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神怪報冤譚─虎追いの少女─  作者: ミナミ ミツル
第四部 風箭雨刀の決戦
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第三十九回 剣の雨が降り、風の箭が飛び交うこと

「おおっ……!」

 倀鬼の一隊が三光人へと殺到した。

 無論三光人も応戦するものの、斬られても斬られても、倀鬼たちは怯まない。

 溜め込んだ恨みを晴らすように、亡者は止まらない。

 倀鬼の軍は、一体一体が恐ろしく強力な兵であることも、三光人にとっては仇となった。

 神譴凍鋼剣は無敵の剣である。

 が、それでも使用者が二本の手で操る武器であることに変わりはない。

 負けぬまでも、多数に囲まれた三光人の勢いは鈍った。

 対応に追われる三光人の視界から逃れる様に、荊棘姫は亡者の影に隠れ、茨の蔓と化した腕を伸ばす。

 針に糸を通すように、群がる亡者の間を縫い、素早く茨が伸長した。

 

「な……」

 切っ先が鈍り、斬撃を振るおうとした三光人が唸った。

 茨が絡みつき、腕を縛る。棘が食い込み、流血が柄に伝う。

「け、荊棘姫!」

 一瞬三光人は茨の先にいる荊棘姫を睨んだ。

 眼に浮かぶのは、怒り。

 だが荊棘姫は、その奥にある恐怖までも見透かした。

 恐れを滲ませたということは、すなわち敗北が過ったということ。

 ここまでか、と荊棘姫は微かに哀れみを帯びた目で三光人を見返した。

「斬るのは好きでも、斬られるのは嫌いか、三光人」

 斬撃が止まった瞬間、倀鬼たちの陰から湧くように赫眼が出現した。

 ごう、という風を巻き起こしつつ、野獣は鉄拳を振るう。

 岩のような巨大な拳が、一撃で三光人の頭蓋と首を砕いた。

 ボキッと枯れ木が砕けるような音がした。

 それでも即死、ではない。

 辛うじて、三光人は生きていた。

 ばったりと倒れた三光人に、蓮香によって解放された倀鬼が群がる。

 それはまさに地獄で行われる光景だった。

「あ、あ、あ……」

 鬼たちが、三光人の四肢をねじ切り、腸を引きずり出し、首を獲って掲げる。

 それが虎牙将・三光人の最期であった。


 他の倀鬼の熱狂とは裏腹に、立ち尽くす倀鬼の姿もあった。

 蓮香が憑依している一体である。

 地獄の光景を眺め、三光人の生死を見極めた後、蓮香は荊棘姫の元へ向かった。

「荊棘姫殿」

 呼びかけられた荊棘姫は、姿は違えどそれが蓮香であると一目で看破した。

「蓮香殿か。大功だったな」

「じゃあ、大伯父にはそう伝えといてくれや。あたしゃここまでだ」

「ああ……」

 神妙な顔つきの荊棘姫を見て、蓮香の乗り移った倀鬼は笑った。

「そんな顔しなくていいよ。こう見えてあたしは仙狐だ。肉体が滅んでも魂魄は不滅。本当の意味では死にゃせんさ。ただ、しばらく会えなくなるだけだ」

「では、再び見える時まで、さらばだ」

「ああ、さよなら」

 蓮香はあっけらかんとそういってから、一つ溜息をつく。すると、その体は崩れ灰と化して消えた。


 三光人が死に、倀鬼の一部が太號君の支配から解放されると、再び戦況が動いた。

 太號君軍は動揺し、浮足立った。

 間違いなく、小哪吒軍が押している。

 劉与と洪宣はそれを如実に感じた。

 いける。いける!

「洪宣!」

 と、劉与は傍らの戦友に声をかけた。

「お前とも長いよな。俺がいま何を考えてるか分かるか?」

「死んでも勝つってことか」

 劉与は笑貌を向けた。

「クソ真面目な奴だ! 俺は元々、死にたくなんかねえんだよ! だから戦場で一番安全な所へ行く!」

「そんなところあるわけないだろう」

「いや、ある。小哪吒の隣だ。知ってるだろ、あそこなら絶対死なねえ。お前も来るか?」

「お前にしてはいい考えだ。乗ったぞ!」

 崩れ始めた太號君軍を蹴散らしながら、屠虎の同志は戦場を駆けた。

 結局は全てはそこで決まる。



 一度放てば、人も妖も、たちどころに消し炭と化す。

 それが岳崩の雷霆である。

 が、(やま)を崩す一撃を受けても、六は崩れず立ち続けていた。

 ――有難や、雨工の戎衣。まだ、戦える。

「どうした化け物、もう終わりか! ならばこちらから行くぞ! 受けてみよ、剣の雨を!」

 消えかけた六の炎が再び燃え盛る。

 六は丹田に力を込めて、内に秘めた気を爆発させた。

 迸る六の気が、戦場に落ちた無数の剣を拾い上げ、一斉に刃を太號君に向ける。

「御剣・千刀陣!」

「小癪な……」

 対する太號君が一吼えすると、旋風を巻き起こった。

 渦巻く風は目に見えない()となり、剣の雨を迎え撃つ。

 風の箭と剣の雨がぶつかり合い、剣戟が鳴り響いた。

 箭は砂礫と共に飛び交い、白刃は火花を散らす。

 それはあたかも、見えない軍勢同士が激突するかの如くだった。


 術比べの最中、太號君は自身の姿を半ば風に変え、天へと駆けあがった。

 まずい、と六は本能的に感じた。

 上空から雷を落とされたら堪らんわ。

 そう思ったとき、六の体は太號君を追っていた。

 出現したのは天に伸びる剣の道である。

 剣の道に足を掛け六は太號君に迫った。

「逃がすか!」

「この太號君が逃げると申すか!」

 太號君は目を見開き、再び両者は空中で激突した。

 六が腕を振るうと、百の剣が舞い飛ぶ。

 太號君は岳崩を振るい、剣の雨を弾き飛ばす。

 さらに怒涛の勢いを駆った太號君は、岳崩の刃を六に撃ち下ろした。

 たまらず六は吹き飛ばされたが、十数振りの剣が放射状に並んで足場を作り、六を受け止める。

「剣を!」

 と、太號君に向いながら六は叫んだ。

「もっと剣をくれ!」

 六の叫び声を聞いた劉与と洪宣は、躊躇わず自らの腰に差していた剣を空中に投げた。

「六!」

「俺の剣も使え!」

 二人に倣い、小哪吒軍の兵たちも次々と剣を投げる。

「いけえ! 小哪吒! 太號君を倒して見よ!」

 荊棘姫も懐から小刀を取り出し、六へと放った。

「よぉーし!」

 無数の剣を得た六は、再び攻撃に転じる。

 再度、剣の雨が太號君へ降り注いだ。

 それはもはや剣の雨というよりも、剣の嵐というべきものだった。

 戦いの中で、六の才気が爆発していた。

 極限の緊張と昂揚の中、技は研ぎ澄まされ、速度と威力が増している。

 太號君も風を巻き起こして対抗したものの、ついに六の技が太號君のそれを上回った。


 六の操る剣の内の一振り――荊棘姫が一度は取り上げた章元の小刀が、太號君の左目を貫いたのである。

 暴君は生まれて初めて味わう真の痛みにより、妖術が途切れ、天から地へと落とされた。

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