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第30話 視線が痛い

 こんがり焼いたトーストにハチミツをたっぷり掛ける。その上にハムとレタスを載せて二つ折りにした。大口で齧ると口の中に香ばしい甘味と程よい塩気が広がって幸せな気分になれた。

 三分の二ほど食べたところでチャイムが鳴った。先に食べ終えた母が玄関へと向かう。のんびりとしたスリッパの音は途絶え、驚いたような声を上げた。シャチに襲われたペンギンのような速さでキッチンへ駆け込んだ。

 僕の顔を見るなり、母は叫ぶ。

「アイドルがきたよ! しかも二人も!」

「まさかとは思うけど、僕に?」

「そうよ。早く出なさい」

 残りを一口にした。数回噛んで呑み込み、キッチンを出た。

 二人の姿を見た瞬間、なるほど、と心の中で理解した。

 ルチルは黒と白を基調にしたゴスロリで、頭の斜め上に小さな王冠を載せていた。白黒のボーダーハイソックスは服装と合っている上に愛嬌があった。

 美知は白で統一したドレスを着こなす。柔らかそうに膨らんだスカートから伸びた脚まで白い。穿く人物によるのだろう。純白のストッキングは少し妖しく見えた。

 二人は肩で押し合うようにして力んだ笑顔を見せる。

「やあ、アイドルのルチルだ」

「あなたのアイドルの美知ですよー」

「おまえみたいな不純なアイドルがいるか」

「動物園から脱走したヒグマさんに言われても困りますぅ」

「絞め殺すぞ」

 殺伐とした二人は僕の体質の影響を受けているように思える。美知は公園のトイレへ置き去りにした。その報復を想像するだけで全身に冷や汗が滲み出るようだった。

「ま、まあ、上がって」

「二階の奥の部屋でいいよな」

 ルチルは大きな声で言った。

 その一言に反応した美知が、むくれた顔を僕に向ける。

「どういうことですかー?」

「知らないのかよ。()の部屋に決まってるだろ」

 名前を呼び捨てにして更なる圧力を掛ける。

「拓光君、どういうことー!」

「ルチルが家に押しかけてきて。でも、なにもなかったよ。本当に」

「妹の邪魔が入らなかったら、最後までいってたけどな」

「……さかりやがって」

 誰の言葉なのだろう。一瞬ではわからず、小さく舌打ちした美知を見てようやく呑み込めた。

「それはおまえだろ!」

「きゃー、怖いですぅ。ヒグマさんに食べられちゃいますぅ」

 美知は打って変わって身体を震わせる。その騒々しさを気にした僕はさりげなく後ろを窺う。キッチンから顔だけを出した母と目が合った。

「あ、あのさ、二人とも、部屋に行こうよ」

「そうだな」

「お邪魔しまーす」

 僕を先頭にして階段を上がる。すぐ後ろでは二人の小声での舌戦が激しさを増していった。


 部屋に入るとルチルはベッドに腰掛けた。ソファーに座るように足を組む。

 あいだを開けて美知が座る。怒りの横目を向けた直後、僕に向かって微笑んだ。

「ここが拓光君の部屋なのですねぇ」

「美知は初めてなんだよな」

 ルチルは優位に立とうと不敵な笑みを浮かべた。

 美知はやんわりと笑みを返し、椅子に座った僕に向かって赤い舌を見せる。唇に付いたクリームをめ取るかのようにゆっくりと動かした。

「ルチルさんは経験したことがないと思いますけどぉ、わたしは拓光君に公園のトイレへ連れ込まれましたぁ」

「はあ!? なんだ、そりゃ! どういうことだ!」

「子供ちゃんみたいなことをー、言わないでくださいよぉ。もちろん、がまんできなくなったからじゃないですかー。性的な意味でぇ」

 美知は右手の人差し指を立てて左右に振って見せる。左手は自身の胸を摩った。

「まだ先っぽが痛くてぇ、ジンジンしますぅ」

 ルチルは飛び出した。信じられない速さで僕の胸ぐらを掴んだ。

「説明しろ」

「そ、その、トイレには行ったけど、城山さんが個室で、一人でしただけで」

「本当だろうな」

「う、嘘じゃないよ」

 視線を美知にやると唇を突き出して不満を表現した。持続はしないようで、ものの数秒で蕩けるような笑顔に変わった。

「そうだけどぉ、個室では優しく抱き締めてくれたよねー」

「おい!」

「それは……本当です」

「不公平だ。私にもしろ」

 覚悟を決めて抱き締めた。物足りないというように骨が軋む程の力を加えられた。咳き込むと自ら離れ、上から見下ろした状態で言った。

「今日の講義はあるのか」

「二限目なので、そろそろ出ないと」

「えー、今日は拓光君と一日中、ベッドでごろごろしたかったのにぃ」

「私と寝技で勝負するか」

「お断りしますぅ。嫌ですぅ。結構ですぅ。しないですぅ。死んでくださーい」

「くどいんだよ! それに最後のはなんだ!」

 仁王立ちとなって美知を睨む。

「愛らしい悪口でーす」

「下の口に拳を突っ込んでやろうか」

「いやーん」

 甘ったるい声で胸を左右に揺らす。

 その中、僕は立ち上がった。パーカーの上からリュックを背負い、二人に向かって声を掛ける。

「僕は大学に行くけど、二人はどうする?」

「付いていく」

「わたしもー」

 今一度、二人の姿を見て少し憂鬱な気分になった。


 人知れず、微量の香水を身に纏う。開放的な土手の道もあるのか。二人が言い争うことはなくなり、穏やかな状態で大学に着いた。

 正門を抜けて間もなく横から声を掛けられた。

「菅原君、おはよう」

 目をやると撫子が軽く手を挙げた。水色のワンピースに白いカーディガンが清楚なイメージを際立たせた。

「美人さんですねぇ」

「私には劣るが」

 美知とルチルは声を合わせるように言った。

 別の方向からは元気な声が飛んできた。

「よう、拓光。なんでおまえらがいるんだ?」

 要がパンツルック姿で歩いてくる。

「やっほー。素敵な彼氏を紹介してくれてぇ、ありがとうー」

「は? そんなつもりはないし。あたしも拓光は割と気に入ってるんだよ」

「待てよ。私に住所を教えてくれただろ。身を引くんじゃないのか」

 ルチルは一歩、踏み込んで言った。

「なんだよ、それ。勝手に解釈すんなよ」

 要は僕の左横に付けた。そのポジションを取り合うようにルチルと美知が身体を割り込ませた。

 空いている右横に撫子がすんなり収まった。

「なんだか、大変そうですね」

「僕にもこの状況が、よくわかりません」

 家以上の賑やかさでキャンパス内を歩く。他の学生達から向けられる視線が辛い。特に同性の目が厳しく、なんだよアイツ、と聞こえるように言われた。

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