2 ベテラン候補生
五分の休憩を挟んだ後、次の稽古相手と引き合わされた。
「なーんだ。次の相手は固有能力も持ってないザコか」
「あん?」
明らかに人を見下したような態度の女であった。
顔を合わせるのは初めてなので普段は別の養成所に所属しているのだろう。
身長はかなり低い。
もしかしたら琥太郎より年下かもしれない。
しかし彼女の言葉には自信を裏付けるだけの根拠があった。
彼女は固有能力、古い言葉でJOYと呼ばれる力にすでに目覚めているのだ。
ウォーリア候補生は施設に入るとすぐに『NDリング』という腕輪を装着させられる。
この時に三割ほどの生徒は拒否反応を起こして激しく痙攣と嘔吐を繰り返したのち絶命する。
運良く生き延びた人間は銃弾すら通さない強靭な肉体と超人的な身体能力が手に入り、晴れてウォーリアへの第一歩を踏み出すことになる。
だが、それは本当に第一段階に過ぎない。
ある程度リングを扱えるようになると固有の超能力に目覚めるようになる。
これには個人差があっていつまでも手に入らない者もいる。
琥太郎も残念ながらまだJOYを得ていなかった。
「才能がない子ってほんと可哀想。ちゃっちゃと拷問タイムに移っちゃうからねー」
この女はまもなく施設を抜けて実地訓練に移るのだろう。
いい感じにウォーリアに相応しい尊大な性格も身についているようだ。
最後の仕上げとして普段とは異なる養成所に派遣されてきたのだと推測できる。
「ゴタゴタ言ってねえでかかって来いよ、バカ女」
「あ? マジで殺すよ?」
稽古開始の合図はない。
マッチアップされた相手と向き合ったら後は自分たちの判断で稽古開始だ。
それは養成所が違っても同じこと。
やり合わなければハクシュウの拳が飛んでくる。
ここの仕組みを理解しきっている二人は即座に構えを取った。
にやりと笑った女の右手に炎が生まれる。
「いくぜ、オラァ!」
こいつの固有能力は発火能力か。
わりとよくある能力だが殺傷力は高く侮れない力である。
とりあえず相手の射程がわからないうちから下手に飛び込むのは危険である。
監視役に逃げ腰と見られない程度に間合いをとって相手の動向を探る。
女は拳に炎を纏わせたまま自ら飛び込んできた。
「ひゃはははっ! さあさあ、死んじゃえよぉ!」
数歩進んだところで拳を振りかぶる。
近接攻撃ではなく遠距離攻撃だと見切った琥太郎は前に飛んで床を転がった。
背中が熱い。
すぐ上を炎が飛び越えていく。
だが第一波はかわした。
「なっ!」
もし注意深く見ていれば転がった琥太郎に炎を当てることもできただろう。
こちらを『JOYなし』と侮った女は自ら大きな隙を生み、簡単に懐へ飛び込ませてくれた。
起き上がりざまに顎へ強烈なアッパーを叩き込む。
女の身体がふわりと宙に浮いた。
「やっぱバカだな、お前」
さらに追撃の左ストレートを腹部に叩き込む。
女だろうと年下だろうと手加減は無用だ。
ましてや相手は固有能力持ちである。
「げぼはぁっ!」
盛大に吹き飛んで女は倒れた。
体勢を立て直す隙を与えず琥太郎は跳躍。
全体重をかけて顔面にストンピングをかました。
「べべっ!?」
鼻の頭を足の踏み躙り押さえつける。
続けて敵に馬乗りになったら後はいつもの必勝パターンだ。
「オラオラオラオラオラァ!」
とにかく動きを封じて殴る、殴る、殴る。
この女は肉体強化はそれほどでもないらしい。
琥太郎が体重をかけた拘束を振り払えないでいる。
何度か反撃を試みようと拳に炎が灯すが、そのたびに強烈な右ストレートを目元にお見舞いする。
「げぼ、もう、やめっ」
能力発動が全力攻撃の引き金と気付いた女は抵抗をしなくなった。
固有能力持ちと戦うのはもちろんこれが初めてではない。
琥太郎自身は固有能力を持たないが、何度となく勝利を収めてきた実績がある。
勝負は最初の数秒で決まる。
特に慢心した相手なら楽勝だった。
必勝パターンへと持ち込むのも容易である。
「たすけ、たすけて、たすけ……」
「オラ! オラ! オラッ!」
「ストップ、そこまで!」
女が白目をむいて意識を失ってからも一分ほど殴り続けたところで、ハクシュウが『止め』の合図をかけた。
施設の職員が入ってくる。
ビクンビクンと痙攣しながら女が運ばれていく。
担架を使ってもらえるあたり、やはり優遇されてるようだ。
もちろん優遇の理由は女だからでも若いからでもない。
希少な固有能力に目覚めた候補生だからである。
今回の敗北は彼女にとって強い刺激になっただろう。
あの様子では心が折れる可能性もあるが、そうなったらそれまでの話である。
ハクシュウも他の養成所の人間なんかどうでも良いだろう。
彼女のことはこれ以上話題にせず、勝者である琥太郎に話しかけてくる。
「絶好調だな、さすがベテラン候補生」
「そんなこと言われても嬉しくない」
琥太郎がこの養成所に入ってからもうすぐ一年になる。
これは候補生としては異例とも言える長さである。
大抵は半年ほどで卒業するか、負けが込んで心折れるかのどっちかだ。
固有能力を得ていないからか、何か別の理由があるのか。
理由はわからないが彼は未だに卒業資格を得ていなかった。
だが琥太郎は必勝法を確立してからの半年間、稽古では負けなしであった。
負ければおそらく死の淵までストップがかからないだろう。
時たま当たる固有能力持ちにも敗北は許されない。
幸いNDリングで強化された身体能力は人より少しだけ優れていたので、油断さえしなければ誰と当たっても負けることはない。
もちろん監視員に逆らえるほど強いわけではない。
結果として琥太郎はこの地獄の養成所生活をダラダラと続けるはめになっている。
仲間の命を犠牲にして幸運にも手にしたウォーリア候補生としての生活。
彼がかつて住んでいたウラワコミューンはここからそう遠くないが、塀の外を思って感傷に浸ることはもはやない。
終わりの見えない地獄の中で、琥太郎の心は冷たく凍り付いていた。




