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神怪報冤譚─虎追いの少女─  作者: ミナミ ミツル
第二部 地にはためく紅衣
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第十七回 蓮花が荊棘花の元へ向かうこと

 刻々と緊張が高まる戦争前夜ともいうべき時期に、六は持ち前の大胆さを見せた。

 噂に聞く荊棘姫なる女傑を尋ねて、彭幹と四聴を連れ黒風の治める地を横断したのである。

 四聴というのは半ば山猫、半ば人間、という姿をしている妖怪である。

 半獣半人ゆえ、頭頂に山猫の耳が一組、目の横に人の耳が一組あることが名の由来となった。、

 元々は黒風の領地で生まれ育った妖怪だが、あるとき四聴の父が黒風に諫言したところ、それが黒風の勘気に触れ、四聴の父は誅殺。

 連座で罪が及ぶことを恐れた四聴は霊狐の元に逃げ込み、いまに至る。

 その経緯から四聴は黒風の風土に詳しく、調略を行う上で重用されていた。


「あそこに見えますのが、牙奉山。最も我が邦に近い黒風方の陣所です」

 四聴は遠望した険山を指差した。

「牙奉山の下には長大な洞があり、多数の兵が詰められます。十中八九、戦となればあそこから兵が出撃してきましょう」

「なるほど。確かにあの山の上には妖気が漂っているわ」

 と、六も認めた。

「もっとよく見たい」

 六がそう強く言ったので、三人は牙奉山へと近づいた。

 するとかなり広い軍道が敷かれているのが目に入った。ここが人界から遠い深山幽谷であることを忘れ去れるほど、見事な道である。

 しかもその道はよく掃き清められ、ゴミ一つ落ちていない。


「あっ」

 彭幹が声を上げた。

 牙奉山の門が開かれ、中から隊伍を組んだ妖怪たちが続々と現れる。

「まずい、ついに始まったか」

 このまま霊狐の邦に攻め込むつもりか、と彭幹の腰が浮く。

「いえ、恐らく我が邦に攻め込むのではありません。あれを見て下さい」

 四聴の指差した先には、檻を載せた車が並んでいた。檻車といい、罪人を運ぶための車である。

「狩りを行うのでしょう」

「狩り?」

「山に罪人を解き放ち、それを狩るのです。教練の一種です」

「なんと」

 彭幹は嘆息した。

 鷹狩り、狐狩りなど獲物に微妙な差異はあれど、古今東西狩りは有益な軍事演習の一種である。

 獲物の動きに合わせ兵に指示を出し、臨機応変に陣を変容させていくのは、実際の軍事行動の予行となる。

 彭幹もそれは承知しているが、罪人で行う狩りとはいかにも野蛮であり、眉をひそめた。

 また邦境に近いところで行う軍事演習は当然のことながら、隣国に対する威圧や挑発の意味を帯びる。

「黒風め。こちらを脅しに掛かってきたか。噂通りの男だな」

「ええ。そして太號君に刃向かうだけのことはあるわ」

 と、六は黒風の実力を認めた。

 行進する兵も弛みがない。

 軍の規律はそのまま軍の強さになる。

「あっ見て下さい、あれがきっと黒風ですよ」

 再び四聴の指した方向に目をやると、(サイ)に似た四頭の怪獣に牽かせた車が軍中に現れた。

 それを眺めたあと、見咎められる前に三人はそっと牙奉山を離れた。


 三人は黒風の本拠地である陀熊山も見た。

「おや」

 六は首を傾げた。

 本拠地である割には陀熊山に妖気がない。

 門兵の様子もどこか上の空で覇気に欠ける。

「だらけてるな」

「ああ、それはきっと黒風が牙奉山の方に出張っていたからでしょうね。上が見てなきゃこんなもんですよ」

「なるほどな。するとこっちは空か」

「黒風には統旋という息子がいます。恐らく留守を守っているのはその統旋でしょう」

「不肖の息子ということかな」


 不肖とは出来がよくないという意味で使われるが、そもそも肖とは似る、と同じ意味であり、不肖とはつまり、優れた親に似ていないということになる。

 その意味を知った上で、四聴は統旋を酷評した。

「見ての通り実力は黒風には及びませんが、似ている部分もあります。傲慢さですよ。黒風から武威を引けば統旋になります。父の威光を笠に着て威張ることしかできない小物です」

「疾風が吹くまで勁草かどうかは分からないわ。戦う前から相手を呑むのはやめましょうや」

 と、六は四聴の辛口を窘めた。

「疾風に勁草を知る」

 強い風が吹いて初めて風に耐える草が分かる、逆境になって初めて人の本質が露わになるという意味である。

 この言葉を言った当人である漢の光武帝は、元々兄の影に隠れて目立たない男だった。

 しかし、追い詰められたとき類まれな武勇と神智を見せ、ついに帝位に登ったのである。

 統旋がそうでないとは限らない。

 だが確かにここしばらく黒風勢の使った戦法を調べているが、霊狐やその配下の蓮香からも、黒風の息子の話は聞いたことがない。

 前面に出て兵を率いたことがないのは確からしい。


 ところで黒風の領土を渡る際、三人はあえて走らず歩いていた。

 速さよりも目立つことを避けたのである。

 ただしそのせいで何度か黒風方の妖怪に話しかけられた。

 だいたいは体よくあしらってやり過ごしていたが、思わぬ情報を手に入れることがあった。


「おう。お前ら、ここらでは見ない(ツラ)じゃねえか。俺たちに黙ってここを通る気か」

「遮るな。我らは黒風様の使いだぞ。強請っても門包(わいろ)は出ない。黙って通せ」

「あっ? なんだと!」

 嘘が通らないと見るや、彭幹は素早く剣を抜いて妖怪の横にあった松の木を切断した。

 主に渉外を担当することが多い男だが、元々は武門の家に生まれた勇士である。

「あ、本当に黒風の……」

 突然の早業に、絡んできた妖怪たちが動揺した。

 向こうの口調と態度が一気に軟化する。

「あー。そんなつもりじゃないんだ。ただ、どこに行かれるのかな、と」

「荊棘姫様のところだ」

「ま、まさかあの方を呼ぶつもりなので? そりゃあまた……」

「それはまたとは何だ、歯切れの悪い。連れ出すのは無理だと申したいのか」

「イヤ、そこまでは……」


 と、ここで四聴が威圧気味の彭幹と正反対の態度を取り、場を和ませた。

「いや、私たちも正直無理だと思う」

 六も四聴に同調する。

「あの方は自分の嫌われぶりが分ってないね。人は呼べば来ると思っている。本当に荊棘姫様を呼びたいなら、自分が行って頭を下げるべきだ」

「確かに……けどそれはないな。絶対に黒風は頭を下げない」

 と妖怪たちは確信を持って頷いた。

「でもいいのかい? 使者がそんなこと言っちゃって」

「へっ私が何を言おうがここから牙奉山まで聞こえるわけがない」

「はっはっは。情報が遅いな。いま黒風は牙奉山じゃなく陀熊山に戻ってるぜ。今朝の情報だ」

「ほう」

「それにどの道、荊棘姫様を連れて来れなきゃアンタたちの首が飛ぶぜ」

「その場合は戻らずそのままドロン、さ。太號君のところにでも逃げるよ。もうすぐ戦が始まる。お前たちもさっさと身の振り方を考えた方がいい。黒風(バカ殿)に付いてると、死ぬぞ」

 ついに妖怪たちはゲラゲラと笑い出した。

 どんな社会においても、気に入らないお上への悪口は絶えることはない。

 それが下情というものである。

「へっへっへ。おもしれえ奴らだ」

「でも確かになあ。いくら荊棘兵が北を見張ってるからと言ったって、太號君相手じゃ多勢に無勢だしな」

「そういうことだ」

 適当に妖怪と談笑して、三人は場を切り抜けた。

 しかし妖怪の一人がポロリと漏らしたことを三人は聞き逃さなかった。

「……荊棘兵は太號君への備えに使っているっていうのは本当かな」

「調べる必要がある。本当に精鋭部隊が北に張り付いてるなら、祝杯を挙げたい気分だ」



 そんなこともありながら、三人はついに黒風の邦を横断し、荊棘姫の隠居する地に辿り着いた。

 だが、その凄まじい光景に三人は目を見開いた。


 神怪小説の大傑作、西遊記。

 その中に、三蔵一行が荊棘嶺なる地に至る描写がある。

 そこの場面にある言葉を引こう。

 荊棘蓬攀八百里(イバラがまとわること八百里)。

 古来有路少人行(古来、道有れど、行く人は少なし)。


 六たちが見たのは、まさに荊棘嶺の再現だった。

 外界から来るもの全てを拒絶するよう、茨が山を覆っている。

 蔓の太さは人体よりも太く、鋭く尖った棘は包丁ほどの大きさがある。

 凄まじき茨の道である。

「参った」

 ピシャンと彭幹は額を叩いた。

「これでは進めん」

「すみません。私の見識が狭かったようです。まさかこんなことになっているとは……」

 案内役として責任を感じている四聴も表情を暗くしたが、六だけは諦めなかった。

「う~。気乗りしないけど、私一人だけなら進む方法がある」

 六はチラッと彭幹を見た。

「また勝手な約束をしてくるかもしれないけど、一人で会ってきていいかな」

「六。お前しか行けぬという道に遮られたのなら、天がお前だけ行けと申しているのだ。お前のことは霊狐公も同志たちも信頼している。気兼ねすることはない、行け」

 彭幹はこれまで表向き強硬な態度を取っていたが、実際は新参の六が非難されないよう陰に日向に折衝を行っていた。

 彼の心遣いと、ここでそう言ってくれたことが、六の心に沁みる。

「ありがとう」

「我らはその間、太號君の邦に接する黒風の陣所を見て来よう。本当に荊棘兵が詰めているのかを、な」

「分かった。では、そうだね、あとで牙奉山の近くで落ち合いましょう」

 彭幹と四聴が頷く。


 六は腰から剣を抜いた。

 この茨を斬り進んで行く気か。

 と、彭幹は思ったがその予想は外れた。

「この術はまだ少し自信がない」

 そう言って六は剣を空中に投げた。次いで六自身も跳んだ。

 そのまま六は剣の腹に乗ると、剣は地に落ちることなく空中に留まる。

「なんと、たまげた! それは仙術か!」

「龍の公主(ひめ)に教わった御剣術(ぎょけんじゅつ)というものよ」

「凄いじゃないですか!」

 六の見せた秘術に妖怪である四聴さえ驚いた。

 しかし当の六は渋面を作る。

「なにが凄いものかいな。危桟の上に立っている気分だよ。ともかく行ってくる!」

 六は後方に体重をかけ、くいっと剣の切っ先を上にあげた。

 すると剣が上昇をはじめ、同時に徐々に加速しながら、六を乗せた剣は前方へと飛翔した。

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