちゅうを超えていた。

「綾芽さんはどうでしたか?」

「いきなり、ですね。その、社長の肩書きもあるので、それなりでした」

「それなりとは、どれくらいでしょうか」

 撫子は食い下がる。卑屈になりながらもデートの内容が気になるようだった。

「正直に言いますと、僕もびっくりしました。新幹線を使って別荘に連れていってくれました。近くにある湖でのんびりと釣りをして、釣り上げた魚は別の人に料理して貰って、その日に新幹線で帰ってきました」

「それは凄い持て成しですね。魚料理も美味しかったことでしょう」

「あ、でも、僕はこのチョコも好きですよ」

 紙の箱を開けて小袋を破り、中の小粒のチョコレートを口に含んだ。

「美味しさの次元が違うように思います」

 撫子はポテトチップスの袋を丁寧に開いた。ぺらぺらの安っぽい皿の状態にして盛られた一枚を摘まんで一部を噛んだ。

「良い感じの塩味で美味しいです」

「そうですよ。その塩味と一緒にジュースを飲めば、もっと美味しく感じられます」

「所詮はジャンクフードの範囲の美味しさですが」

 返す言葉がない。比べること自体、無理がある。それは僕にもよくわかっていた。

 食べ物で対抗することはできない。別の話題を振ることにした。というか、今の状態で会話が途絶えることの方が恐ろしい。

「この一日デートなのですが、どうして泉さんは参加されたのですか」

「私の汚い一面を見せるようで言い辛いのですが、サークルに資金提供してくれた方の提案なので無碍むげに断ることはできませんでした。それと……」

「まだ理由があるのですか?」

 重い話を演出するかのように窓が光る。続いて空間を引き裂くような音が響いた。

「あの方は私の全てを知っていると」

「それは弱みを握られたという意味でしょうか」

「……そのような感じです」

 しおらしく答える撫子は酷く小さく見えた。実際に背中は丸くなり、正座した膝の辺りに目を落とす。

 訊いてはいけない。それでも気になる。野次馬的な感情ではない。隠していたことを明かして楽になることもある。僕の体質についても同じことが言えた。

 だから、今ここで訊かないといけないと思った。

「泉さんの秘密を僕に教えてください」

 またしても大きな雷の音がした。近くに落ちたのかもしれない。

 その時、ベージュのブラウスに包まれた撫子の肩が震えたような気がした。

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