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神怪報冤譚─虎追いの少女─  作者: ミナミ ミツル
第三部 長風破浪
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第三十二回 小哪吒と金華娘が競り合うこと

 往古――神々が覇を競った時代。

 蚩尤(しゆう)なる悪神が、黄帝の帝位に挑戦した。

 その勢いは凄まじく、一時は黄帝軍も圧倒された。

 蚩尤(しゆう)軍の強さの秘密は、天候を操ることにあった。

 悪神の配下に雨師、風伯という二神がおり、この二柱が戮力し度々戦場に嵐を巻き起こしたため、黄帝軍は大いに苦しめられたという。


 時を経て、その神代の戦術が再現された。

 夜の帳が下りた暗闇の中、降り続いた大水は、ついに山を崩壊させた。

 それは山津波となり、泥、岩、木々を巻き込んだ奔流となって、そこに布陣していた金華娘軍を甚大な掘害を与えた。

 山上に布陣していたものも、通行を止めていたものも、莫大な質量が全てを押し流した。

 暗闇の中の惨劇、一夜にして金華娘軍は壊滅した。

 しかも、大雨による害を受けていたのは金華娘軍のみである。

 これはもとより六が龍王に頼んで振らせた大雨。

 当然味方に被害が起こるようなことはない。



 黎明――それまでの雨が嘘だったかのように、空はからりと晴れた。

 朝日を浴び、山沢の間に虹が架かる。

 が、美しい空の下ではまだ地獄が続いていた。

 大雨によってあちこちの山肌は削られ、河に濁流が注ぎ込む。

 それでも時を置かずに、六は配下の中でも軽功に通じた者――屠虎の同志や荊棘兵を選び、金華娘の本陣があった場所を強襲した。

 もしここで金華娘を取り逃がしたら、大きな障害になる。

 なんとしててでも、金華娘はここで始末する、そう心に決めていた。

「千載一遇の機会だ。これを逃せば次はない! 私に続け!」

 ぬかるんだ地面を滑るように、一群は敵の本陣になだれ込んだ。


 一方その頃、金華娘は壊滅した陣営を前にして、天を仰ぎ全身を震わせた。

 金華娘の胸裏では、理不尽な災害への怒りが渦を巻いている。

 わらわの取った布陣に、決して抜かりはなかったはず。

 それがどうしてこうなる!?

 おのれ、おのれ!

「おお……如何なる力がわらわを愚弄したのか!」

「金華娘様、ここは危険です。一度退いて軍を立て直しましょう」

 金華娘の横でそう言ったのは慕容及であった。

 倀鬼にすぎない者にそう指摘されると、金華娘は目を剥き、奥歯が軋むほど歯を食いしばった。

「危険じゃと? この金華娘が危機にあると申するかえ!」

 いまの金華娘は一種の錯乱状態にあった。

憎悪と怒りによって、冷静な思考が失われている。

「霊狐の首を挙げるまでは、わらわはここから動かぬぞ!」

 と、金華娘は意固地になり、慕容及に叱声を浴びせた。

 その時である。

「ほう、土壇場で逃げないか。覚悟を決めたのか、金華娘」

 黎明の光と共に、六と配下の精兵が金華娘の前へと現れた。

「小哪吒か!」

「おう、覚えていてくれたか! ならば私が来た理由も分かるだろう、借りを返しに来たぞ金華娘!」

 六は電光の如き素早さで剣を抜き放ち、金華娘へと斬りかかった。

 その一撃を金華娘は扇子で受けた。

 六の気と金華娘の妖気がぶつかり合うと、烈風が巻き起こり、金華娘の玉佩が揺れる。

 流石、というべきだろう。

 六の一撃は易々と防がれた。

「やるな」

 六は押し斬ろうとして、金華娘に迫った。

 金華娘も怒りに突き動かされるまま、目を剥いて顔を突き出す。

「よう来てくれたのう、小哪吒。探していたぞえ。そちの首を太號君様に捧げるゆえ、大人しゅうせい」

「金華娘、寝ぼけているのか? ここは死地だ。お前の戦いの(はて)、その生の潰える所よ。お前が太號君に(まみ)えることは二度とない。遺言があるなら私が聞こう」

「ぶ、無礼者! わらわは虎爪将、金華娘なるぞ!」

 金華娘の動きが加速した。

 その動きに合わせ六もまた速度を上げる。

 神速の域に達した二人は、時に火花を散らせながら刃をぶつけ合った。

 まるでクルクルと踊るように、二人の女は互いに競い合う。

「あの虹に、そちの首を掛けてくれるわ! 覚悟せえ、小哪吒!」

「ほう詩人だな、金華娘!」


 激突する二人の周囲でもまた、激しい戦いが起こっていた。

 金華娘軍の残党が繰り出したのは、天衝くような巨妖、千骨であった。

 その巨体故に、千骨たちは流されることなく、大水に耐え抜いたのである。

 しかし、今度はその千骨の巨体が仇となった。

 ぬかるんだ地は千骨から機動力を奪う。

「蹴散らせ、千骨!」

 慕容及は必死に叫びながら指揮を執った。

 だが、矛を持った霊狐の精鋭たちは、泥に足を取られた千骨に殺到し、一体また一体と巨大な頭蓋を砕いて千骨を破壊していく。

「劉与、あれを射よ!」

 千骨の残骸に登った洪宣は、戦場の奥に見える人影を指差した。

 千骨隊を率いる慕容及の姿である。

「おう!」

 すかさず洪宣の声に応えた劉与は、素早く弓に手を掛けると、弦を引き絞った。

 びゅん、と飛矢が風を鳴らす。

 まさに千慮の一失であった。あるいは鬼となった彭幹に魂が、その矢の気配を眩ませたのだろうか。

 無我夢中で指揮を執っていた慕容及は、劉与の放った矢に気が付かなかった。

 瞬間、慕容及の胸に矢が立ち、その姿が泥に沈む。

「やった……!」

 劉与の周囲では歓声が上がり、霊狐軍はますます奮い立った。


 勢いを得た霊狐軍は怒涛の如く攻め寄せ、金華娘軍を打ち破った。既に軍の戦いでは勝負がついたとも言える。

 しかし、それでも怖いのが虎爪将、金華娘の存在だった。

 幾度も刃を交えた六は、金華娘の堅牢さに内心辟易していた。

 ――まるで難攻不落の城だ。

 武術の技量において、自分の方がやや勝っている。

 それは確信があったが、それでも金華娘を討ち取ることはできていなかった。

 戦いの中で、自身の剣は何度か金華娘の肌に触れている。

 それなのに、金華娘には傷ついている気配がない。

 こいつは無敵か。

 弱気な考えが浮かぶ。

「どうした! その程度かえ、小哪吒!」

 柳眉を逆立てて、金華娘は六へと迫った。

 怒りと屈辱で、金華娘の形相は凄まじいものになっている。

 まさに蜂目豺声という感じで、美しく飾り立てた外見の裏に隠していた本性が剥き出しになっていた。

「河伯に太號君様を倒す術とやらを教わったのだろう! それを見せてみいや! わらわが値踏みしてくれるわ!」

 金華娘は六の剣を素手で掴むと、凄まじい腕力を発揮して、六を投げ飛ばした。

「くそ!」

 ――このままでは負ける。

 たまらず六は奥の手を見せた。

「火行大経、三昧真火!」

 六の体内――気の通り道であるの経絡の中を、炎が迸った。

 真紅の炎を纏った六の握る剣は燃え、髪は逆立ち、瞳は孫悟空の如く火眼金睛(かがんきんせい)となって光を放つ。

「おおおお!!」

 荒ぶる炎神の如き姿となった六に驚いた霊狐軍は、鬨の声を上げた。

「行けえーっ! 六! ぶちかませえ!」

 劉与も洪宣も、目の前に見える勝利を疑わない。


 しかし、戦いの当事者二人の見方は違った。

 六に勝利の確信はまだなく、金華娘に至っては、六の三昧真火をせせら笑った。

「ははは、やはりその程度かえ。大経に通じているのは、そちだけではないぞ、小哪吒――三昧金剛!」

 刹那、金華娘の体は黄金に輝いた。

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