第11話 新たな誘い
二限目から厳しい戦いを強いられた。容赦なく眠気が襲ってくる。僕の足首を握って温かい泥沼の中に引きずり込もうとする。教壇に立つ教授のだみ声が子守唄のように聞こえるので苦戦は当然と言えた。
ギリギリで耐えた。ランチは抜いて水分で腹を満たし、最後の講義、三限目に挑んだ。今度は眠気の波状攻撃を受けた。
その最中、パーカーのポケットに入れたスマホが振動した。目覚まし時計の役割を果たしたそれをさりげなく取り出す。机の下で画面を窺うとアプリのところに1の数字が表示されていた。起動して見ると要からだった。
『いろいろ、ありがとう』
今、起きたのかもしれない。内容は至って普通でほっとした。遅れて表示された巨大なハートは友情の証と思い、講義中だから、とシンプルな内容を伝えた。
『わかった。頭、痛い』
完全な二日酔いなので今日の講義には出て来られないだろう。僕としても心の準備ができるので助かる。
あれこれ考えたことが良かったのか。攻勢だった眠気は一転して後退を始めた。ようやく本調子となった僕は、後半、果敢に挑んだ。
終わる五分前。男性講師は自ら講義を切り上げた。学生全員に目を向けるようにして話し始める。
「人生は困難の連続だ。心が疲弊して弱気になることも多々ある。だからと言って、『よくあること』で自己完結するんじゃないぞ。講師の俺が親身になって相談に乗るからな。なんでも言って来いよ」
若い男性講師らしく熱弁を振るった。気をよくした学生の一人が、単位ください、と茶化すような声を上げた。
「頑張れ」
その一言に学生達は軽く噴き出した。笑い声の中、僕は別のことを考えていた。
どうして急に人生相談のような話をしたのだろうと。その答えは講義が終わったあと、前の席に座っていた二人組の女性が教えてくれた。
「あの話って自殺した人の影響だよね」
「そうかもね。何十社も受けたのに内定が出なかったみたいよ」
深刻な内容の割に声が明るい。すぐに話題は最新のコスメの話になった。
僕は席を離れた。暗い気持ちになる。自ら命を絶った人と自分が重なる。
この体質は就職活動にも影響を与えるように思う。同性だけの会社など、今の世にあるのだろうか。
講義棟の外に出ても鬱屈した状態が続いた。走り込みを行う学生が眩しく見える。
体育会系は屋外の活動がほとんどなので、一時は所属が可能に思えた。ただし、大量の汗を掻く。雨の日は筋トレが中心になるだろう。屋内を想像するだけで、途端にやる気が萎えてしまう。
文科系は部室の活動が中心になる。汗は掻かないかもしれない。ただ、密室というだけで身が竦む。非公認のサークルや同好会は気楽に行えそうな響きがあるものの未だ行動に起こせないでいた。
思い悩む僕に一枚の紙が差し出された。白い手の先を見ると髪の長い女性が柔らかい笑みを浮かべていた。
「どうぞ」
「どうして僕に?」
「部活動をしたいから来たのでは?」
女性の背後に部室棟が見える。考え事のせいで正門とは真逆の方向に歩いてきたようだった。
「あの、入りたい気持ちはあるのですが」
「なにか気掛かりなことがあるのですか」
「身体が、そんなに強くなくて。あと閉所恐怖症みたいな感じなので」
真実と嘘の境界をふらふらと歩くような受け答えでどうにか凌いだ。
女性は聖母のような優しい笑顔で一枚の紙を掲げて見せた。
「ここにも書いてありますが、私達のサークルに部室はありません」
「部室が、ないのですか!?」
「はい、ありません。必要ないからです。詳しい内容は紙に書いてあります。よろしければ持ち帰って考えてみてください」
「わかりました。ありがとうございます」
僕は紙を受け取った。その場で中身を見る余裕はなくて、少し離れたところで内容に目を向けた。
『私達のサークル、「電脳の箱庭」で楽しく過ごしませんか?』
そのようなタイトルのあとに活動内容が細々と書かれていた。ネットの中に作られた仮想空間でコミュニケーションを楽しむ主旨が挙げられていた。部室が必要ない理由がわかった。
肝心のログインする方法は書かれていなかった。不特定多数を招待するつもりはないようで、後日、学生会館の一室を借りてサークル員を募るとあった。
僕にとってかなり魅力的な誘いもあって興味が湧いた。電脳世界では体質を気にする必要がない。相手が女性であっても気兼ねなく会話を楽しむことができる。性別を偽っている可能性は否定できないけれど、何事も慣れは必要だろう。
初めてのサークルとあって、静かな興奮に包まれた。
その時、スマホが振動した。手早くアプリを起動させる。
『アイスが食べたい。バニラ希望』
要はようやく二日酔いから脱したようで、特大のソフトクリームのスタンプを添えていた。この気軽な遣り取りが心地よく感じる。会い辛いと思っていた気持ちは消えて足取りが軽くなる。
キャンパスを出て要のアパートを目指す。近くにあるコンビニに立ち寄ることを忘れず、歩きながら大きな欠伸をした。




