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第25話 驚異の中で

 三限目が終わった。研究棟にいく最中、走っている要を見かける。部活動に精を出しているというよりも何かを探しているようだった。

 僕と目が合った瞬間、一直線に走ってきた。

「頼む!」

 いきなりの言葉に面食らう。

「なんの話?」

「付き合ってくれ!」

 全く予想していない展開だった。

「……急に言われても、まだ、心の準備ができていないし」

「乙女か! そうじゃない! 今日なんだけど、ある場所に一緒に来て貰いたいんだよ」

「ああ、そっちの付き合うね。四限目のあとでも大丈夫?」

「時間的には平気だ。約束は五時半だからな」

 相当、探し回ったみたいで要は額の汗を手の甲で拭った。

「付き合うのはいいとして、どこに何をしにいくの?」

「喫茶店だ。高校生の時の友達に会ってくれたらいい」

「本当にそれだけ?」

 要の表情が硬くなる。空を見るような動作から急に詰め寄ってきた。

「恋人のフリをして貰いたい。あの二人組に気付かれないように迫真の演技で頼む」

「いや、それはどうかな。演技なんてしたことないんだけど」

「マジで頼む! あいつ等、あたしのことをレズだと疑ってるんだよ。たまたま好きになったのが女性ってだけで、とんでもない誤解で、こんな腹立たしいことはないよな」

 心が男性だとしても女性が同性を好きになれば、そのように考えるのは普通なのでは? と思いはしたが口にしなかった。これ以上の面倒事は抱え込みたくないという意識が働いた。

「話はわかったよ。まあ、引き受けるけど、演技の方はあまり期待しないで欲しい。幼稚園の岩の役、以来なんだから」

「とにかく、がんばってくれ。あたしも話を合わせるから。二人ならこの試練もきっと乗り越えられるはずだ」

 巻き込まれた僕の場合、試練ではなくて災厄さいやくのような気がする。これも口には出さないけれど。


 喫茶店には予想を遥かに超えた二人組が待ち構えていた。栗色のソバージュはピンクのドレス。対照的に黒いストレートはゴシックロリータで決めていた。共通点がまるでない二人はメイクも完璧のようで可愛いとカッコイイに区分けできる。

 カジュアルな服装の僕とチュニック姿の要が対面の席に座る。そのタイミングで相手の自己紹介が始まった。

「わたしは城山しろやま美知みちですぅ。あざとい感じの喋り方は素なのでー、気にしないでくださいねぇ。脳内の印象を『のんびり愛されキャラ』と書き換えて置くと、理解が早くなりますよー」

「どうも、初めまして」

「素っ気なーい。もっと可愛らしくぅ」

 唇を突き出して身体を揺する。ボリュームのある胸とフリルが連動して波打った。

「ま、いいじゃないか。私は神崎かんざきルチルだ。女の王子様と思えばいい。キス魔でもあるから、気を付けろよ」

 僕に向かって綺麗に片目を閉じた。

 それにしても二人のキャラクターが濃い。要が霞んで見える。助けを求めた理由も今ならわかる気がした。

「それじゃあ、彼氏君、自己紹介をどうぞー」

 美知は甘ったるい声で僕の方に手を差し出す。

「最近、要と付き合い始めた菅原拓光と言います。同じ大学に通っています」

「おい、待てよ。それだけか? もっと自分らしさをアピールする何かが欲しいな」

 ルチルは掌を上に向けた状態で指さした。悪そうな顔で笑うとそれなりにさまになっている。

「わかりました」

 円滑に話を進めるため、素直に応じた。先程の二人を手本にすればいいのだろうか。  

 僕は右手の中指と人差し指を合わせて額に触れた。左手は右肘を軽く握る。

「性別不明の妖しい怪人。魅惑の香りで今日も女性を惑わす。フッ、魔性の男と覚えておいてくれ」

 言い終わると意識して口の端を吊り上げた。

 美知は目を丸くした。上体だけを横に向けた姿勢で両方の拳を顎先に当てる。

「こんな人、初めて見ましたー。リアル中二病が痛々しくて目に染みますぅ」

「さすがに引くね、これは。白馬に跨って今すぐ逃げ出したい気分だ」

 ルチルはあからさまな態度で周囲に目を向けた。

「あたしは、いいと思うな。あれだ、個性的で」

 要は苦笑いでフォローした。

 僕は頭が沸騰した状態で、帰りたい、と心の中で呟いた。

「軽く自己紹介が終わったところで、ここからが本番だ。菅原君は要のどこが好きなんだ?」

「聞きたいー。どこがいいの?」

 ルチルに合わせて美知が好奇の目を向けてきた。

「いろいろありますが、情が深くて、行動的で、たまに甘えるところが本当に可愛いと思います」

 ルチルと美知は内緒話をするように早口の小声で何かを伝え合った。

 代表として美知が言った。

「優等生的な答えだしー、なんか即答っぽいところが初めから用意していた台詞なんじゃないですかー」

「本当に付き合っているのか?」

 ルチルは要に目を向けた。

「当然だろ。あたしは男性だって好きになれるんだからな」

「どうでしょうー、ルチル先生」

「そのくらいの内容なら誰でも言えそうだ。カップルならではの話が聞きたいよな。どうだい、菅原君」

 三人の目が僕に集まる。本当に帰りたい。その言葉を呑み込んで思い出したことを話してみた。

「その、要はレスリングの関係で、がっちりした体型なんだけど、意外と胸は柔らかくて、えっと、小ぶりながら形もいいと思います」

 要のアパートで過ごした夜を参考にした。

「そ、そうだぞ。あたしの胸をよく触ってくるんだよ、拓光はさ」

「美知先生、身体検査をよろしく」

「わっかりましたー」

 ルチルに言われて美知が席を立つ。忍び寄るような姿で近づき、要の胸を遠慮なく揉んだ。

「ほうほう、確かに柔らかいねぇ。それに高校の時よりも育ったみたい」

「いつまで揉むつもりだ。これでわかっただろ」

 要は美知の手を振り解いた。

「まだ決め手に欠ける。大人キスってのはどうだ?」

「ほっほー、キス魔のルチル先生らしい要望ですねぇ。わたしは本気のべろちゅーが見たいですぅ」

 美知は下唇を舐めて妖しく光らせると自分の席へ戻っていった。

 早速、要が反論した。

「ここではマズイだろ。普通の喫茶店だし。なあ、拓光」

「店に迷惑を掛けるかもしれないからね」

「騒がなければ平気だ。ここは通りの窓から遠い。観賞用の植物が盾になって身を隠せる。最高のカップル席なのさ」

「この界隈かいわいでは知られた事実なんだけどねぇ。二人は知らなかったー?」

 言われて初めて見回す。確かに人の目に触れないような作りになっていた。

 僕は横目で要を窺う。向こうも同じ心境なのだろう。こちらを不安そうに見ていた。

「遠慮なくやってくれ」

「わくわくー」

 夜のアパートの再現は可能だと思う。演技ではない本気を見せれば要への疑念を晴らすことができるだろう。

 ジャケットのポケットに手を入れた。掌に手早く香水を吹き付けて、その手で何げなく前髪を掻き上げる。続けて首筋を掻き、要に顔を近づけた。

「……たっくん、チューして」

「いいよ」

 とろんとした目となった要を抱き寄せる。どちらともなく唇を合わせた。待ち切れない舌が絡み合い、湿った音を立てた。

「……んん、あ」

 切ない声を聞いた僕は要の胸に手を当てて、優しく揉み始める。

「これは、本当かも」

 美知は前のめりになった。両手で自分の胸を掴み、回すように動かした。

「おい、混ぜてくれ」

 立ち上がったルチルは僕と要の肩を抱き、真ん中から割って入る。

「ずるいー、こっちもぉ」

 そこに美知が加わって四人は入り乱れた。重なり合う喘ぎ声を聞き付けたのだろう。新たに渋い声が加わった。

「当店は喫茶店でございます。そのような行為をしたいのであれば、それ専用の場所をご利用ください。端的に言いますと、とっとと出ていけ」

 オールバックに白髪が混じった男性は笑いながら怒りを滲ませた。

「大変ご迷惑をお掛けしました!」

 僕は叫ぶと要の手を掴んで走り出す。二人は完全に出遅れた。ブーツとゴテゴテした服装が災いして難なく引き離した。


 外に出ても、まだ安心はできない。災厄という試練は続いていた。

「たっくん、チューして」

「もう少し真面目に走って」

「チューして」

「胸は出さないで!」

 真横にいる脅威と戦いながら僕はなんとか逃げ切った。

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