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神怪報冤譚─虎追いの少女─  作者: ミナミ ミツル
第二部 地にはためく紅衣
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第十三回 鏢師、再会を祝うこと

 六が水府の客となり二年が過ぎた。

 十二歳で朱堂鏢局に入り三年間の修行。

 さらに二年が経過したということは、いまの六は十七歳という計算になる。

 この年、六は久々に水府から出て、最果ての町、石渓鎮に居た。


 陽光の力が弱い水府に長らく居たので、六の肌はかつてないほど白い。

 その白い肌を久々の太陽が照らした。

 日差しとは、こんなにも明るく強いものだったのか。

 そして、石渓鎮はこれほど美しい町だったのか、と六は嘆息した。

 ここが景勝の地であることは以前も触れた。

 しかし以前ここを通り過ぎた際、六の心は怨み怒りによって閉ざされ、全てが灰色に感じられていた。

 いまの六はありのままを感じることができる余裕がある。

 石渓鎮は町の至る所に細流があり、どこに居てもせせらぎの音がする。

 少し足を伸ばせば奇岩や雄大な渓谷も楽しめるが、石渓鎮には観光の人間だけでなく、山中を修行の場とする道家や仏門の者も多い。

 それゆえ、最果ての町というのは不釣り合いなほど、市には活気があった。


 雑踏に混じり、久々に人界の匂いを嗅ぐと、往時の朱堂鏢局の賑わいを思い出した。

 あの悲劇さえなければ……。

 そのような詮のない考えが去来する。


 憂いを帯びた六の目に、ふと箒の絵が描かれた看板を掲げる店が映った。

 清掃具を販売しているのではない。

 世の憂いを払う玉帚を売る店、すなわち酒屋である。

 日はまだ高いが、死んでいった仲間を偲んで、一杯やるのも悪くない。

 そう思ったとき、酒屋の奥に見覚えのある人の姿があった。

「なんと――」

 気が付くと六は、その人の前まで飛ぶように駆けていた。

「劉兄!」

 酒樽を運び出していた劉与は、手を止めて振り向く。

「あっ――」

 驚きのあまり劉与は酒樽を落としそうになった。

 構わず六は劉与の胸に飛び込む。

「今日は何という日だ! しばらくぶりだな、劉兄!」

「り、六か! は、ははは! 六か! よくぞ生きて……いや、俺はお前が死ぬはずないと思っていたぞ! そうだ、少し待ってろ、いま洪宣も呼んでくる」

「洪兄もいるのか!」

 洪宣の名前を聞いた六は、二年前洪宣を振り切って一人旅立ったことを思い出した。あの時は酷いことを言ってしまった。

 不意に想いが込み上げて、瞳から零れた。

 頬に涙が伝うのは章元が死んで以来のことだった。

「泣くな、泣くな、今日は俺たちが再会した、めでたい日だ――大慶!」

 そういう劉与の目にも涙が浮かんでいる。

 六は涙を拭き、鼻をすすると、また泣いて笑った。

 武林に武の神童の顔ではない。十七の娘相応の顔である。

「積もる話もあるけど、酒に酔うより再会に酔いたくなった。あっちの店でちょっと珍珠(タピ)っていこう!」

「ああ、それはいいな」


 茶屋に入ってしばらくすると、劉与呼ばれた洪宣が息を切らせて店の前に現れた。

「六……!」

「洪兄、しばらく――あの時は本当に申し訳ないことをした」

 開口一番、六は自らの非礼を詫びようと頭を下げようとしたが、洪宣はそれを止めた。

「やめろ、やめろ。我々がまたこうして出会えた。大慶なり。これに尽きる」

 そう言って洪宣も心の中で泣いた。

 湿っぽくなりそうなところで劉与が、

「別れたときより美しくなったな、六」

 と、半ば本気、半ばからかい気味に言った。

 美しいというのは、水府の生活で白くなった肌のことではない。心の話である。

 劉与が最後に見た六は慍怒に囚われていた。

 煮えたぎる怨みは人を孤独にさせる。

 何も見えず何も聞こえず、暗黒の中ただ一人あるような虚しい孤独である。

 孤独が続けば心が死ぬ。

 あれから二年。

 復讐のために生きた日々は決して軽くなかったはずだ。

 だがいまの六は溌溂とした笑貌を見せている。

 肉体ばかりでなく、心までも妹弟子は生きていた。

 それが何より劉与には嬉しかった。


 偶然の再会を果たした三人は、時を忘れるほどの喜びを分かち合った。

 そして六はこれまでにあったことを余さず話した。

「ううむ。それで龍神の元に居た、と」

「まあね。思いがけず龍と仙人から薫陶を受けたよ。この私も少しはマシになったと思う」

 その話を聞き、洪宣は内心唸った。

 凡人の口から出たのならばとても信じがたい話である。

 しかし六ならば別だ。

 この娘は昔から物事の尺度が違う。常人にその器量を推し量ることは無理だ。

 天与の才は百載に一人。正しく伸びれば千載に一人の英雄となる。

 洪宣はかつて王進師匠が、六を指してそう言ったことを思い出した。

 師の慧眼よ!

 まさしく六はそうなりつつある。

 大妖・太號君を討てるのは六のような人間だけなのだろう。

 なら自分はその(たすけ)に徹するのみだ、と洪宣は覚悟を銘記した。


「ところで兄者たちはどうしていた?」

 六が話を終えると、次は劉与と洪宣のこれまでに話題が移った。

「俺たちは屠虎の同志を集めていた」

「屠虎の同志?」

「おう」

 二人が話したのは次のような内容だった。

 六が発った後、二人は易者である袁来に占いをしてもらい、太號君が起こした殺戮の後を辿って各地を巡ったという。

 太號君は腕の立つ倀鬼を集めるため、朱堂鏢局を襲ったように各地の武術家や一門を襲撃していた。

 劉与と洪宣はその惨劇の生き残りを集め、太號君を討とうする屠虎の同志という集団を結成し、率いていた。

 いま屠虎の同志は石渓鎮の近くに山塞を築きつつあるのだという。

「それは何人くらいだ?」

「六十人ほどだ。自給自足の生活をしているが、酒は手に入らないので石渓鎮まで買い付けに来ていたのだ。今日、六と会えたのは運がよかった」

「天の(たす)けよ。王進師匠や章兄が天帝に訴えてくれたんだ」

 六は嘆息し、天を仰いだ。

 劉与と洪宣も厳かに頷く。

 そうでないわけがあろうか?

「ところでその山塞を見たいんだけど、構わないかな?」

「良いも悪いも……太號君との戦いに備えて作ったものだ。俺はお前が嫌だと言っても連れて帰るぞ!」

「ふふ、まるで人攫いの山賊だな、劉兄」

 


 二人の師兄に連れられ、六は屠虎の同志の山塞に向かった。

 山塞の見張りは、酒を買いに行ったはずの劉与と洪宣が女を連れて帰って来たことに首を傾げたが、その女の持つ気がただごとでないことに気が付き、挙措を正した。

「劉与さん、その人は?」

「おう、これは自慢の義妹だ。みなに話がある。全員を集めよ」

 と指示して集まった同志たちに六の顔を見せた。

 同時に六も屠虎の同志の面構えを見た。

 どの顔も面貌に覇気があり精悍な体つきをしている。

 仇を討つための修練には余念がないのだろう、というのは洞察するまでもなく分かった。


「劉師兄や洪師兄と同じ朱堂鏢局の生き残り、李六と申します。屠虎の一助に加えさせて欲しい」

 たおやかに六が拱手すると、俄かに驚きの声が挙がった。六の驍名を知っている者がいたのである。

「もしかしてあなたがあの小哪吒か」

「そうです」

「これは意外、というべきか……」

 問うた者は瞠目し言葉を失った。

 武林の噂話で語られる小哪吒は、暴れ狂う大蛇をまな板の上の魚のように捌き、挙句、山の主とはこんなものか、と言い捨てた女である。

 それは間違いではないが、その逸話には圧倒的な強さのみが伝わっており、六の人間らしい感情が欠如していた。

 だが実際の李六は笑みに柔らかみがあり、荒々しい武とはむしろ遠いところにいるように思えた。

 屠虎の同志は、伝聞と実体の落差に驚いたのだ。

 六もそれを察した。

「弓も張りっぱなしでは痛むでしょう。使わぬ時は弦を外しておくものです。鋭気も戦う時だけあればよく、普段から発していては疲弊するだけです」

 この発言に内心洪宣はほう、と目を見張った。

 今までの六とは一味も二味も違う。

 かつての六にはそそっかしい所があり、ともすれば軽佻があった。

 しかしいまの言葉はまるで――章師兄のようだ。

 と、洪宣はそう思った。

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