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別れ ー劉備の娘達の物語-

悲しい終わり方をするお話です。(注意)

きらきらきらきら・・・


夕日に照らされて、ススキが輝いているそんな草むらを、


二人の姉妹は歩いていた。


姉を莉陽りよう、妹を小栄しょうえいという。


綺麗な顔立ちをしているであろうこの二人の少女達も


いまや、すっかり顔も着ているものも汚れ、疲れきってふらふらだった。


「姉上様・・・足が痛いよ。」


「足が痛いのですか・・・小栄。」


「痛くて痛くてもう歩けないよぅ・・・」


五歳の幼い妹を十二歳の姉がいたわるように、足をさすった。


「いたぞっ。こっちだ。」


「捕まえろっ。」


ススキの原が揺れた。


十数名の兵達が二人の少女を捕まえた。


「劉備の娘だっ・・・」


「恩賞もんだぞ。」


兵に両肩をつかまれながら、姉の莉陽は思った。




父は、無事に逃げてくれたのだろうか・・・


あこがれのあの人はどうなったのであろうか・・・


自分と妹の命はもう助からないけれど・・・


あの人が無事であればかまわない。


出来ればもう一度あの頃に戻りたい・・・・








「お星様っ・・・お星様。」


小栄が空を指差していた。


「子竜さまっ。小栄を乗せてっ。お星様。欲しいっ。」


趙雲は微笑んで、


「よろしいですが。私の肩に乗せても星には届きませぬぞ。」


そう言いながら小栄を肩に乗せて趙雲は少女と共に天を見上げる。


そんな様子を莉陽はうれしそうに見ていた。


莉陽にとって趙雲はあこがれの人だった。


趙雲は背が高く顔立ちも整っており、美しい。


兵を鍛錬している時はりりしく、強く、そして厳しい。


しかし、劉備の娘である、自分や小栄に接する時はとてもやさしかった。


劉備一行が袁紹の所から、劉表を頼ってきて、


七年近くがたとうとしていた。


新野の城で劉備達は兵を養いながら、それなりに平和に


暮らしていたのである。


二人の姉妹の母は小栄を産むとすぐに亡くなってしまっていた。


劉備には甘夫人というこちらで娶った妻がいたが、


二人にとって本当の母ではないのだ。


莉陽がしっかりしなければ、しっかり小栄の面倒を見なければ・・・


趙雲は劉備の守護を申し付かっており、よく二人と顔を合わせた。


小栄も趙雲に懐いていて、わがままを言ったりしていた。


城壁に上って天を見上げていると、きらきらと一番星が西に輝いて、


蒸し暑い夏の暑さも今日はやわらいで、風が皆の髪をやさしくなでて行く。


趙雲は莉陽に、


「莉陽殿も肩車して差し上げようか。」


「私はいいです。」


うつむいて赤くなる莉陽に、


「遠慮せずともよいのですぞ。莉陽殿ぐらい。この子竜。


軽々と乗せられますからな。」


「いいんです。私は。」


小栄がけらけら笑って、


「姉上様。子竜様の事が好き。小栄も子竜様好き。」


趙雲はうれしそうに、


「ハハハ。私の事を好きとは。うれしい限りでございますな。」


「あの・・・子竜様はなぜ奥方を娶らないのですか。」


うつむきながら思い切って莉陽は趙雲に聞いてみた。


「妻か・・・私は劉将軍にすべてをささげておりますからな。


妻を娶るわけにも行かぬのでな。」


「一生、奥方を娶らないのですかっ。私は私は・・・」


再び莉陽は赤くなってうつむいた。


(子竜様が好きっ。私がもっと大きくなったら娶って欲しい。


子竜様の奥方にして欲しい。)


莉陽はそう叫びたかった。でもでも、とても恥ずかしくて言えなかった。


その時、小栄が。


「小栄と姉上様を奥さんにしてっ。大きくなったら奥さんにして。」


趙雲は笑って、


「小栄殿と莉陽殿を奥方にか。お二人が大きくなったら劉将軍に頼んで


見ましょうかな。こんなに綺麗なお二人を奥方にもらえたら子竜は


幸せものでございますな。」


莉陽は立ち上がって、真剣な目で趙雲を見つめた。


「本当に?本当に大きくなったら奥方にしてくださいますの。」


「え・・・??」


趙雲にしてみれば、子供のたわごと位にしか思っていなかった。


少女達は成長する。成長すればこの乱世。劉備が生きていれば


それなりの男に嫁がされ、自分がとやかく言える立場ではないのだ。


「り・・・莉陽殿。」


「私、子竜様が好きです。大好きです。」


趙雲は莉陽の手を取って、


「しかし・・・あなた方は劉将軍のお子。劉将軍が私なぞに


下されるとは・・・」


「じゃあ、今おっしゃった事は嘘なんですの。」


小栄も泣き出す。


「子竜様のうそつき・・・」


「困りましたな・・・」


困り果てた子竜を見て莉陽は、


「ごめんなさい。困らせて。ごめんなさい。」


星がきらりと空に流れた。


「星が・・・星が流れましたぞ。見ましたか。」


趙雲の言葉に、小栄が、


「星見なかった。流れ星っ。」


「そろそろ、館に戻りましょうぞ。日もすっかり暮れました故。」


趙雲は二人を連れて劉備の住む城の中の館へ戻って行った。




そう、あの人は困っていたわ。私と小栄が好きと言って、


娶ってくださいと言った時。


解っていたの。あの人は父に忠誠を誓っている。


父の娘である私達にやさしくしてくれこそすれ、


子供としてしか見てくれないことを。


それでも言いたかった。好きだって。


困らせるとわかっていても気持ちを伝えたかった・・・








季節はすっかり秋になった。


劉備軍はその頃、樊に駐屯していた。


秋風の吹き始めるとある日の早朝。


「危険だから近づいてはいけませぬぞ。」


趙雲は槍の鍛錬をしていた。


その姿を莉陽は小栄を連れて眺めていた。


白い朝もやがゆっくり流れて行く。


そんな中、槍を振るう趙雲の動きは無駄がなかった。


洗練されたその動きに、莉陽はうっとりと見とれた。


その時である、劉備の股肱の簡雍が趙雲に走りよってきた。


「大変ですぞっ。曹操の奴が宛まで軍勢を率いて迫っているとの事。


劉琮もとっくに曹操に降伏していて・・・」


「なんですと?それでは我らは・・・」


「ともかく、我が君は、ここを離れるご決心をしておられる様子。


なんせ、今の我が軍勢では叶いませんからな。曹操軍20万。


こちらは1万も・・・」


「解り申した。」




皆、あわただしく支度をしているようだった。


私は何が起きたのかよく解らず、ただただ、泣きじゃくる小栄を抱いて


震えていた。




それから、すぐに甘夫人、まだ赤子である阿斗と共に、


莉陽と小栄も馬車に乗せられた。


関羽や張飛、諸葛亮等の家族も一緒である。


皆々、不安に震えていた。


趙雲が皆を馬車に乗せるときに、


「大丈夫。もし敵が襲いかかるような事がありましたなら、


この子竜。命をかけて守りましょう程に。」


甘夫人が、


「頼みましたよ。私やこの子達を。必ずや、守ってくださいませ。」


小栄は趙雲にしがみついて、泣いていた。


「子竜様。子竜様っ。小栄怖いっ。」


小栄は新野で生まれたので、今までの流浪の日々を知らなかったのである。


「大丈夫でござる。必ず。守って差し上げますから。」


莉陽は趙雲を見つめていた。


大丈夫。この人が居る限り、絶対に。守ってくれる。


趙雲は莉陽を見て、目でうなづくと馬車の扉を閉めた。


二台の馬車は趙雲と数名の兵に護衛されて進み始めた。


劉備軍は襄陽を通過し、劉琮の側近や荊州の人々を


多く引き連れる事となり、


当陽についた頃はいつの間にか十余万の人々がつき従っていた。


しかし、そのほとんどは民衆で、武装している者は一万にも


満たない状況である。


数千台の荷物がつき従っており、一日の行程は十里余りにしかならず、


曹操軍に追いつかれる事は時間の問題であった。


そして、ついに長坂で、曹操軍の騎兵五千は追いついたのである。


さながら、辺りは地獄絵と化した。


逃げ惑う人々、襲い掛かる曹操軍。


劉備は側近達と共に馬で逃げてしまった。


妻子のいる馬車を見捨ててである。


自分さえ生きていればなんとかなるのだ。


いかに愛しい妻子とはいえ、見捨てるしかないのであった。


趙雲は必死に戦った。


槍を振るい、馬車を守った。


しかしいつの間にか、近くで共に守護していた兵の姿も消えて、


馬車も倒されて。


「奥方っ。阿斗様っ。姫君っ。」


趙雲が叫んだ時は、彼らはどこに行ったかわからなくなっていた。


襲いかかる敵を次々となぎ倒し、槍で斬り付けて、


気が狂った様に、趙雲は劉備の家族を探した。


守ってあげると約束したのに。


必ず守ってあげると・・・


その時、赤ん坊の泣き声がした。


阿斗を抱きしめた甘夫人である。


「ああっ・・・子竜殿。」


「さあ、この子竜が来たからには。さあ、馬に。」


趙雲は阿斗を懐に抱き、甘夫人を自分の後ろに乗せると、


馬を走らせた。


ともかく、この二人を自軍に送り届けねば、急いで送り届けて、


姫君達を助けねば。


趙雲は必死だった。


必死に馬を駆けさせた。


「殺してやるっ。」


背後から、曹操軍の武将の一人が方天戟を手に迫ってきた時も、


相手にすることも出来なかった。


甘夫人が背にいるのだ。


別の武将も追いついてきて、両側から囲まれる。


その時、陳到が馬で現れた。


彼は劉備軍の武将で、冷静沈着で剛勇で知られた男だった。


「俺に任せろ。さあ、早くっ。」


「すまぬ。」


陳到に任せて、なんとか張飛のいる橋まで、趙雲はたどりついた。


味方だっ。


橋に立っている張飛に、阿斗と、甘夫人を預けた。


「頼む。益徳殿。」


引き返そうとする趙雲に張飛は、


「どこへ行くのだっ。子竜。」


「姫君を助け出す。」


「やめんかっ。無理だっ。」


陳到が返り血を浴びながらも、追いついてきて、


「益徳殿。橋をっ。切り落としたら時間が稼げる。」


「私は戻るっ。姫君を見棄てるわけには行かぬ。」


叫ぶ趙雲に、


「劉将軍を危険にさらす気か。せっかく助けた甘夫人と阿斗様を・・・


あきらめてくれっ・・姫君の事は・・・」


「いやだっ。守ると約束した・・・約束したのだ。」


陳到は趙雲のみぞおちを殴りつけた。


気を失った趙雲を馬に乗せると、張飛に。


「貴殿の家族達は・・・」


「息子は逃げたようだがな。妻や幼子たちは助かってはおるまい。」


張飛は遠くを見つめて、


「橋を切り落とすぞ。我が君の命が大切だ。


悲しいがな・・・」


残された二十人と陳到と共に、橋を切り落とす。


曹操軍がやってくると、張飛は叫んだ。


「わが輩が張益徳である。やってこい。死を賭して戦おうぞ。」


橋が切り落とされているのだから、追いついてきた曹操軍も行くことは


出来ない。


そう悔しい想いを張飛はぶつけると、甘夫人と阿斗を乗せ、


陳到と二十人の騎兵と共にその場を去った。


陳到は趙雲を背にくくりつけ、馬を走らせる。


これで少しは時間が稼げる。


劉備を遠くへ、少しでも遠くへ・・・






その頃、二人の姉妹はうっそうと茂る森の中をさまよっていた。


辺りは逃げ惑う大勢の人々、


曹操の騎兵はそんな人々を容赦なく殺し、惨憺たるあり様だった。


父は?あの人はどうなったのだのだろうか・・・?


小栄が、震えながら、


「子竜様。助けに来てくれるよね。姉上様。絶対に助けに


来てくれるよね。」


「助けに来てくれる。大丈夫よ。だから逃げましょう。


父上様の所に。」


二人が歩いていると、ぱあっと景色が開けた。


一面のススキの原。


夕日にきらめいて、きらきら輝いている。


莉陽は小栄に、


「見てごらん。綺麗でしょう。ススキがきらきら光って。


とても綺麗でしょう。」


「うん。綺麗。とても綺麗。日が暮れたらお星様見えるかな。


子竜様と見た。一番星が見えるかな。」


「そうよね。見えるわ。きっと、その頃には、子竜様が助けに


来てくれて・・・」


莉陽は妹を励ます為そうは言ったが、もしかしたらもう無理なのでは


ないかと思えた。


でも、例え自分は死んでもかまわない。


趙雲が無事であるならば。


夕日が二人の姉妹を照らしていた。






そして、莉陽と小栄は曹操軍の武将、曹純の兵に捕らわれた。






趙雲は天を見上げていた。


意識を取り戻し、なんとか劉備に追いついて・・・


星がきらきらと輝いている。


曹操軍に捕まった莉陽と小栄は殺されるだろう。


曹操は劉備に一度、裏切られている。


今度は見せしめとして劉備の娘達を・・・




二人と共に見上げたあの時の星空を思い出した。


なんとも胸が締め付けられる。


自分は一生。忘れないだろう。


趙雲の頬に一筋の涙が伝った。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 悲しい。趙雲を思う幼子二人。 長坂の戦いで曹純に捕えられた二人の娘ですね~。 この後、二人どうなっちゃうのかな……。 悲しい時代ですよね。 このどうにもならない三人の気持ちを考えると心にじ…
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