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10で神童15で才子、20になれば──

作者: 魁星

 


 とりあえず、まずは俺について語っていこうと思う。


 まず、俺は転生者だ。前世の名は■■(黒く塗りつ)■■(ぶされている)

 ……いや、名前は消しておこう。30代の男で、SEをやっていた。それだけだ。


 SEだから当然のようにブラックだった。それで、俺は多分、過労死した。


 ……そして気づけば、今世の姿になっていたんだ。


 赤ん坊の頃は、どうにも現状が受け入れられなかった。でも次第に馴染んでいっていたと思う。今となっては遠い記憶だからほとんど覚えていないが。


 この頃から、俺は『天才』だの『神童』だのと言われていたな。


 そして、幼稚園から小学校。今思い返せば、この辺りが前世含めた俺の人生のピークだったと思う。


 前世の記憶を持っているということは、一生分の経験をあらかじめ積んできたようなもの。幼稚園生や小学生ができることは、当然のようにできた。それに加えて、大人の知恵があるから、俺はヒーローになれた。

 剣道を始めたのだってそうだ。俺は前世で剣道をやっていた。剣道ってのはフィジカルもそうだが、それ以上に技術が大事だから、他のスポーツとは違って無双できた。


 俺は勉強の面でも、運動の面でも、『神童』の名を恣にしていた。してしまっていた。


 だから、俺は一時、努力を忘れた。


 これは本当に後悔している。この頃から慢心せずに努力をしていれば、こうはならなかったんだろうな。でも、一度賞賛されるのに慣れると、そこから抜け出すなんて考えられるはずもなかったんだ。




 中学生。ここから俺は狂っていった。


 小学生の勉強なんざ俺にとっては児戯に等しかったが……中学生になってからは、途端にわからなくなっちまった。


 幸いというべきか、幼馴染がいたおかげで、俺は努力することを思いだせた。同じ道場に通っていた上に、小学の頃はいつも同じクラスだったからか、彼女はいつも俺に尊敬の目を向けてくれていた。俺にとって、それはとてつもなく心地いいものであったと同時に、俺を駆り立てる動機にもなってくれた。『この目を曇らせるようなことはしたくない』って、思うようになった。


 でも、いくら勉強しても、せいぜい『秀才』の域を出ることはなかった。教科ごとは別として、俺は結局3年間で1度も定期テストで1位を取れなかった。剣道も、県大会には出れてもそこから勝ち上がることはできなかった。せいぜい3回戦までくらいだったと思う。


 これが、俺の『第一の挫折』になった。


 それでも俺を慕ってくれた幼馴染には、本当に感謝している。彼女のおかげで、俺は完全には折れずに済んでいたから。


 高校受験。前世と今世の年齢を足し合わせれば、年下な教師の強い提案で、県内有数の私立の進学校を受けることになった。正直、俺は行きたくなかった。すぐに埋没していくことが目に見えていたから。

 でも、今世の両親や幼馴染の後押しで受けることになった。幼馴染も受けると聞いて、少し心強かったのもある。


 そして、受かった。受かってしまった。確かに、俺は表面上は喜んでいたさ。でも、内心は絶望もしていたんだ。不合格だったなら、『俺はそれまでだったんだ』って、諦めがついた。そしたらちょうどいい公立に進めばよかったから。そしたら、俺は自尊心を保てたから。

 正直、この時幼馴染には勘付かれたんじゃないかって、思う。彼女が俺に向ける視線に、ほんの少し、僅かながらの心配というか、不信感みたいな色が見えた気がしたから。『なんで合格したのに、空元気を装っているのか』って、疑問に思ったんじゃないかな。答えは後で本人に聞いてみてくれ。俺は答え合わせをするつもりはないから。


 高校入学、入学説明会で配られた「入学前課題」。角2くらいの封筒に入った何枚ものプリントや幾らかの冊子をみて、入学式の次の日に、この課題の範囲のテストを行うと聞いて、初めて『やばい』って感じた。ついていける気がしなかった。この頃には、俺は完全に「身の程」ってやつを弁えていたから。中身をパラパラ見て、まだ大丈夫だって気づいた時の安堵感は、前世も合わせてこの時以上に感じたことはなかった。



 家族の期待を裏切りたくない。幼馴染の期待を裏切りたくない。



 高校時代の俺の行動原理はこれだった。だから、必死で勉強した。必死で部活に打ち込んだ。前世含めても、この時ほど真面目に勉強したことはなかったし、この時ほど真面目に剣道をしたことはなかった。それくらい、俺は必死だった。俺のアイデンティティを守りたかった。


 結果は……惨敗だ。さすがは進学校というべきか、年に7回の考査に加えて3回の模試。全てにおいて、俺は落ちこぼれた。幼馴染にさえ負けた。

 剣道も、レギュラーにすら入ることが叶わなかった。人一倍稽古したのに、だ。


 幼馴染も、何度も何度も俺を励ましてくれた。俺にとって、それは救いになったし、本当に嬉しかった。でも、同時にそれが俺に、重くのしかかってきていたのも事実だった。


 この頃になれば、俺は気づいた。

 転生したところで、人生を一度経験してきたからといって、上限は変わらない。ポテンシャルは変わらない。言うなれば、『前世の経験』っていうロケットスタートを切っていただけだ。他の子より、スタートの速度が異常なほどに早かっただけだ。だから、すぐにゴールにたどり着いてしまった。そりゃそうだ。一足早くスタートを切ったなら、一足早くゴールに辿り着くなんて自明の理じゃないか。俺は、ここで頭打ちになったんだ。


 それでも、家族はまだ期待してくれていた。幼馴染はまだ応援してくれた。それだけが、心の支えだった。



 そして大学受験。幼馴染は国立大を受けると聞いた時は驚いた。そして、ついに終わったと感じた。あの頃の俺の成績からすれば、せいぜい行けて中堅私立大くらいだった。国立大なんて到底届かない。


 それでも、挑戦でいいからと、国立を受けた。幼馴染と同じ大学に通いたかったんだ。彼女は、俺の拠り所でもあったから。近くに居たかったんだ。


 そして、幼馴染は合格し、俺は予想通り落ちた。


 でも諦めきれなかった。まだ間に合うって信じていた。だから浪人して、一年勉強づけで過ごした。それこそ鬼気迫る勢いだったと思う。そして臨んだ2回目の大学受験。


 俺は落ちた。


 一年やってきて、全力でやってきて、なお届かない。俺はこの時ほど絶望したことはない。


『第二の挫折』だった。


 この頃までは、まだ家族も幼馴染も気にかけてくれた。励ましてくれた。それが唯一の救いとなった……けど、同時にみんなの失望も、感じ取ってしまっていた。俺のアイデンティティは崩れかけた。


 二年目の浪人。もう、去年ほど勉強するような気力はなかった。ほどほどに勉強はしていた。


 結果は昨日発表された。不合格だった。


 ……最近になったら、あれだけ期待して、励ましてくれた家族も幼馴染も、もう俺には目もくれなくなったな。俺は、何もかもを失った。


 俺にはもう、何も無くなってしまった。かつての栄光も、今となってはそこらの石ほどの価値しかない。


 みんなは「まだ未来はある」とか、「人生はまだ長い」っていうんだろうな。でも、もう俺自身が、未来を見るのに疲れたんだよ。生きることに、疲れたんだよ。


 結局、なんで記憶を持ったまま転生したかもわからないし、前世でも今世でも、俺は何一つこの世に何かを残すことはなかった。


 未練があるとすれば、前世も今世もずっと童貞だったことくらいか。合わせてちょうど50歳くらいだから、大賢者にでもなれたかな。いや、俺がなったのは大愚者か。


 そんなわけで、まぁ、先立つ不幸をお許しくださいなんて型式ばった言い方をするつもりはないけど……申し訳ない、ってのと、今までありがとう、ってのは、最後に伝えたかった。から、今これを書いてる。いわゆる遺書ってやつだ。


 ここまで長々書いてきたけど、そろそろ終わりにしようと思う。

 父さんも母さんも、幼馴染も、俺の分までなんていうつもりはないけど、元気でやっていって欲しい。俺からの、最期のお願いだから。




 それじゃあ、さようなら。





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