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第17話 各々の事情

 この季節にしては珍しい。僕の前に熱々のおでんが置かれた。

 だからと言ってのんびり食べている場合ではない。撫子から送られてきたメールの待ち合わせ時間が迫っている。

 格闘するように飴色の大根に齧り付く。口から白い息を吐きながら卵を二口で食べた。ちくわは唇に当たって仰け反りそうになった。横で静かに食べていた彩音は冷ややかな目で言った。

「どこの欠食児童ですか。もう少し落ち着いて食べられないのですか。横で食べている私が忙しない気持ちになります」

「ごめん、このあと、パソコンがあるから」

「いかがわしいゲームですか。俗称、エロゲですね。妹物だったら許しませんよ。夜な夜な私がおかずに使われていると思うだけで寒気がします」

 テーブルの向こうで母は苦笑した。父は遅い帰宅らしいのでいなかった。いればいたでややこしいことになるだろう。豪快な笑みで、仲良し兄妹だな、等と言って火に油をどぼどぼ注ぎ込む姿が目に浮かぶ。

「ごちそうさま!」

 空になった食器をシンクに運んでキッチンを飛び出す。歯磨きは後回しにして自室のパソコンを起動した。待ち合わせ時間の一分前だった。

 電脳世界にログインして青いアバターを走らせる。正門を通り抜けてすぐに進路を変えた。向かう方向にピンクのアバターがいた。立ち話に発展すると時間を取られる。無視して走り抜けることを考えたものの相手が要だと、あとが怖い。

 かなりの遠回りでベンチに行き着いた。ピンクのアバターがぽつんと座っている。近づくと吹き出しに『二年、泉撫子』と表示された。


『遅れました。ごめんなさい』

『十分の遅刻です』

『走ってきたのですが、間に合いませんでした』

『ログアウトする時に位置情報を保管します。それを利用すればいつでも続きから始められますよ』


 それは僕が知らない情報だった。Xキーを押してメニューを見るとそれらしい項目を見つけた。『以前の続き』とはっきり書かれていた。押してみると瞬時に画面が消えて中央に『Now Loading』と現れ、以前にログアウトした場所がアバターと共に表示された。


『見落としていました。今度からこの機能を使います』


 書き込んだあと、アバターをベンチに座らせた。撫子は何も書き込まず、二人で夜空を眺める形となった。

 そこで思い切って自分から話を切り出した。


『今日、ビルで会ったあの男性は誰ですか』

『彼は電脳の箱庭を立ち上げた時にいたサークル員で、プログラムではいろいろと助けて貰いました』


 怒りが尋常じんじょうではないので喧嘩別れをしたのだろう。原因は全くわからない。相手が言っていた「使い捨て」の言葉も気になる。


『彼とはこの大学で知り合いました。趣味が似ていて一緒にサークルを立ち上げることにも賛成してくれました。知り合いにも声を掛けてくれて、当時は本当に助かりました』

『それがどうして、あのような態度になるのですか』


 その質問を受けてピンクのアバターが俯いた。悩んでいると態度で語る。


『いつからなのかわかりませんが、彼は私に対して好意を抱いていたようです』

『それが、どうして』

『言い訳になると思いますが、私の身体のことが関わっていて、その好意に応えることがどうしてもできませんでした』


 前に手術を受けると聞いていたので自分なりに納得した。それは身体に負ったひどい火傷やあざかもしれないし、心臓に関係していることも考えられる。これ以上の詮索せんさくは興味本位と思われても仕方がないので控えた。


『彼のことを嫌っていた訳ではありません。強引に求めてきたので、つい強い口調で拒絶してしまいました』

『そうですか。どちらにも事情があると思いますが、それでどうして使い捨ての言葉に繋がるのでしょう』

『これは推測になりますが、彼の好意を私が利用したと考えているのでしょう。サークルが軌道に乗った時に拒絶したので。結果として彼は仲間を連れて去りました』


 もしかして非常に不味い時に出くわしたのでは。あの時の僕達は会話が弾んではたからはカップルに見えたと思う。あの男性が怒りながら口にした「当てつけ」が決定打となった。


『今回は私事で本当に迷惑を掛けました』

『大丈夫です。やましいことはしていませんし、僕からサークルを辞めることはありません。今後ともよろしくお願いします』

『ありがとう。本当に』


 ピンクのアバターが深々と頭を下げた。


『今日はぐっすりと眠れそうです。それでは失礼します』

『おやすみなさい』


 星屑となって消える姿を見終えた僕は青いアバターを立たせた。気晴らしを兼ねて、その辺りを適当に歩き回った。

 程々の時間が過ぎたところでピンクのアバターに出会った。相手の頭上の吹き出しに『一年、江崎要』と表示された。早速、会話文を入れ始める。それよりも先に猛烈な勢いで言葉を浴びせられた。


『今までどこにいたんだよ! 探したんだぞ! 偶然の出会いを想定していろんな言葉を考えてたのに忘れてしまったじゃないか。どうしてくれんだ!』

『落ち着いて。でも、どの辺りにいたの?』

『学生寮とか、講堂だな。時間は深夜が多かったな。二度寝する前にログインとか』


 どう考えても出会えるはずがない。そうは思ってもグッと堪えて別の話題を振った。


『この電脳世界はよくできているよね。アバターの動作を自作する機能もあるし』

『そう、それだよ! すげー発見をしたから見て欲しい。マジですごいから』


 そういうとピンクのアバターが右の拳を空に突き上げるようにして軽やかに跳んだ。派手なアッパーカットに見える。既視感のある動きなので特にすごいとは思わなかった。


『格闘ゲームにあるような動作だよね』

『ま、これだけならな。よく見とけよ。本当にすげーから』


 僕はピンクのアバターに注目した。ひたすらアッパーカットを続ける。着地したと思った時には次の動作に入っていた。その繰り返しが不可解な現象を引き起こした。


『バカっぽいけど、すごいかも』


 ピンクのアバターは連続アッパーカットで浮き上がって、ぐんぐん上昇した。氏名の吹き出しが消えて最後は星になった。無茶しやがってと思わなくもない。

 後日、僕の報告によってそのバグは取り除かれた。要には、なにしてんだよ、と怒られたけれど。

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