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第12話 たまたま

 要のアパートに着いた。ドアを前にした僕は円筒状の瓶を握っていた。送られてきたメッセージに不吉な要素はなかった。

 考え直して瓶をパーカーのポケットに戻し、呼び鈴を押した。待ち構えていたかのように中から走る音が聞こえ、ゆっくりとドアが開いた。

 要は黒いジャージを着ていなかった。薄青いブラウスに白いショートパンツという若々しい姿になっていた。ショートの髪は艶やかな黒で纏まり、微かなシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。

「なんか、悪いね」

「気にしなくていいよ。それより二日酔いは?」

「峠を越えたみたい。そしたら急に甘いものが食べたくなって」

「もちろん、希望のバニラを買ってきたよ」

 僕は手に提げていたビニール袋を揺らす。はにかむような笑顔になった要は、上がって、と小さな声で言った。


 部屋は綺麗に片付けられていた。転がっていた酒瓶はどこにもない。丸いテーブルには向かい合うようにクッションが置かれていた。

 その一つに僕が座る。向かいに落ち着いた要は少し身を乗り出した。

「いくらだった?」

「おごるよ。この間、カラオケ代を出して貰ったんだし」

「それはお詫びだから関係ない。レシート見せて」

「ごめん。コンビニで捨ててきた。専用のカゴがあったんで」

 本当のことを語ると要は引っ込み、アイス、と怒ったように言った。

「スプーンも貰ってきた」

 テーブルにアイスカップとスプーンを載せる。目にした要は前のめりになった。

「そっちかよ」

「え、違った?」

「ソフトクリームのスタンプがあっただろ」

 その通りで、ただのアイスの意味ではなかったらしい。

「もしかしてソフトクリームの形をしたものが欲しかった?」

「そうだよ。何回も食べてたのに忘れたのかよ」

 小学生の頃の幼い要と重なる。あの当時も食べていた。その関係で思い出したことがあった。

「前にあったよね。ふたを外す時に失敗して中で折れたことが。すごい文句を言っていたから今回はカップにしたんだけど」

「あー、確かにあったな。そっちは完全に忘れていた」

 要は子供っぽい笑みでアイスカップの蓋を取った。程よく溶けた表面にスプーンを差し込んで食べ始める。

「やっぱ、バニラだな」

 安心したことで余計に腹が減る。ビニール袋から自分用のおにぎりを取り出した。要は食べる手を止めて睨むような目で見てきた。

「あたしのせいか?」

「そんなことは。腹が膨れると講義の時に眠気がくるから」

「それってあたしのせいだよな」

 語気が強まる。否定が難しくなってきた。

「まあ、あの状況だと、さすがに、眠れないというか」

「……そうだな」

 要はカップに視線を落とす。残りのアイスをっ込むように食べた。僕はおにぎりの包装を開けて尖端に齧り付く。二個、三個と平らげて一息入れた。

 そのタイミングに合わせて要は湯呑をテーブルに置いた。隣で膝立ちするような格好で急須きゅうすを傾ける。緑茶の清々しい匂いに釣られて深く息を吸った。

「ありがとう」

 一言を添えて湯呑を握る。程よい熱さは味にも反映された。口の中に残っていた雑味が押し流されて爽やかな香りに満たされた。

「味はどうだ?」

「美味しいよ。爽やかな苦みの中に甘い味があって、我が家の番茶とは比べものにならない」

「そっか。開けて正解だな」

「僕のために?」

 視線を向けると要は、まあ、と返して急須を脇に置いた。

「お礼の気持ちもあるからな。今回はあたしの身勝手に付き合わせて、心から悪いと思っている」

「この程度のことなら、いつでも僕を頼ってよ。いくらでも力を貸すよ」

「……今から借りてもいいか?」

「いいけど、なに?」

 疑問に思いながら湯呑をテーブルに載せる。

 要は僕の両腕ごと、抱え込んで唇に吸い付いた。喋ろうとした口に舌が突っ込まれ、湿った音を立てて掻き回された。

 濃厚な数秒を経て要は唇を離した。

「あの、これは」

「やっぱりだよ!」

 叫びながら立ち上がるとベッドに飛び込んだ。溺れるような姿で一頻り暴れて急に大人しくなった。体育座りをするような横向きで近くのシーツを引っ張り上げた。頭から被った状態で口を閉ざす。

「さっきのキスにどんな意味が?」

「……平気なんだよ」

 くぐもった声が返ってきた。

「僕とキスをしても?」

「そうだよ。中身は男のはずなのに、嫌じゃないんだ……あたしはおかしいのか?」

 いつもと違って、か細い声が答えを求める。理由がわからないながらも僕は思ったことを口にした。

「要に当てはまるかはわからないけど、好きになったら性別は関係ないってよく聞くし、不倫もダメとわかっていながらするものだよね。そういうものと同じなんだと思うよ。たぶん、だけど」

「……病院で診断して貰ったわけじゃない。今までは、たまたま女性を好きになっていただけで、もともとあたしは正常なのか?」

「わからないけど、その可能性は十分あるんじゃないかな」

「そうだよな!」

 弾けるように起き上がった要は僕に向かって突進した。タックルのような形で床に押し倒され、また唇に吸い付かれた。

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