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第13話 電脳の箱庭

 電脳の箱庭がサークル員を募る土曜日が訪れた。日曜日を入れた二日間とあったが僕は今日を選んで土手の道をゆく。シャツの重ね着は少しラフかと思いつつ時間と共に気にならなくなった。

 歩きながらスマホの時間を確認した。一人なら気にする必要はない。ところが要が一緒に付いてくると言い出した。待ち合わせ場所はキャンパス内の胸像前になっている。

 あの日、要のアパートで強烈なタックルを受けた。その時の衝撃でポケットに折り畳んで入れていた紙が零れ落ちた。中身を見られた結果、二人で行くことになった。

 高校と違って大学はクラブやサークルの掛け持ちが許されている。幅広い活動は社会性や適応力を高めるとは思う。女子レスリングと電脳世界の共通点はさっぱりわからないが。

 ひょっとして僕のことが気になって、要はサークルに入ろうとしているのだろうか。それとも初めての僕の行動が心配になって付いてくるとか。

 そこまで考えて別の動機が頭に浮かんだ。要は僕を恋人と思っているのでは? 同時に濃厚なキスを思い出し、少し顔が熱くなった。

 要は好きな彼女に告白してひどい振られ方をした。本人の落ち込みは激しく、死にたいとまで口にした。実際に行動に移そうとして、それを引き留める為に僕は何回も好きだと言い続けた。

 事実、愛らしいと思った。日頃のたくましい姿からは想像できない弱々しさに何度も心を掴まれた。僕の体質に抗える要は最高のパートナーになれると、内心でも大いに喜んだ。


 中身が男性だからでは?


 過った思いが一瞬で現実に引き戻す。この体質のせいで異性に好かれたことがない。体臭が籠らない屋外は別として、本当に嫌われる。初対面であっても容赦がない。出会う女性は等しく攻撃的で鋭い言葉を放ち、幾度も心をえぐられた。妹の彩音でさえ、例外ではなかった。

 要だけが特別とは、どうしても思えない。本人には、たまたま好きになった相手が女性なんだと力説した。それと数日の期間が心の傷を癒して、元通りとはならないまでも表面上は明るくなった。

 あとは僕の対応次第。これが実に悩ましい。

 要は彼女として見れば理想に近い。中身が男性であっても身体は女性で、異性であることに変わりはない。勝ち気なところが表情に出ていても容姿は可愛い部類に入る。僕にはもったいないくらいの相手ではあるのだけれど、弱みに付け入るように思えて深い関係に踏み込むことができなかった。


 たぶん、これからも――。


 本格的に悲観する前に思考を打ち切った。今は前を見て歩けばいい、と自分に言い聞かせて足を速めた。


 胸像の前には誰もいなかった。今日は僕の方が早かったようだ。安心したところを狙うように要が裏側からぴょんと跳んで現れた。

 ワンピースのスカートが軽やかに舞う。黒地にカラフルな花柄がとても華やかで目を引いた。要は恥ずかしそうに笑うと、どうかな、と上目遣いで訊いてきた。

「パンツルックもいいけど、ワンピースもよく合うね」

「そうだろ、じゃなくてそうよね。じゃあ、行こうか」

 要は手を差し出す。握手を求めているようには見えない。心の動揺がわからないようにして手を繋いだ。

「そうじゃない。指と指を挟むようにして握らないと」

「それはそういう関係の人達がする、特殊な手の繋ぎ方に思えるんだけど」

「あたしにキスしたでしょ」

 初めて笑顔が怖いと思った。もちろん表情には出せない。

「どこかの誰かが言っていたけど、スキンシップの範疇では?」

「ちげーよ。んなことあるかよ」

 途端に口が悪くなる。しかも自分の言葉をすっかり忘れていた。

 今日の要はかなり手強い。ここで余計な時間を食うわけにはいかないので、周囲に人がいないことを確かめてから希望通りに手を繋いだ。平常心を保つ目的で深い呼吸を心掛けた。


 学生会館の二階の右隅が会場となった。笑顔で迎えてくれた人物は勧誘の紙を配っていた女性だった。リクルートスーツのような格好は凛々しく、柔らかい笑みはやはり聖母を思わせた。

「見すぎ」

 隣にいた要が小声で凄む。言いながら相手の女性を見つめて、でも、と言葉を付け加えた。

「なんか違う」

「どういう意味?」

「なんとなく」

 要は口をつぐんだ。相手の女性をじっと見ていた。

 会場にはそこそこの人数が集まった。男性の姿が多く見られ、ちらほらと女性が混ざる。用意された席に全員が着くと話が始まった。

 驚いたことにサークルの代表が聖母で、名前をいずみ撫子なでしこと言った。ホワイトボードに書かれた文字が、よく知られた大和撫子と同じなので関心を集めた。

 今回、サークルに所属する全員が力を結集して作った電脳世界はコミュニケーションツールとしての役割が大きいという。MMORPGを期待していた層はがっかりした様子で途中退室となった。ある程度は予想していたようで代表に動揺したところは見られず、淡々と話を続けた。

 最後にサークル活動を望む者に紙が配られた。記入欄には学籍番号とメールアドレスの二つがあり、後日、電脳世界のURLとログインに必要なパスワードがメールで伝えられるという。

「それでは皆さん、電脳世界で会いましょう」

 閉会を意味する撫子の声に残った全員から盛大な拍手が送られた。

 一際、大きい拍手は僕の横から聞こえた。要は小鼻を膨らませて掌が赤くなるまで叩き続けた。

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