表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/105

第38話 不幸のメール

 二限目から五限目まで講義を受けた。生欠伸を噛み殺して講義棟を出ると、どこにも寄らずに正門へと向かう。その途中で右の肩に強張りを感じ、歩きながら揉んでいると声を掛けられた。

「拓光、待ってくれ」

「だいぶ良くなったね」

 響輝の顔の腫れは引いていた。頬の辺りに薄い青痣あおあざが残る程度でほぼ普通の状態に戻っていた。

「まだ礼を言っていなかった。本当にありがとう。助かったよ」

大事おおごとにならなくて良かったよ、じゃあ」

「待って。言葉だけでなくてちゃんと礼をしたい。ファミレスでいいかな?」

 おごるということらしい。夕飯までに帰宅できるとは思いつつ、スマホで彩音にメッセージを送った。


『友人と一緒にファミレスにいくので帰りは遅くなる』


 これでいいだろう。僕は響輝に向かって、付き合うよ、と朗らかに言った。

 移動を始めてすぐにスマホが鳴った。画面で確認すると、彩音からの返信だった。


『私は兄さんの小間使いではないのに、どういうつもりでこのようなくだらない内容を送り付けてきたのか問い詰めたい気分で一杯ですが、その不快を乗り越えて家族にはお情けで伝えてあげなくもないので勝手に楽しんできてください』


 怒りの一文を要約すると、わかりました、となるのだろう。画面を横目で見た響輝は苦笑いを浮かべていた。

「こういう妹だから」

「当たりの強い妹さんだよね」

「まあ、それは否定できないかな」

 その後も妹をネタにして和やかな状態でファミレスに着いた。


 中程のテーブル席に座ると対面の響輝が深々と頭を下げる。

「本当に助かったよ。慰謝料で請求された百万、とてもじゃないが俺には用意できなかった。本当にありがとう」

「友達だし、僕も必死だったから」

「でも、どうやったんだ? 話し合いのできる相手に思えなかったんだけど」

 頭を上げた響輝はどこか心配そうな顔付きとなった。

「どうって言われても。済んだことだし、もういいんじゃないかな」

「まさか、拓光。おまえが俺の代わりに百万を払ったのか!?」

「そんな大金、持ってないよ」

「それなら、いいが。じゃあ、どうやって……」

 気になって仕方がないらしい。僕がかなり無理をしたと思っているのだろう。響輝の顔がどんどん暗くなる。

「実を言うと、僕だけの力じゃないんだ」

「というと?」

「あの男性の上司と知り合いだったおかげで解決できたんだよ」

「その話にウソはないよね」

「ないよ。本当の話だから安心して」

 響輝を騙してはいない。社長も上司みたいなものなので良心がとがめることもない。

「納得した。ただ、あの男性には悪いことをしたよ。女に手を出したのは事実だし、上司に話が伝わったことで会社の待遇も悪くなるだろうし」

 会社にいるかもわからない。減給や降格ではなくて綾芽は粛清と言っていた。山や海が頭に浮かびそうになる。

「暗い考えはここまでにして楽しくやろうよ。今日は響輝の奢りなんだよね。何にしようか迷いそうだよ」

 響輝を励ましながら自分を明るく保つ。バカみたいに陽気になって全てを忘れることに努めた。


 話が弾んで帰りは想定よりも遅くなった。ファミレスを出ると街頭に明かりが灯り、夜らしくなっていた。

「響輝は電車だよね」

「拓光はどうする?」

「歩いて帰るよ。今の時間だと帰宅ラッシュだと思うから」

 理由は言わなくても響輝にはちゃんと伝わる。そうだな、と一言で済ませて僕達は歩き出す。

 最寄りの駅に着くと響輝は改札へと走る。一度、こちらに振り返ると本来の明るさで、またな、と笑顔を見せた。

「また、大学で」

 明るく返したものの帰り道のことを思うと、少し憂鬱な気分になった。


 この時間帯に土手の道を歩いたことはない。想像した暗闇と違い、意外と視界は悪くなかった。街の明かりと満月や星の瞬きのおかげもあるのだろう。

 河川敷の道ではジョギングをしている男性を見かけた。犬を散歩させている女性もいて、閑散とした状態ではなかった。

「なんか、良いことがありそう」

 星空を眺めながら腕を振って歩く。気分が上向いた状態で帰宅。

 たった今、夕飯が終わったらしい。キッチンから現れた彩音は関心のなさそうな目をこちらに向ける。

「兄さん、それ以上、汗臭い身体で私に近づいて不快にしないでください。速やかに避難します」

「歩いて帰ったから平気だと思うけど」

 言い訳と思ったのだろう。話の途中で彩音は口を閉ざし、階段を駆け上がっていった。

 慣れた光景とは言え、あまり気分はよくない。急いで靴を脱ぐとキッチンに顔を出し、ただいま、と声を掛けて階段へ向かう。


 自室に入ると肩の力が抜けた。背負っていたリュックを下ろし、ノートパソコンを机に置いた。起動させると一通のメールがきていた。

 サークル『電脳の箱庭』からで次のデートの日時と待ち合わせ場所が明記されていた。その内容よりも名前に目がいく。


『城山美知』


 最大の不幸が胸をはだけて、なまめかしい声を上げながらスキップして現れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ