第十四回 屠虎の同志の前途に灯が燈ること
その夜、六、劉与、洪宣、さらに屠虎の同志を纏める立場にあった子英と彭幹という者を加えた五人で、今後のことについて話し合った。
「さて、まず何から手を付ける? 実は俺たちもここに来て日が浅い。太號君のことは探しているが、これといって手掛かりがない状態だ」
劉与が口火を切り、六が答えた。
「何はともあれ情報が欲しいけど、まずは地図だね。図の描ける者がいたら貸して欲しい。明日から私と一緒に地形を調べに行く」
「この辺りの地形は既に調べ終えているが……」
と、子英。
「ここからずっと北東に鉄を鋳造して作られた弧門があります。そこまで足を延ばしていますか?」
「いや。そのような門のことは初耳だ」
「ではやはり地図作りから始めた方がいいでしょう。太號君の根城はその門のさらに向こう側にあります。造ったばかりで申し訳ないけど、山塞もその門の辺りに移した方がいい。ここは太號君を望むには少し遠すぎる」
淀みなく話す六を見て洪宣が頷いた。
「私は賛成だ。六よ、拠点の場所まで選定しているということは、思い付きを喋っているわけではないだろう。太號君を倒すため随分前から脳漿を絞っていたとみえる」
そこに劉与も乗っかった。
「勿体ぶるなよ、六。お前の考えてきた策、全部聞かせてくれや」
「まだ策というほどの形は成していないけど」
と断ってから、六はまず自分が知り得た状況を話した。
「太號君は北方に君臨する魔王。既にこの辺りの大半の妖怪を傘下に収めています。しかしそれでも、まだ太號君に屈していない勢力が二つある。北西の霊狐という妖怪が率いる一派と、その東にある黒風という妖怪が率いる一派です。この二派と盟を結びたい」
「うーーーん?」
「誰と盟を結びたいと?」
「太號君に屈せぬ、北の大地の硬骨漢、霊狐と黒風という妖怪。霊狐は年経た仙狐であり、黒風は勇猛な熊の怪だと聞いています」
「……そういうことを聞いているのではない。我らに人外の者と手を組めと申されるか、小哪吒どの」
彭幹が眉宇をひそめた。
「ダメかな」
「我らの仇討ちの根幹を為すのは義、これに尽きる。だが、そのために妖怪の仲間となるのは、義に欠け人の道に外れた行為ではないか?」
「私はそうは思いませんね。聖王と称えられる周の文王は羌胡の太公望を迎え入れたけど、野にある賢人を迎え入れるとは、さすが天子の徳よと称えられています」
「ならば私は不徳よ。妖怪と交わるのにはやはり抵抗がある。そも太公望は稀に見る賢者だったが、妖怪どもはどうかな。これは私だけの意見ではないはずだ」
「その気持ちは分かるけど、そこをなんとか容れて貰えうことはできないかな」
六は言葉が強くなり過ぎないよう、品を作りつつ彭幹を説いた。
「趙の武霊王の例もあます。知っての通り、武霊王は夷狄の風俗を真似た胡服の騎馬隊を作って、絶大な戦果を挙げたけど、最初は周りから強く反対されたといいます。その時、武霊王は異民族の風習に合わせた舜と禹の故事を引いて、なんとか周囲を納得させたそうです。私は武霊王に倣って、名を取るより実を取るべしと言います。妖怪たちが精強であることは私が保証するわ」
彭幹はたじろいだ。
見え見えの媚びた品にではない。六の見せた意外な教養にである。
小哪吒は武威ばかりの女ではない、と内心感心していた。
本心では彭幹も六の意見に傾きつつあったが、そこをあえて食い下がった。
「なるほど太公望を迎えた文王は賢君であり、武霊王は胡服騎射によって国を広げた英主であることは確かです。それでもやはり妖怪を信じるのは難しい」
妖怪と組み、妖怪である太號君を討つ。毒を以て毒を制す。
奇想である。
そういった奇想が当たれば痛快である。
――が、それゆえ危うい。
と、彭幹は見た。
前代未聞の奇想奇策は、その魅力ゆえに立案者を惑わす。
奇想の実現に拘泥した結果、却って悪い結果になることは珍しくない。策士策に溺れるというやつだ。
六も当然そのことは分かっている。
また彭幹の「難しい」というのははっきりした反対ではなく、否定しきっていない微妙な言い回しである。
よって彭幹の難色は立場上の物であり、その真意は慎重に事を運ぶべしという忠言であることを看過した。
頭のいい人だ。
それに、この慎重さの裏に部下と私の両方の気持ちを気遣う誠心がある。
こういう人が居てくれれば心強い、六は思った。
「確かに信用できるかどうかはまだ分かりませんね。水府からの情報収集ではそこまで分かりませんでした。その辺りは柔軟に行きましょう。しかしそれでも、信に足るか見極めるために接触はするべきです。盟を結ぶことは出来なくとも、敵対することがないようにはしておきたい」
「それに異論はない。また拠点を移すことも同様だ」
「俺は最初から六の意見に文句はねえよ。ぶっ飛んでて面白いじゃないか。太號君を殺せるなら、俺は悪魔だって使うぜ」
劉与がそういうと、洪宣と子英も頷いた。
会議が終わると劉与と洪宣は囁き合った。
「いや驚いたぞ。六は随分学問をしたな」
洪宣も目で頷いた。
学識が広がったのもそうだが、以前の六はもっと短慮で、すぐ腕力で物事を解決しようとしていた。
しかし元々、六は血の巡りが悪いわけではない。
生まれ持った強さのゆえ、大抵の出来事は腕力で解決した方が早かった。そのせいで短絡的な手段に訴える方向に向かっていたのだ。
いま六は己の腕力だけでは解決不能な問題に出会った。
そのことが六を大きくした。
より正確に言えば、失敗を踏み台にして眼の位置が一段高くなった。
そう洪宣は見た。
妖怪と組むというような発想は、そのような視点の高さゆえの発想だろう。
「面白くなってきたな、劉与」
洪宣は眉宇を和らげた。
これまで劉与と洪宣は太號君の微かな痕跡を辿ってきた。
それで分かったのは途方もない相手の強大さである。
武林で名を馳せ、江湖に敵無しと謳われていた達人が、何人も太號君の手にかかった跡がある。
それに立ち向かっていくのは、車を遮らんとして斧を振り上げる蟷螂ようなものではないか。
そう思ったことは一度や二度ではない。
「今日、蟷螂の斧が本物の斧となったわ」
洪宣が言うと劉与が笑った。
「六は武器ではないぞ。あいつは火だ。太號君を倒す道のり照らす灯よ!」