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滅びた世界の、片想い。  作者: 淡月ゆきや
3/7

瓦礫の足音

それがイジメに発展したのは、二年目のクラス替えも終わって半年程経った頃だった。それまでカースト制度など気にもしていなかった生徒達はそれを機に意識を高め出した。

初めは無視だった。マリとケイコとミカがエリカを標的にしてやり始めた。お遊び程度だと思っていた雰囲気だったが、エリカと話をした子も省かれたのでこれはマズイやつだと悟り、エリカだけを標的に絞った。次第に目に余る行動が悪化していき、本格化した時には、エリカは孤立していた。担任も、面倒くさいと見て見ぬふりを重ね、味方は誰も居なくなった。正義は無効化され、悪だけがばら撒かれて行く。暴力に特化したのもその頃だ。何かと難癖を付け、マリ達はエリカを蹴飛ばしたり階段から突き落としたりしていた。大した怪我もしなかったので大事にはならなかったが、エリカの身体は痣だらけになっていた。

それを見兼ねたのか、学校から距離のある喫茶店でエリカと瀬乃レイアが一緒に居る所をルカは見掛けた。珍しいツーショットだったのでハッキリ覚えている。

学校でも時折、瀬乃レイアはエリカを気にしていた。みんな気付いていた。それがイジメを助長させている事も。マリとケイコとミカは瀬乃レイアを特別視しており、特にミカは瀬乃レイアに心酔していた。彼女の綺麗さは他人を魅了し、抱擁させる力がある。だから、イジメに介入されても瀬乃レイアだけは何もされずに見逃されていた。

イジメは、一度始まると簡単には終息しない。標的が変わることも無い。無視から始まって物隠しに発展し、遂には手や足が出る始末。教室の中だけで行われる異空間。まるで公開処刑だ。誰も助けないし、エリカ自身も救いを乞わない。他の教師に聞かれたとしても「イジメなど有り得ない。仲良くしている」。全員がそう答える。通常の感覚は麻痺してしまい、元には戻らない。

傍観者を騙った者達への代償は虚構の事実。何もしていないからこそ真実を言えない。吐いた所で信用に欠ける。

「だったら何故、助けなかったのか?」と聞かれたらみんな同じ答えを出すに決まっている。


「あの子だけが標的のままでいい。私は嫌だ」


代わりになる勇気も、正義を翳す旗もいつの間にか棄ててしまったみたいだ。心も体も痛いのは避けたい。

変な団結力が生まれてしまい、異様な仲間意識は不穏な空気しか味方に出来なかった。

そうして、惨劇が起きた。


「エリカ……!」


止めに入ろうとしたルカをサイが制した。

瀬乃レイアの自殺から3ヶ月程経った頃だった。

学校は通常に戻り、生徒達のメンタルも落ち着きを取り戻していた。けれど、エリカへの制裁はエスカレートしていき、暴力だけでは済まされず、他校の男子達まで加勢していた。目的は性的欲求でマリの男友達から輪が広がっていき、誰彼構わずエリカは弄ばれていた。ルカがその事実を知ったのは、橋から身を乗り出そうとしているエリカを見掛けた時だった。ルカは咄嗟に彼女を助け、理由を話して貰った。悪逆非道とも言える行いに吐き気がした。いくらイジメでも度を超え過ぎている。


「今更抵抗しても意味無い……。嫌だって言っても馬鹿にされるだけ……。貴船さんも、あたしに関わらない方が良いよ」

「駄目だよ……。こんな事続けられたらあんた死ぬよ!ほんとに……身体壊れるよ……。やりたい放題なんでしょ……?」

「うん……。生理だって言っても止めてくれない。痛いって言っても気が済むまで終わらない。無限ループ……」

「悠長な事言ってる場合じゃないよ!病院行こうよ!避妊も何もされないでやられてるんでしょ?無理矢理子ども出来てたら責任どころの話じゃなくなる!」


ルカは必死で何とかしようとした。だが、エリカは無抵抗なままだった。


「なんで……?あんたが全部吐いたら終わるんだよ!」

「……自分の娘が、知らない男達に玩具にされてるって、母に言えるの……?うちは……シングルマザーだから、迷惑かけられない……。悲しませたくない……」

「黙ってる事の方が親にとっては辛いんじゃないの……?親なのに気付けなかったって世間から責められたら……それこそ悲しませる事になるんじゃない?」

「……っ、貴船さんは……!自分じゃないからそんな事言える!ずっと見てるだけなのに……誰もいないと偉そうな事言う……!狡い……!正義感振り翳して、いざって時には何もしてくれないでしょ!?分かった気で話聞いてるだけだよね!?」


泣き叫ぶエリカに、ルカは何も答えられなかった。エリカの方が正しい事を言っている。実際、ルカは何もしていない。助けようにも差し伸べる手が震える。立場が入れ替わったら逃げられない事を知っているから。


「……ごめん……。自分勝手な事ばっかだ……。嫌われて当然だよね……。傷付けてごめん……」


謝ることしか出来なかった。その謝罪すらもエリカにとっては苛立たしい事に思えるだろう。それ位の言葉しか持ち合わせていない自分が腹立たしかった。そんな別れ方をした次の日に、エリカは行動を起こした。

珍しくその日、エリカは遅刻してきた。来たのは3時間目の終わり頃。静かに教室に入り、席に着いた。

休み時間になり、ルカが機会を窺ってエリカの様子を見ていた時だ。急にふらっと立ち上がった彼女は、教室の中心でバカ笑いしているケイコ達に近付いて行った。


「……きゃあぁああああ……!」


尋常では無い悲鳴に皆が注目する。その視線の先では、ケイコの腹を刺しているエリカの姿があった。

紅い液体が床を染めていく。ケイコは喰らった事の無い痛みに耐えながらフラフラしていた。傍にいたマリとミカは恐怖に震え、その場から動けなくなっていた。他のクラスメイトも、何も出来ない。エリカは、まるで何かに取り憑かれたかのように何度も何度もケイコの腹を刺していた。


「エリカ……!」

「駄目だ、ルカ!巻き込まれる!」


すぐにでも止めに入ろうとしたルカをサイが必死に制した。


「お前らなんか死ねばいい。永遠に」


ガタンと机とともに倒れたケイコは瀕死だった。辛うじて息をしている状態。ショック死してもおかしくない。

エリカは標的をマリに変え、血に塗れた刃物を振り翳した。


「……ぁあああっ……!」


左目を押さえながらマリは壁に寄りかかった。手指の隙間から血が垂れていく。随分と綺麗に切ったものだ。恐らく失明は免れない。エリカはそれでも満足しなかったのか、マリの腹にも刃を刺した。味わった事の無い痛みがマリを襲う。目の前で二人が半殺しになっている事に怯え、ミカはエリカの隙を狙って出ていこうとした。けれど、エリカの方が早く、ミカの襟元を掴んでそのまま背中に刃を突き刺した。


「ぐっ……あっ……」

「こんなもんじゃない。あたしは痛かった。もっと痛かった。お腹も頭もおかしくなった」


何度も何度もミカの背中を刺しながらエリカは呟く。


「返して。あたしの身体、返してよ……。もう……機能ぐちゃぐちゃなんだよ」

「いぃ痛い……!痛い痛い……!やめて……!痛いのぉ……!」


泣き喚くミカに構わずエリカは刃を貫いていく。


「あたしがやめてって言ってもやめてくれなかった。笑って見下した。だからお前達も同じ苦しみを知ればいい。あたしはこんなもんじゃなかった」

「痛……い……。許して……。お願いぃ……!許じでぇ……」

「嫌だ」


ミカを床に倒し、傷だらけの背中を踏みつけた。何度も何度もこれでもかと言わんばかりに。


「謝れよ。謝って償え!死んで詫びろ!そのどうしようも無い命なんてこの世に要らない!お前らみんな死ねばいい!」

「がはっ……」


血反吐を吐いたミカにエリカは落ち着いたのか、今度はルカ達に向き直った。


「こいつらだけじゃない。お前らも全員、死んでくたばれ!誰も助けてくれなかった!あたしを見限った。犠牲にされた!お前らも人間じゃない!全員地獄に堕ちろ!」

「……エリカ……」

「ここまでしてもお前は何もしない!全部自分の為、保身だ!どの面下げてあんな事言えたか!お前もくたばれ!」


狂気に満ちた目がルカを捕らえる。


「……ごめん……。独りにして……ごめんね……」

「詫びるなら死ね!腐った人間の分際で!」

「済まなかった」


ルカを庇い、サイが前に出た。


「今まで見過ごした事は悪かった。詫びてもお前には届かないだろうけど、謝罪はしたい」

「巫山戯るな……。だったら何で今更だ!あたしが反逆しないと動かないのか!」

「怖かった。お前を助けたら標的が次に変わる。だから誰も助けられなかった。目に余る行為だと分かっていながら傍観した。そいつらと罪は変わらない」

「そうだよ!いつも見てたクセに誰一人何もしてくれなかった!あたしだって怖かったよ!嫌だったよ!逃げたかった!でも……きっと誰かが助けてくれるって思ってて……。我慢した……。ずっと……ずっとずっとずっと我慢してた!それなのに救われなかった!なんで!?先生も何もしてくれなかった!大人なのに正義を裏返した!それは罪にならないの!?何の責任もなく見過ごして、生きてるって言えるの……?ねぇ……!サキ先生!」


ドア付近で事態を眺めていた担任にエリカが訴える。新任でも無いくせに生徒に逆らえない弱い人間。担任なんて器ではない。


「誰も……味方なんて居なかった……」

「エリカ……」

「寂しかった……。独りで……ずっと……。だから……こうするしか黙らせる方法無かったんだよ!苦しんで苦しんでもがいて憐れに死ねばいい!これがイジメの最低結果なんだよ!殺されてもおかしくない!それだけのことをお前らはしたんだ!どうせろくな大人にならない。ここで死んでくれた方が世界の為だよ!ねぇ……?間違ってる?あたしがこいつらを殺したって罪には問われない。情状酌量で同情して貰えるからね!そうでしょ?サキ先生!」


エリカは刃物を構え、担任に向けた。

彼女が背中を見せた瞬間、サイが素早く動き、手刀を喰らわせた。いい感じにハマったのか、エリカは気絶し、凶器も床に落ちた。


「この惨劇を生み出したのはオレ達だ。エリカは独りで戦って最終手段にこの道を選んだだけだ。誰も責められない」


エリカを腕に抱えながらサイは小さな声で囁いた。

この事はニュースでも取り上げられ、イジメ問題に関しての論議が繰り広げられた。

刺された3人は重傷だった。すぐに病院に運ばれ、手術が行われた。物凄く腕の良い医者によって3人は一命を取り留めた。しかし後遺症が残り、腹を刺されたケイコは二度と子どもを産めない身体になった。セックスも出来ず、食も細くなった。マリは左目の失明に加え、腹には大きな傷跡が残った。片目での生活は難儀だろう。背中を刺されたミカは、神経の一部が機能停止となり半身不随となった。一生車椅子生活だ。イジメの代償としては随分なものだろう。エリカは殺す気で3人を刺した。けれど、罪にはならなかった。マリ達のイジメが口外され、その内容に関係者達は耳を塞いだそうだ。殺されても仕方ない。皆がエリカに同情した。だから、正当防衛だと見なされ、拘留はされなかった。それでも、同級生を刺した女子高生というレッテルは月日が流れても剥がれる事は無かった。

担任のサキ先生は責任を取る形で辞職。その後の行方は誰にも分からなくなってしまった。

そしてあっという間に卒業して、皆それぞれの道へと進んだ。大人になるに連れて記憶は薄れていく。学生時代は幕を閉じ、あのクラスでの惨劇も世間から風化していった。




時は経ち、15年後。

清白ヒナタの家で行われる追悼式プラス同窓会。

驚いた事に全員が出席していた。学生時代とは姿が違う者もいたが面影は変わっていなかった。

エリカもそこに居た。マリもミカもケイコも揃っていた。

一度閉じた幕が再び上がろうとしている。

照明が舞台を照らした時、そこに立っているのは全員か、それともたった一人か。

開幕の合図を鳴らしたのは、ヒナタの飼い猫の鳴き声だった。

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